日本のアニメーションが失ったシンプルさと壮大さ 『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』が描く冒険世界

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2017年11月24日 12:42  リアルサウンド

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 アメリカのアニメスタジオ「ライカ(laika)」。現在全盛であるCGでもなく、手描きでもなく、主に実物の人形を使った「ストップモーション・アニメーション」という、いまでは珍しくなった手法で、あたたかみのある手づくりアニメ作品を制作している最高峰の工房である。


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 粘土(クレイ)を使った『ウォレスとグルミット』や『ひつじのショーン』のアードマン・アニメーションズも使っている、この「ストップモーション・アニメーション」という制作方法は、手作業で被写体を動かして、それを1コマずつカメラで写真撮影していくという、気の遠くなる作業を必要とする。本作『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』は、ライカ作品の中では現時点で上映時間が最長となっているが、平均すると1週間に約3秒ほどのペースで本編の映像を撮りあげていったという。


 まさに職人による芸術的な工芸作品といえるライカの長編映画のなかで、日本を舞台にした『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』は、幻想的なオリエンタリズム(東洋趣味)にあふれた冒険活劇としての特異性と、アニメーションへの熱い情熱がひしひしと伝わってくる傑作になっていた。ここでは、その驚くべき表現方法と、作品の背景にある監督の物語について語っていきたい。


 ライカ作品を見て、まず驚かされるのは「顔の表情の豊かさ」だ。通常の人形は表情が動かないので、人形のアニメーションといえばボディーランゲージ(身体の動作)に頼って情感を表現することが多かった。ライカ作品では、それぞれ違った表情の顔のパーツを用意し、1コマずつそのパーツを顔にはめ込んでいくことで表情を動かすという、狂気すら感じる面倒な手法によって撮り進めていくのだ。さらに風にそよぐ髪や、動物の毛の動きもパーツを取り換えることで表現している。それの作業を、人形の身体の動きやカメラワークとともに同時に行うのだ。だからそこでは綿密な計画が必要になってくる。ここまでの手間をかけるので、1週間で数秒分しか撮影できないのである。


 ライカでは顔のパーツをさらに分割することによって、より豊かな表情を作り上げている。本作の主人公「クボ」は、パーツを組み合わせれば4800万通りの顔を作ることが可能になった。そんな膨大な数のパーツを作るため、ライカが『パラノーマン ブライス・ホローの謎』より導入したのが3Dプリンターだった。これにより、作業効率が劇的にアップすることになる。パーツを作る過程に機械が関わっていることは確かだが、従来の伝統的な方法に現在の技術を採り入れることによって、ライカは実物の人形を使いながらもレベルの高い映像表現を可能にしたのだといえる。


 さらに本作では新しい試みとして、クボに襲いかかる、日本の妖怪「がしゃどくろ」を基にした巨大な怪物を表現するため、全長4.9メートルという、今までで最大の可動式人形を作ることにも挑戦している。


 そのようにきわめて職人的な技術に感心しながらも、本作から感じるのは、日本的といえる静謐な雰囲気である。とくに冒頭の、精神に異常をきたしていく母親を労り、クボが献身を重ねるシーンでは、もの悲しさや、こわさを感じ、子ども向け作品としては異様だとすら思える複雑な感覚を味わえる部分である。その雰囲気は、日本を代表する人形アニメーション作家・川本喜八郎の作品を彷彿とさせ、さらにその裏にある日本の伝統的な人形劇の形態である「文楽(人形浄瑠璃)」の複雑な感情表現が、新しい表現手法のなかで甦ったようで、非常にエキサイティングである。よくこのような挑戦的な描写を入れたものだと感心してしまう。


 アメリカの娯楽作品が日本の文化を描くとき、どうしても表面的に目立つ部分をショーアップし、異文化だということを強調しがちだが、ここではそうではなく、日本の文化の深いところに潜り込み、それを自分の表現のなかに組み込んでいるように思える。本作のアメリカでの興行収入は、じつはライカ作品の中ではあまり振るわなかったのだが、本作の最大の特徴である「わび・さび」の美意識をより理解し、より正当に評価できるのは日本の観客だろうと思う。本作を観た日本の観客の一部が、SNSや口コミで、周囲に猛プッシュしているのを目にするが、その気持ちは非常によく分かる。


 本作の監督は、ライカ作品でリードアニメーターを務め、同社のCEO(最高経営責任者)でもあるトラヴィス・ナイトである。彼の父親は、スポーツ用品の世界的ブランド「ナイキ」の創業者フィル・ナイトだ。トラヴィスが働いていたアニメ制作会社が倒産の危機にあるとき、父親がこの会社を買い取って社名変更し、「ライカ」が出来上がったという。トラヴィスはアニメ界のおぼっちゃまくんと呼んでも過言ではないのだ。


 フィル・ナイトは若い頃、神戸でオニツカ社(現・アシックス)の運動靴「オニツカタイガー」に出会い、その高い品質と安さに目をつけ販売権を手に入れ、アメリカでオニツカタイガーを販売していた。そういう日本とのつながりもあって、息子のトラヴィスは少年時代に父親に連れられ日本に来たという。そこで日本の様々な文化に魅了され、その後何度も日本を訪れたというトラヴィスは、日本のサムライが大好きな、周囲の子どももたちとは、ちょっと違うところに興味を持った少年時代を過ごしたらしい。本作で親から「魔法の力」を授けられたクボの物語は、まさにトラヴィス・ナイト自身の物語だといえるだろう。


 主人公の少年の「クボ」という名前(ファーストネーム)自体は、本作スタッフの日本の友人の名前であるらしい。「いや、それって久保っていう苗字じゃないの?」とも思ってしまうが、伊達政宗と柳生十兵衛をイメージしたという眼帯をしたクボの造形、またクロサワ映画の三船敏郎をイメージしたという、「クワガタ」という鎧武者とともに旅をするという設定は、少年時代の夢を叶えるようなワクワク感にあふれていて素晴らしい。また、ビートルズの楽曲をエンディングテーマとして使用したのは、個人的な家族の思い出に関わるのだと監督は語っている(「クワガタ」は英語で「ビートル」であり、ナイキはビートルズの楽曲を使ったCMによって、より成長したという事実もある)。親がいるから自分がいる。本作はいろんな意味で、家族のための映画になっているのだ。


 監督は「宮崎駿に影響を受けた」と述べているが、むしろ本作から感じるのは、『わんぱく王子の大蛇退治』や『太陽の王子 ホルスの大冒険』のような、宮崎駿が在籍していた東映動画(現・東映アニメーション)のアニメ映画における、よりシンプルな冒険活劇の雰囲気だ。東映動画発足当時、「東洋のウォルト・ディズニーになる」という理念があったように、そこで作られた数々のアニメーション大作は、スタジオジブリの歴代作品すら超えるスケール感を持っていた。本作が描く冒険世界は、いまの日本のアニメーションから失われてしまった、そのシンプルさと壮大さを受け継いでいるように感じるのである。


 『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』は、大人も子どもも、ぜひ劇場に足を運んでもらい、本来の冒険活劇の興奮と、複雑な情感表現、そしてアニメーションにかけるスタッフたちの情熱を大画面で感じてもらいたい作品である。(小野寺系)


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