パレスチナを裏切ったトランプの迷外交

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2017年12月14日 15:42  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<エルサレムの首都認定を発表直前まで伝えなかった「ディールの名手」の真意は>


パレスチナの外交関係者はつい最近まで、ドナルド・トランプ米大統領に慎重ながら楽観的な見方を抱いていた。トランプ本人の言う「究極の取引」、つまり交渉によるイスラエル・パレスチナ紛争の解決に向かって進んでいると考えていた。


パレスチナ自治政府の有力筋によると、この楽観論の背後にあったのはトランプ政権との一連のやりとりだった。その典型例が、これまで報道されていなかった11月30日の会議だ(米政府とパレスチナの複数の関係者から事実確認を取った)。


アメリカ側の出席者は、トランプの娘婿ジャレッド・クシュナー大統領上級顧問、ジェーソン・グリーンブラット外交交渉特別代表、ディナ・パウエル大統領副補佐官(国家安全保障担当)。パレスチナ自治政府からは、情報機関と外交分野の高官3人が出席した。


だがアメリカ側は、トランプがエルサレムをイスラエルの首都と認定することを先方に伝えなかった。3日前、政権内部の会議の席で大統領自身が強調していたにもかかわらず、だ。


この会議の時点で、トランプ政権がエルサレムを「首都認定」するという報道は既に始まっていた。パレスチナ側は、トランプは米大使館のエルサレム移転を先送りする文書に署名するのかと尋ねた(実際には12月6日に署名)。だがアメリカ側は、エルサレムの件について追加の情報を出さなかった。


期待は失望に変わった


代わりにこの会議の焦点になったのは、未発表の中東和平案だった。だが、この案はもはや死んだも同然だ。トランプが12月6日にエルサレムをイスラエルの首都と認定すると発表した直後から、抗議行動がアラブ世界全体に広がり、数百人が負傷。パレスチナ自治区のガザ地区では2人が死亡した。


中東和平交渉のパレスチナ側の交渉責任者サイブ・エレカトは、「(イスラエルとパレスチナの)2国家共存という解決策はもう終わりだ」と宣言した。


ある自治政府当局者はこう語る。「これはエルサレムの地位ではなく、ワシントンの地位に関わる問題だ。米政府は真剣な仲介者のイメージをひどく傷つけ、世界規模の合意と国際法から自分自身を孤立させた」


8日に開かれた国連安全保障理事会の緊急会合では、全15カ国中アメリカを除く14カ国がエルサレムの首都認定を批判または懸念を表明した。


ベツヘレムでトランプの顔にバツ印を書くパレスチナ人男性 Mussa Qawasma-REUTERS


NSCのマイケル・アントン報道官は、アメリカがこの問題をめぐり今年初めからパレスチナを含むアラブ世界の指導者と協議してきた可能性を指摘した。だがパレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長は5日のトランプとの電話会談まで、最終決定を知らされていなかった。


大使館移転の計画が浮上したのは、11月27日に行われた国家安全保障担当者の会議だった。事情通の中東アナリストによると、トランプは15分間ほど会議に顔を出す予定だったが、実際には1時間もとどまった。「(大統領は)驚くほど詳細な質問をぶつけ、具体的な答えを要求した。既存の枠組みではダメだという姿勢を明確に示した」


エルサレムの首都認定は、中東和平の意外な立役者としてトランプに期待したパレスチナ側を失望させた。自治政府当局者は、「究極のディール」をまとめたいという発言やクシュナーの中東和平特使起用を真剣さの表れと受け止めていた。


アメリカ政界のアウトサイダーであるトランプなら、ワシントンの中東専門家たちの常識にとらわれずに動けるのではないかとの期待もあった。それに、短期間で決着をつけたいというトランプの意向も、パレスチナ側は歓迎していた。時間稼ぎをしてその間にヨルダン川西岸地区でユダヤ人入植地を拡大しようとするイスラエル側のやり方が難しくなると考えたのだ。


パレスチナ側にとって、トランプの言動が全て楽観できる材料だったわけではない。トランプは2月、ワシントンでイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と会談したとき、パレスチナ国家の樹立を認める「2国家共存」にこだわらないと発言し、世界に衝撃を与えた。


イスラエルのテレビ局の報道によれば、5月23日に西岸地区の都市ベツレヘムでトランプとアッバスが会談したときには、両首脳の間に激しい言葉の応酬があったという(パレスチナ自治政府当局者はこれを否定)。


それでも、パレスチナ自治政府の高官たちはトランプとのやりとりを通じて、和平のパートナーが現れたという思いを強めていった。トランプは3月にアッバスと電話会談した際、「究極のディール」をまとめたいと発言。自分を公正な仲介者として受け入れるかと尋ねた。


5月3日には、ワシントンで首脳会談が行われた。このときトランプは、中東和平を「やり遂げる」と宣言している。


そして、パレスチナ自治政府高官によれば、5月23日のベツレヘムでの会談でトランプはパレスチナ側に対し、交渉チームに話し合いへの準備をさせておくようにと述べた(パレスチナ側は態勢を整えて待っていたが、米政府から交渉に招かれることはなかった)。


9月にニューヨークで国連総会が開かれた際に会談したときも、トランプはアッバスに、「全身全霊を懸けてディールをまとめる」と請け合った。


パレスチナ自治政府側は、その後も交渉の地ならしが進んでいるものと思っていたという。実際、11月前半には、トランプ政権が中東和平の具体的な青写真作りを始めたと、ニューヨーク・タイムズ紙が報じた。


しかし、トランプがエルサレムをイスラエルの首都として認めると表明したことで、全て中断した。


トランプの深謀遠慮?


複数の米政権で中東和平交渉に携わった経験を持つアーロン・ミラー元中東大使によれば、ひょっとすると、トランプはイスラエルに恩を売ろうとしたのかもしれない。しかし、そのような戦略が功を奏するかは極めて疑わしいと言う。


「もしかすると(アメリカの外交官たちは)いま甘い姿勢で臨めば、後でネタニヤフ首相に厳しい姿勢で臨みやすくなると思っているのかもしれないが......そう思っているとすれば、後付けの希望的観測に思える」


イスラエル側の出方はともかく、パレスチナ側は、少なくとも差し当たりアメリカを再び仲介者として受け入れるとは考えにくい。


「和平への努力を全て台無しにするもの」と、アッバスはトランプの決定を批判した。「アメリカは、過去数十年続けてきた和平仲介者の役割から手を引くと宣言したに等しい」


トランプ政権がパレスチナ側の信頼を取り戻すのは、容易でなさそうだ。


From Foreign Policy Magazine


<本誌2017年12月19日号[最新号]掲載>


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デービッド・ケナー


このニュースに関するつぶやき

  • アラファトのいい加減さとかパレスチナの分裂っぷりをみると正直見捨てられてもしょうがないよね?と。本音を隠して現状維持を続ける方がある意味残酷だよ。これはオバマや欧州に対する嫌味です。
    • イイネ!7
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