プーチンの本音は「五輪禁止」に感謝?

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2017年12月15日 16:22  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<盛り上がりに欠ける次期大統領選に愛国心という魔法の火を付けてくれる、IOCの制裁は万年独裁者プーチンにとって好都合>


ロシアの国益を私が守る――。ウラジーミル・プーチン大統領が、そんな含意たっぷりの次期大統領選出馬宣言をした。


実のところ、来年3月に行われるロシア大統領選にプーチンが出馬することは、誰もがとっくの昔に知っていた。00年5月に大統領に就任して以来、プーチンは大統領を3期、その間に首相を1期務めて、計17年にわたりロシア政治を牛耳ってきた。次の選挙に勝てば、さらに6年間権力の座に居座れる。


だがプーチンは、正式な出馬宣言をずっと先延ばしにしてきた。いつになるのかとさまざまな臆測が飛び交っていたが、ついに今月、絶好のタイミングが訪れた。


IOC(国際オリンピック委員会)は12月5日、2月に韓国で開かれるピョンチャン(平昌)冬季五輪にロシア選手団の出場を認めないことを決めた。前回14年のソチ冬季五輪で、ロシアが組織ぐるみで選手のドーピングを行い、その事実を隠蔽しようとしたからだ。


翌6日、プーチンはニジニーノブゴロド地方にある自動車工場のイベントに出席。大勢の労働者を前に、第二次大戦における勝利にまで言及して、聴衆の愛国心をかき立てる熱弁を振るった。「ロシアは前進するのみだ。誰もわれわれを止めることはできない」


国営テレビはこのイベントを全国に生中継していた。会場の熱気が高まったところで、ステージ上の司会者がプーチンに言った。「お願いします。次期大統領選に出馬すると言ってください」。するとプーチンは笑みをたたえて「ありがとう。ロシア連邦大統領選に出馬しよう」と宣言。大歓声を浴びた。


政治的にこれほど効果的なタイミングはなかった。ロシアは14年にウクライナに侵攻して以来、欧米諸国の厳しい制裁を受けてきた。さらにここ数カ月は、昨年の米大統領選やイギリスのEU離脱投票などで、ロシアが世論操作をしていた疑惑が再燃。米司法省が11月、ロシア政府の息の掛かった英語放送RTを「外国の代理人」に指定すると、12月にはロシア側が米政府の海外放送ボイス・オブ・アメリカ(VOA)とラジオ・フリー・ヨーロッパを「外国の代理人」に指定するなど、米ロの緊張が高まっていた。


そんななかでのIOCの決定は、「『ロシアは四面楚歌だ』とか『世界中がロシアを嫌っている』という(ロシア政府の)説明にぴったり一致する」と、調査会社IHSマークイットのアナリスト、アレックス・コクチャロフは指摘する。


ボイコットしない理由


実際にIOCの決定は、ドーピングに対する処分としては、これまでで最も厳しいものだ。ロシア人から見れば、それは欧米諸国にはびこる「ロシアいじめ」の証拠だろう。プーチン自身、IOCの決定は「巧妙に仕組まれたものであり、政治的動機がある」と批判した。


特定の国が五輪出場を禁じられた例は過去にもある。第二次大戦後に初めて開催された48年ロンドン夏季五輪には、ドイツと日本が招待されなかった。南アフリカはアパルトヘイト(人種隔離政策)を実施している間、やはり五輪への参加を認められなかった。


だが、ドーピングを理由にある国が出場を禁止されるのは初めてだ。しかもロシアはソ連時代からスポーツ大国で、出場選手も獲得メダルも多い。それだけに、今回の処分はロシアにとって受け入れ難いものに違いない。IOCが出場禁止を決めたら、ロシア側から大会をボイコットするのではという噂も事前にあった。


そうした例も過去にはある。79年にソ連がアフガニスタンに侵攻すると、アメリカを中心とする西側諸国は80年のモスクワ夏季五輪をボイコットした。その報復として、ソ連や東欧諸国は84年のロサンゼルス夏季五輪をボイコットした。


だが今回、ロシアが平昌五輪をボイコットすることはなく、出場するかどうかは各選手の判断に任せるとプーチンは述べた。IOCの決定では、ロシア人でも厳格なドーピング検査に合格した「クリーンな選手」なら出場できる。ただし、たとえ表彰台に上がれる成績を収めても、ロシアの国旗と国歌は使用されず、白い五輪旗と五輪賛歌が使われる。


「世界にいじめられるロシア」の守護者を自任するプーチンが、なぜボイコットを思いとどまったのか。それは次期大統領選に向けて、少しでも国民の支持を確実にしたいからだろう。


「外敵」を使って支持固め


もちろんプーチンが勝つことは、ほぼ間違いないとみられている。全国的な支持率は80%を超えるし、最大野党の党首は過去の横領罪(でっち上げとされる)のために出馬できない。


それでも同じ人物を20年近く権力の座に就けておくことには、ロシア人も躊躇があるようだ。モスクワの世論調査会社レバダセンターが今月発表した調査結果によると、3月の大統領選の投票に行く気がないと答えた人は、40%にも上った。10年前のほぼ2倍だ。


これに先立つ今年10月、有名タレントのクセニア・サプチャク(36)ら3人の女性が大統領選への出馬を表明した。14年ぶりの女性大統領候補の登場で、選挙戦が盛り上がるのではないかと期待されたが、有権者の反応は相変わらず鈍いようだ。


それでもプーチンとしては、支持を集められるチャンスはいくらでも利用したいのかもしれない。実際、人気アイスホッケー選手のアレックス・オベチキンは、五輪ボイコットはしないというプーチンの判断を支持するコメントを出している。


IOCの決定のおかげで、プーチンは「ロシアの国益の守護者」という看板を引っ張り出せたとコクチャロフは語る。「『外敵』を使って国内の支持を動員する教科書的な方法だ」


思えば約4年前にクリミア半島を強引に再編入したときも、プーチンはロシアの守護者として、もともとロシア(ソ連)のものだったもの(クリミア)を取り返したのだというニュアンスの演説をしている。


大統領選が行われる3月18日は、あのときクリミアがロシアへの「復帰」を宣言した日だ。


<本誌2017年12月19日号[最新号]掲載>


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エイミー・フェリスロットマン


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  • 北朝鮮危機de自国民派遣しないくて済む【リスク回避】でしょう
    • イイネ!1
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