金正恩の「聖地登山」はインスタ映え狙って演出か 超能力伝説でイメージ作りも

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2017年12月15日 17:32  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

12月12日、前日から平壌で開かれていた第8回軍需工業大会が閉幕した。これまで軍事機密に関わる軍需工業大会の開催など伝えられたことはない。核・ミサイル開発を進めてきた金正恩朝鮮労働党委員長が自信を深めている表れだろう。


大会で金正恩はこう宣言した。「われわれの力と技術で原子弾、水素弾と大陸間弾道ミサイル(ICBM)『火星15』をはじめとする新たな戦略武器体系を開発し、国家核武力完成の大事業を成し遂げたことは、高い代価を支払い死生決断の闘争で勝ち取ったわが党と人民の偉大なる歴史的勝利だ」。筆者は、これで一応北朝鮮は2017年を「偉大な勝利の年」として刻むことに成功し、対話局面へと移っていくだろうとみている。


だが、核・ミサイル開発のために「高い代価を支払わされた」人民を納得させるのはそうたやすいことではない。そこで登場するのが伝説の力である。



その記事はやたらと力がこもっていた。修飾語という修飾語を総動員しているため、日本人の感覚からすれば、感動より引いてしまう。だが、それほどまでに技巧を凝らして書かねばならない重要記事だったのである。


「天が生んだ名将」


金正恩が「革命の聖地」とされる白頭山に登ったというのだ。12月8日のことだとみられる。翌9日の労働新聞はこう伝えた。あまりにもくどい装飾語や繰り返し表現を省いてもこんな調子である。


<山のように積もった降雪をかき分けて訪ねた最高領導者同志を迎えた白頭山は、雪の12月に頂点に登ったそのお方の前に、万年雪を載せてそびえる荘厳な姿を現した。偉大な朝鮮の「11月の大事変」を成し遂げられて白頭山を訪問したそのお方を仰ぎ、千変万化の造化をなす天池の湖心も、天気を操る天が生んだ希代の名将を奉じた感激を胸に刻むかのように、鏡のごとく澄んで青い波に奇怪な霊峰とまばゆいばかりの陽光を宿して神秘的で恍惚(こうこつ)とさせる境地を広げていた>


「11月の大事変」とは、11月29日未明の新型ICBM「火星15」の発射実験のことである。こう続く。


<最高領導者同志は、将軍峰の尾根に立たれ、億年揺らぐことのない白頭の信念と意志によって一瞬も屈することなく国家核武力完成という歴史的大業を輝かしく実現されてこられた激動の日々を感慨深く回顧され、蒼空を貫いてそびえる高い絶壁とまばゆいほど果てしない千里の樹海を思いにひたりながら眺められた。最高領導者同志は、白頭山にはしょっちゅう登ったが、今日のように真冬に春の日にもめったに見ることのできない好天は初めてだ、天気が澄んでいるからなのか、天池湖畔の峰が目の前に近寄ったかのようにますます鮮明に見える、とおっしゃった>


労働新聞には白頭山の山頂で笑顔を見せる金正恩の写真が幾つも掲載された。なるほど素晴らしい快晴である。1枚の写真には乗ってきたとみられる四輪駆動車が写っているので、徒歩で登山したわけではない。むしろ好天の日を狙って登ったのではないか。いわば「インスタ映え」である。事実、この映像は朝鮮中央テレビなどで繰り返し流されている。これまでの公式報道では、金正恩の白頭山登頂は次の通りである。


・14年10月(15年1月9日の労働新聞の論説「革命の聖山・白頭山に登られて」で判明)


・15年4月18日(北朝鮮メディアが4月19日に報道)


・16年11月24日(今年3月27日の労働新聞の紀行記事により判明)


少なくとも年に1回は登っていることになる。中でも15年の登頂は「金正恩=白頭山」のイメージづくりに大きな役割を果たした。強風に髪を乱しながら、白頭山の山頂にじっとたたずむ金正恩─。労働新聞に大きな写真が掲載されたのはむろん、この登頂にちなんだ歌「行こう、白頭山へ」もすぐさま新聞に発表された。


春にも行こう 冬にも行こう


白頭山 白頭山 わが心のふるさとへ


嵐にも折れない 意志を授けて


信念を鍛えてくれる 革命の戦場


行こう 行こう 白頭山へ行こう


行こう 行こう 白頭山へ行こう


軽快なリズムで人民を革命の聖地へと誘う歌で、今も盛んに歌われている。金日成にとって白頭山は抗日パルチザン闘争の地であったし、金正日は白頭山の密営で生まれたことになっている。そうだとしても金王朝3代目、若き金正恩は白頭山にどれほどの縁があるのか? 筆者には白頭山伝説は賞味期限切れだと思われるが、やはり白頭山に代わる革命のシンボル、つまり権力継承を認めさせる正統性のシンボルはないのかもしれない。


今回の白頭山報道の中で筆者は「天が生んだ希代の名将」と訳したが、原文は「天出名将」である。金正恩の最高指導者の地位は選挙で選ばれたわけでも、親から譲られたわけでもない。「天が生んだ」というのである。その天のイメージが白頭山であり、天であるからこそ、報道にあった「湖心」なる摩訶(まか)不思議な言葉にも納得がいく。いずれにしろ金正恩は白頭山伝説から脱皮し、現代的な感覚を発揮するかとの期待は外れた。ICBMと白頭山、最先端科学と伝統が共鳴しつつ、金正恩の権威を高めていこうとしているのだ。


祖父譲りの超能力を保持?


そう慨嘆していたら、平壌から意味深長な本が届いた。革命伝説シリーズ「海に浮かぶ金のじゅうたん」(文学芸術出版社)。60編を超える新たな? 白頭山伝説を収録している。


そこに「天出偉人接見記」なるひときわ興味深い伝説が収録されていた。以下のようなストーリーである。


1940年代初めのこと、関東軍の討伐隊司令官・古川という人物が抗日パルチザンのリーダー、金日成に白頭山中で会う。抗日パルチザンの司令部には世界各国の有名な記者がたくさん集まっていた。金日成は古川の正体を知っていたが、わざと知らないふりをしながら言う。「よく来られました。あなたも記者の話を聞くと有益かもしれません」


西欧の記者が金日成に質問する。「小規模で散発的な遊撃戦で日本軍に打ち勝つことなどできないのではありませんか」。金日成は答える。「歌を歌うにも踊りを踊るにも、自分のリズムに合わせなければ駄目でしょう。われわれは今、近づく祖国解放の大事変を迎えるため、準備をしています」。記者たちは驚き、尋ねる。「日本は中国の領土の大部分を占領し、東南アジアの10余りの国も奪い、自国の10倍を越える膨大な領土を占領しています。今、日本は最全盛期を迎えている。朝鮮の独立など見当もつきません」


対して金日成は違う見解を述べる。「日本は最全盛期ではなく、最も深刻な凋落期にあり、敗北直前に至っている。その兆しが至るところに表れている。多くの国を占領したということは日本に反対する国も多いということです。戦線が広がれば、防護密度は急激に弱くなっている。私は確信しています。せいぜい2〜3年内に滅ぶでしょう」。これを聞いた記者たちは「天出偉人万歳!」「希世の予言王に栄光を!」と叫び、古川も一緒に拍手をしたらしい。そして金日成は今日の話を討伐司令部に帰り、上官に一刻も早く伝えるよう言うのである。金日成は「縮地法」なる妖術を使い、司令部のある中国・延吉をすぐ側にまで引き寄せてしまったという。


荒唐無稽と言えばそれまでだが、ここには北朝鮮指導部の潜在意識がにじんでいる。超能力を持つ祖父・金日成の力にあやかり、対米決戦で勝利したい、その思いである。この伝説を読んだ人民に、ひょっとして金正恩も祖父譲りの超能力を持ち、米国を蹴散らしてくれるのではないか、との期待を抱かせようとしているのだろう。実際、金正恩の白頭山登頂を伝える労働新聞の記事にはこうある。


<そのお方の眼光には、白頭山の荘厳な気性のために狂乱する地球の風に揺らぐことなく、青々とした気迫で勇敢無双に前進する社会主義強大国の姿をもたらす天が生んだ偉人の崇高な光が熱く流れていた>


その神秘のエネルギーが白頭山にあるという。だから金正恩は登頂するのだ。労働新聞がこうはっきりと書いている。


<いつも百戦百勝の意志を抱かせ、いかなる逆境も順境にする英雄的な心を育てる奇跡と幸運の聖山・白頭山には、無限の胆力と度胸を身に着けて今日の勝利にわが革命を力強く導いてきた天下第一の名将の伝説的気概が熱くあふれていた>


だが、白頭山伝説にしがみつけばしがみつくほど、実際のところ、人心は離れていくのではないか? 決死の覚悟で板門店から亡命を図った兵士、冬の日本海の荒波に流されてきた多数の木造船...。やはり伝説の力は弱まっているとしか感じられない。(一部敬称略)


平壌(ピョンヤン)、金正恩(キム・ジョンウン)、白頭(ペクトゥ)、金日成(キム・イルソン)、金正日(キム・ジョンイル)


[執筆者]


鈴木琢磨(すずき・たくま)


毎日新聞社部長委員


1959年大津市生まれ。大阪外国語大学朝鮮語学科卒、82年毎日新聞社入社。「サンデー毎日」時代から北朝鮮ウオッチを続け、現在、毎日新聞社部長委員。著書に『金正日と高英姫』『テポドンを抱いた金正日』、佐藤優氏との共著に『情報力』などがある。


※当記事は時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」からの転載記事です。




鈴木琢磨(毎日新聞社部長委員)※時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」より転載


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