海外の会社が相次いで「卵子凍結」に対しての補助を出すことを決めたと報じられましたが、産婦人科医としてはかなり違和感を覚える制度です。まるで、「生物学的妊娠適齢期の女性も、適齢期を無視してしっかり働いてくださいね、一応保険はかけておきますから」と言われているように感じるのです。
「女性のキャリア形成を妨げない」ことを目指すのであれば、妊娠・出産を「先延ばし」にすることを助長するような制度を設けるよりも、生物学的に適切な年齢で妊娠・出産が目指せるような環境を整え、産休や育休を取っても「キャリアダウンしない」方法を考えて欲しいですね。
そもそも、「卵子凍結」の技術はキャリア女性が妊娠を先延ばしにするためのものではありません。悪性疾患の治療などによって、結婚前に卵巣機能を失ってしまう可能性がある人に対して、将来の妊娠の可能性を残して安心して治療を受けていただくためのものです。
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もちろん、その技術を「どうしても今すぐ妊娠は目指せないからちょっと先延ばしにさせて」という場合に応用するのは、選択肢の幅を広げるという意味では問題ありません。ただ、凍結卵子を使って妊娠を目指した場合の「成功率」がどのくらい「低いのか」をきちんと理解しておく必要があります。
また、卵子凍結を行うのであれば、妊娠に適した年齢のうちに行わなければ意味がないので、遅くとも30代前半のうちに卵子凍結を行うことを決めなければいけません。30代後半になってから「このままの生き方では妊娠を目指せるのは40歳を過ぎてからになりそうだわ」と、あわてて卵子凍結を行っても遅いのです。
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逆に言ったら、30代前半で卵子凍結を行うかどうかを検討する余裕があるのであれば、自分にとっての「妊娠・出産」の位置づけをしっかり見直して、3年以内に結婚して妊娠を目指せる環境を整えることも可能なのではないでしょうか。
凍結卵子を使って、生物学的妊娠可能年齢を過ぎてから妊娠を目指す、つまり超高齢妊娠&出産になることのリスクも、きちんと理解しておく必要があります。
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年齢が上がれば、ベースとなる母体に様々な合併症が起きやすくなります。妊娠を目指す段階で、子宮筋腫があったり、高血圧・高脂血症・糖尿病などの生活習慣病がすでにある、または妊娠によって一気に表在化してくる危険性があります。
分娩時のトラブルも年齢とともに上がっていきますし、帝王切開率も40歳以上で顕著に上がります。
そして、例えば50歳で出産した場合に、その子が成人するまで自分がちゃんと健康でいられるのかどうか、成人してすぐの子どもに自分の「介護」をさせなければいけなくなるリスクはないのか、といったことまで考えておく必要があります。
医療技術の進歩によって、様々な選択肢が広がるのは歓迎すべきことです。でも、一方で「生物学的適齢期」が体の機能の中にプログラミングされていることに意味があるのだということ、適齢期のうちに妊娠・出産をすることが「生物として」必要なことなのだということも理解しておかなければいけません。
早い段階でライフプランを熟考した結果、やはり今のうちに卵子凍結するしかない、という結論に達した場合は、上記のような注意点をよく理解した上で卵子凍結という選択をしてみるのもよいでしょう。
ただ、人生何があるかわかりません。突然ライフプランを変更して、妊娠・出産を優先した人生を選択したくなったら、計画はいつでも変更可能です。卵子は凍結しても、パートナー選びの窓口まで凍結しないで柔軟に過ごしてみることをお勧めします。