無知ゆえに米朝会談に乗ったトランプは、平和に対する最大の脅威

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2018年03月12日 19:22  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<北に非核化の意思がないのに気づいていないのは裸の王様トランプだけだ>


ニクソン訪中を思い出させる話ではあるが、当時のニクソン米大統領はこれほど愚か者ではなかった。


ドナルド・トランプ米大統領が5月までに北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長と首脳会談を行うというニュースはご存じだろう。一方で、ホワイトハウスの首脳会談に対する姿勢は後退したり前向きになったりで状況はめちゃくちゃだ。問題をここで整理しておこう。


北朝鮮は少なくともクリントン政権時代から、現職の米大統領による公式訪問を何より欲していた。ホワイトハウスのサラ・サンダース報道官はアメリカはいかなる譲歩もしていないと述べたが、はっきり言って会談に応じること自体が大譲歩だ。


トランプ大統領は米朝首脳会談のテーマは北朝鮮の非核化だとの印象を持っているようだが、北朝鮮側はそんなことはこれっぽっちも言っていない。


実際、北朝鮮の考えとして私たちが伝え聞いているのは、金正恩に酒宴でもてなされた韓国の訪朝団からの間接的な話、そして北朝鮮の国連大使がワシントン・ポストのアナ・ファイフィールド記者に送った電子メールだけだ。


韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の特使として訪米した韓国大統領府の鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長によれば、金は「北朝鮮に対する軍事的脅威がなくなり、体制の存続が保障されるなら」北朝鮮は核兵器を必要としなくなるだろうと述べたという。だがこの発言にほとんど中身はない。ファイフィールドへの電子メールに至っては、単に北のアメリカに対する立場を説明しただけで、非核化にはまったく触れられていない。


子供扱いのトランプ大統領


要するにトランプは、金は核兵器を放棄するつもりで会談に臨もうとしていると考えたようだ。だが金にとっては「核・ミサイル開発があったからこそ対等に扱われるようになった」ことを意味する。


イラク大統領だったサダム・フセインは大量破壊兵器の廃棄に応じたが、侵略されたあげく死刑になった。リビアの最高指導者だったムアマル・カダフィも大量破壊兵器を廃棄したが、米軍の支援を受けた勢力によって政権の座を追われ、暴徒に撲殺された。対照的に金正恩は、核・ミサイル開発計画を保持したまま、アメリカとの首脳会談に臨もうとしている。


ホワイトハウスはこのことをようやく理解したようだ。だからこそ北朝鮮が非核化に向けた「具体的な行動」を取らない限り、会談は行わないとの立場を示しているのだ。当初の反応を訂正したと言っていい。


実際のところ、何が起ころうとしているのだろう。米国務省のもつ専門知識抜きに対北朝鮮外交を行うことと、ホワイトハウスの人々がトランプを幼児のように扱っていることのマイナス面を、われわれは目の当たりにしているように思う。


トランプは側近の誰からも、北朝鮮は米大統領の公式訪問を20年以上にわたって強く望んできたのであって、金正恩が首脳会談を呼びかけたことに新味は全くないということを聞かされていないようだ。また、側近らは北朝鮮が核・ミサイル開発計画の放棄を言い出さない可能性について考えていないらしい(単に理解できていないのかも知れない)。


一方で、もっといただけない理由がそこにはあるのかも知れない。考えられるのは、側近たちがおびえているという可能性だ。側近たちはトランプが北朝鮮問題で何をしでかすかわからないと恐れており、「炎と怒り」から金正恩との首脳会談に注意を逸らせるチャンスに飛びついたのかも知れない。「ひどい話だが最悪の事態よりはまし」と考えているわけだ。


トランプこそ平和への脅威


韓国政府も同じと言っていいだろう。トランプは平和にとって金正恩よりもはるかに深刻な脅威だと考えたからこそ、北に対する「太陽政策」を全面的に推し進めた。常軌を逸したこの男がもたらす脅威に何とか対処しようとして、本来ならやらないような行為に出ている人がいかに多いか考えるだけで恐ろしい。


この種の対応は新たな懸念を生む。側近や韓国や私たちがうまく彼をコントロールできず、逆に力を与えてしまったらどうなるか。


私は以前から、北朝鮮に外交的に手を差し伸べるべきだと考えてきた。例えば北朝鮮による核保有を当面、暗黙のうちに認めるといったことだ。だがトランプがそうした戦略を是とするとは思えない。


おそらくこうなった背景は、関係者すべてがトランプに「自分が何かを勝ち得ようとしている」と思わせておきたがったことではないか。韓国政府も日本政府も、金が首脳会談を求めたのは北朝鮮に「最大限の圧力」をかけるトランプ政権の戦略の成果だとひたすら持ち上げた。


日韓の外交官は、金からの誘いに意味がないことくらい分かっている。それでもトランプをおだてるのは、みんなが命を長らえるためには必要な措置だと考えているからだ。


みんな、トランプをうまくだましている気になっているのかもしれないが、もし金正恩に非核化の意思がないことをトランプが理解したらどうなるだろう。


スタジアムに集められた幾万の北朝鮮国民が色のついたカードを手に、微笑む自分の似顔絵を作るのを見てだまされるほど、トランプの頭が悪いとでも言うのだろうか? 金に出し抜かれそうになっていることにトランプもいつかは気づくとは思わないのか? 


トランプの子供じみた楽観主義が暗い憤りへと変わらないよう気をつけなければならない。そんなことになったら、2018年の世界は17年よりも危険になってしまうかも知れない。


トランプが現実を理解したら、彼はつるし上げる相手を探すだろう。非難の的になるのはレックス・ティラーソン国務長官だろうか。それならまだ運がいいほうだ。単にティラーソンがクビになってニッキー・ヘイリー国連大使が後釜に据えられるだけだからだ。


非難の矛先が文大統領に向かったらどうなるだろう。米韓関係の危機を招くだろうか? だが私が恐れているのは、トランプが金正恩に非難の矛先を向けることだ。誤解を招くようなことを言った金が悪いとの結論にトランプが達したら、非常に危険なことになるかも知れない。


つまりどうなるかは、トランプが責める相手として誰を選ぶかにかかっている。間違いないのは、トランプが自分自身を責めることはないということだ。


(翻訳:村井裕美)



ジェフリー・ルイス(ミドルベリー国際大学院東アジア不拡散プログラム・ディレクター)


このニュースに関するつぶやき

  • トランプには、リアリストだったニクソン&キッシンジャーと言うよりは、【宥和政策】を掲げてミュンヘン会談に臨んだ、当時の英国首相アーサー・ネヴィル・チェンバレンの姿が重なる
    • イイネ!5
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