プーチン大帝「汚職撲滅」は、見せ掛けだけのイメージ戦略

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2018年03月17日 13:42  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<再選が確実視される大統領選を前に、プーチンは汚職の取り締まりを強化しているが、得点稼ぎのイメージ戦略と批判されている>


18年2月初めの夜明け前、ロシア連邦を構成する南西部のダゲスタン共和国で、ロシア連邦保安局(FSB)の重装備部隊がある邸宅に踏み込んだ。


強制捜査が行われた邸宅の主は、ダゲスタンの指導者アブドゥサマド・ガミドフ。邸宅内は富の象徴であふれていた。高級腕時計、希少な毛皮製品、トラの剝製......。グリップにガミドフの名前の一部を彫り込んだ金メッキの拳銃まであった。


ガミドフは側近2人と複数の政府高官と共にロシア当局に逮捕、告発された。容疑は政府基金の横領だ(全員、無罪を主張している)。


この一件は、ロシア政府が乗り出した「汚職政治家」の取り締まりの一環にすぎない。


17年12月、石油会社ロスネフチに便宜を図った見返りに200万ドルを要求した容疑で訴追されていたアレクセイ・ウリュカエフ前経済発展相が、禁錮8年と罰金1億3000万ルーブル(約2億5000万円)を言い渡された。53年以降に逮捕された政府閣僚のうち、初の受刑者になったウリュカエフは「残酷で恐ろしいペテン」の犠牲になったと主張した。


18年に入ってからは、キーロフ州のニキータ・ベールイフ前知事、サハリン州のアレクサンドル・ホロシャビン前知事も収賄罪で刑務所へ送られた。


当局によるとホロシャビンは逮捕当時、自宅に現金約170万ドルを不法に所持。ブランドものの宝飾品の数々も見つかり、なかには60万ドル以上もするダイヤモンドをちりばめたペンもあったという。ホロシャビンの有罪判決を受け、政府寄りの放送局レンTVは汚職との戦いにタブーがないことを証明したと持ち上げた(ベールイフとホロシャビンは共に容疑を否認)。


ここへきて注目の逮捕や判決が相次いでいるのは偶然ではない。ロシアでは3月18日に大統領選が行われる。再選を目指すウラジーミル・プーチン大統領が勝利を収め、さらに6年の任期を務めるのはほぼ確実だ。


観測筋に言わせれば、ガミドフらの逮捕の動機は、北カフカス地方に位置する政情不安定なダゲスタンでの支配力強化にある。いずれにしても派手な逮捕劇、そしてウリュカエフや知事2人の実刑判決は、大統領選を前にプーチンが「汚職を許さない指導者」のイメージを強めることに役立っている。


汚職撲滅のため「法執行機関に政治的支援をする」。プーチンは2月15日、連邦検事総長の執務室で開かれた会合でそう語った。「最大限の決断力を持って行動してもらいたい」


「政治的得点」を稼がねば


プーチンの支持率は高く、世論調査を見ても、貧困率上昇などの社会問題をプーチンの責任とする声は少ない。そんな無敵のはずの大統領の数少ない弱点の1つ、それが汚職問題だ。


ロシアでの詐欺・横領被害額は毎年、数百億ドル規模に上る。国内唯一の独立系世論調査機関、レバダセンターが17年発表した世論調査では、汚職横行の責任はプーチンにあると回答した人の割合が67%、政府は「完全に」または「相当な程度まで」腐敗していると考える人の割合は80%近くに達した。


国民の怒りは高まっている。モスクワにあるシンクタンク、経済・政治改革センターによれば、ロシア各地ではこの数カ月間に抗議デモ件数が急増。「社会的対立や労働関係のデモが増加している一因は汚職にある」と、同センターが17年11月に発行した報告書は指摘する。


拍車を掛けているのが、反体制指導者アレクセイ・ナワリヌイが展開する汚職追及活動だ。


ナワリヌイが設立した反腐敗財団は17年3月、ドミトリー・メドベージェフ首相の不正蓄財を告発する動画を公開。再生回数は2650万回を超えている。動画公開後、ロシアでは抗議デモが繰り返され、17年は1500人以上が逮捕された。


「当局にとっては、汚職との戦いの主役は今も自分たちだと示すことが極めて重要だ」。国際的な汚職監視団体、トランスペアレンシー・インターナショナル(TI)ロシア支部のイリヤ・シュマノフ副理事長はそう語る。「彼らは本気で行動する姿勢を見せようとしている」


大統領選を控えて、その課題は急務になっている。プーチンの対抗馬は事実上皆無だが、政府は正統性を確保するため「投票率70%、得票率70%以上」での勝利という目標の達成に必死。だからこそ「選挙戦中に大量の政治的得点を稼がなければならないと分かっている」と、政治コンサルタントのアバス・ガリャモフは言う。


国民を納得させられず


ロシア政府が、政治腐敗の蔓延とそれが招く批判を懸念するのは今が初めてではない。


11年12月に実施された下院選では与党「統一ロシア」が不正に勝利した疑惑を受け、モスクワでは大規模な抗議デモが行われた。13年にかけて続いた一連のデモは次第に、政府上層部の汚職疑惑に焦点を当てたものに変化。厳正に管理されているはずの政治体制への抗議は、前代未聞の出来事だった。


抗議の嵐を静めたのは14年のクリミア併合だ。愛国主義が盛り上がり、プーチンの支持率は記録的なレベルに達した。


その熱狂が過ぎ去ったとき、政府は再び、国民の間で募る腐敗への怒りに対処することを迫られた。思い付いた解決策が、ガリャモフいわく「地方政府高官を対象に汚職一掃作戦を行い、逮捕者に長期刑を科す」ことだ。


とはいえ、汚職対策に本気で取り組んでいると国民を納得させたくても成果は乏しい。世論調査では高官らの訴追は単なるジェスチャー、または政界の内紛の結果にすぎないとみる人がかなりの割合を占める。TIのシュマノフに言わせれば「説明責任が存在しないから、当局への信頼も存在しない」のだ。


大統領選が迫るなか、ナワリヌイは政府への圧力を増している。2月上旬には、オリガルヒ(新興財閥)の富豪オレグ・デリパスカとセルゲイ・プリホチコ副首相が贈収賄の関係にあると糾弾した。


コールガールとされる女性を同伴して、ノルウェー沖でデリパスカの豪華なヨットに乗って話し合う2人......。ナワリヌイはそうした映像や画像があることを指摘。「オリガルヒがトップ級の政府高官をヨットの旅に連れていく。これは贈賄行為だ」と非難した動画は、既に500万回以上再生されている。


デリパスカはプリホチコと会ったことを否定しなかったが、贈賄という非難は「とんでもない」と発言。当局はといえば調査に着手するどころか、ナワリヌイのウェブサイトへの接続を遮断した。問題の動画や画像はプライバシーの侵害と主張するデリパスカは、それらを削除する裁判所命令も勝ち取っている。


戦う相手は汚職ではない


デリパスカとプリホチコを糾弾してから約1週間後、ナワリヌイはプーチンに矛先を向けた。不正に得た財産で、プーチンは総額3600万ルーブル(約6800万円)相当の高級腕時計の数々をコレクションしている、と。


この金額はプーチンが12年に大統領に返り咲いて以来、手にした給与の総額とほぼ同じだ。「プーチンは6年分の給与を前払いさせて、全額を腕時計につぎ込んだらしい」と、ナワリヌイは皮肉った。


この告発についてロシア政府は声明を出していない。しかし2月19日に、警察は反腐敗財団幹部のロマン・ルバノフを拘束。違法な抗議活動を組織した容疑で告発されたルバノフは、10日間の服役を言い渡された。


それから数日後、今度はナワリヌイの補佐役であるレオニード・ボルコフが、過去にナワリヌイが拘束された際の動画をリツイートしたとして懲役30日の刑になった。ほかにもナワリヌイの関係者2人が抗議活動関連の容疑で有罪になり、短期の懲役判決を受けている。


ちなみにナワリヌイ自身は今年に入ってから、これまでのところ服役を免れている(昨年は刑務所で2カ月を過ごした)。


ロシア政府の反腐敗キャンペーンは、大統領選を前にしたプーチンのイメージアップ戦略にすぎないとみる批判派にとって、最近の出来事はその新たな証拠だ。オンラインでよく言われるジョークのとおり、「ロシア当局は汚職と戦わずに、汚職と戦う人間と戦う」のだから。


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[2018.3.20号掲載]


マーク・ベネッツ(モスクワ在住ジャーナリスト)


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