中国が誇る伝統医学、その危険な落とし穴とは

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2018年06月20日 16:21  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<政府は普及に力を入れるが根拠を欠く治療法も――現代医学への不信感をあおる弊害はあまりに大きい>


2015年4月、オーストラリアのシドニーで1人の男の子が死亡した。両親は1型糖尿病患者だった息子にインスリンを与えず、「拍打拉筋」という治療法のワークショップに参加させていた。


この治療法は中国伝統医学の考え方に基づくものという触れ込みで、ひとことで言えば、患者の体をたたくことによりさまざまな病気を治療することを目指す。提唱者は蕭宏慈(シアオ・ホンツー)という人物で、世界各国を訪れてワークショップを開いている。


蕭が関係している可能性がある死亡例は、この少年だけではない。16年10月には、イギリスで蕭のワークショップに参加した71歳の1型糖尿病患者の女性が死亡している。


蕭の「拍打拉筋」は中国伝統医学の専門家の間でも厳しい批判を浴びており、極端な事例と見なすべきだろう。それでも中国伝統医学の範疇で実践されている治療法の中には、エビデンス(科学的根拠)を欠いたものが少なくない。ところが中国政府は近年、中国伝統医学の普及に力を入れ始めている。それがさまざまな悪影響を生む可能性は否定できない。


中国伝統医学は、今日の中国本土の文化にも深く根を張っている。とっくに廃れた伝統を少数の支持者が細々と守っている、という状況ではない。中国の大都市にはことごとく、専門の病院と大学があり、所管の政府官庁まである。欧米の中国伝統医学支持派は、製薬業界の利益至上主義の悪影響が及んでいないことを礼賛するが、中国では伝統医学も巨大ビジネスになっている。


習近平(シー・チンピン)国家主席は、全国民が手軽に中国伝統医学を利用できるようにし、さらにはそれを世界に広めたいと考えている。そのために、世界の国々で中国語と中国文化を教える孔子学院に資金を拠出し、中国伝統医学の手法も教えさせている(孔子学院は中国政府のプロパガンダの一翼を担っている可能性があるとの理由で、アメリカではFBIの監視対象になっている)。


現代医学に背を向けて


たとえ中国伝統医学に治療効果がなくても、現代医学と並行して「補完療法」として利用するのなら害はないのではないか、と思う人もいるかもしれない。患者や家族の気休めになればいいというわけだ。


しかし、それは危険な発想と言わざるを得ない。中国伝統医学は、人々に現代医学への不信感を植え付けることにより、多くの利用者を引き付けている面もあるからだ。誤った現代医学否定論が悲惨な結果を招くことは、ワクチンをめぐる論争からもはっきりしている。


イギリスの医師アンドルー・ウェイクフィールドが98年にワクチンと自閉症の関係についてデータを捏造し、ワクチン批判を展開したことが大きな要因になり、先進諸国では予防接種を受ける人の割合が低下している。その結果、麻疹(はしか)など、予防接種で防げるはずの感染症が流行するようになった。ヨーロッパ大陸では17年、麻疹患者の数が前年の約4倍に増えた。


現代医学不信が悲劇をもたらす病気は、感染症だけではない。17年に米国立癌研究所ジャーナルに掲載された論文によれば、癌の最初の治療法として現代医学の標準的な治療法を拒み、代替医療を選んだ患者は5年後に死亡している確率が2.5倍に上るという。


つまり、現代医学に背を向けるのは賢明でない。中国が医学の分野で世界のリーダーになりたいなら、現代医学に対する不信感をあおるのではなく、それを積極的に受け入れるべきだ。


科学投資は増えているが


近年、中国の科学研究投資は大幅に増加している。17年前半に研究開発の専門誌R&Dマガジンが示した予測によると、同年の中国の研究開発投資は約4300億ドルに達する見通しだとのことだった。この金額はアメリカに次ぐ世界第2位で、世界全体の投資額の21%近くに相当する。問題は、この資金が適切に用いられているとは言い難いことだ。


10年にネイチャー誌が指摘したように、中国の科学系学術誌の多くは、「画期的とは言えない研究、誰も読まない論文や剽窃された論文で埋め尽くされている」。16年の研究によると、中国の研究者による鍼治療の臨床試験論文では、治療に効果が見られなかったという結果が報告されることは極めて少ない。


中国は、査読の不正による論文撤回の件数が世界で最も多い国だ。12〜16年に全世界で撤回された論文の半分以上が中国の研究者によるものだった。中国の監督官庁が実施した調査によれば、臨床試験データの80%以上が捏造されているという。


中国は、世界の科学研究に大きな貢献ができるだけの人材と資金を持っている。しかし、中国の科学研究は質より量、エビデンスより伝統、独自性より同調を重んじる風潮に足を引っ張られているように見える。これでは研究の停滞が避けられない。


エビデンスに基づく医療を推進することは、中国の長期的な利益にも沿う。科学とテクノロジーへの不信感を強めている世界においては、一国の政府が科学的知識を重んじる姿勢を打ち出すことが重要だ。


習の力だけで中国の文化を変えられるわけではないが、中国の医学を進歩させるために習が振るえる影響力は大きい。


From Foreign Policy Magazine


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[2018.6.12号掲載]


アレックス・ベレゾウ(全米科学健康評議会上級研究員)


このニュースに関するつぶやき

  • 気功と鍼灸、漢方で殆どの病気は治るらしいが文革で廃れたからね
    • イイネ!5
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