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横綱の稀勢の里が引退できない、2つの背景

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2018年07月13日 08:22  ITmedia ビジネスオンライン

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ITmedia ビジネスオンライン

写真引退のタイミングを逃してしまったのか
引退のタイミングを逃してしまったのか

 大相撲の名古屋場所で横綱白鵬が途中休場となった。初日から3連勝して快調な滑り出しを見せていたが、4日目に日本相撲協会へ「右膝蓋腱(しつがいけん)損傷、右脛骨(けいこつ)結節剥離骨折で2週間の安静を要する」との診断書を提出。2日目の取組前に滑って右足を痛めていたという。支度部屋で今年はここまで4場所中、早くも3回目の休場とあって白鵬時代にもさすがにそろそろ陰りが出てきたようにも思える。



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 しかし、その白鵬とは比較にならないほどに窮地へと立たされている横綱がいることを忘れてはならない。稀勢の里だ。左大胸筋痛で8場所連続休場となり、年6場所制となった1958年以降の横綱では貴乃花を抜いてワースト記録を更新。3月の春場所から3場所連続の全休で、1勝4敗と3つの金星を配給して恥辱にまみれた1月場所5日目以降はここまで土俵から遠ざかっている。稀勢の里はこの名古屋場所休場が決まった直後、次のような無念の言葉を口にした。



 「来場所にすべてをかける」



 正直、このセリフは聞き飽きた。そう思っている人は大半だろう。ケガの回復具合が思わしくなく万全な相撲が取れないことは分かっている。ただ、いかなる理由があるにしても休み過ぎだ。酷な言い方をあえてすれば、横綱としてとても見苦しい。個人的には、もっと早く引退すべきであったが辞めるにやめられず、周囲から無理矢理にここまで引っ張られている感が見え隠れしている。



 思えば貴乃花は2001年5月場所の取組で右ひざ半月板を損傷する大ケガを負いながらも強行出場し、横綱武蔵丸との優勝決定戦に臨むと上手投げで奇跡の優勝を成し遂げた。しかし、その代償によって翌場所から7場所連続休場に追い込まれ、引退への道を早めることになる。



 一方の稀勢の里も昨年の3月場所で左肩を痛め、その影響で左腕上腕部の内出血が悪化。それでも優勝争い単独トップだった照ノ富士を千秋楽で本割と優勝決定戦で2連勝し、奇跡の逆転優勝を飾ったことは記憶に新しいところだろう。この強行出場Vのツケによって力士生命を脅かすコンディション悪化を招いた点は貴乃花、稀勢の里ともに共通している。



●どうしても稀勢の里に辞めてほしくない



 稀勢の里は貴乃花の連続休場ワースト記録を抜き、とうとうデッドラインをも超えてしまった。その貴乃花ですら当初同情的だった世間からの声は休場が1年近くたったころから猛バッシングへと変わり、横綱審議委員からも苦言を呈せられるなどして完全な逆風にさらされていた。「平成の大横綱」は現役晩年、このような苦汁を飲んでいたのである。



 ところが稀勢の里は同じような境遇となっているにもかかわらず、周囲は比較的寛容だ。横綱審議委員会も名古屋場所前から今場所での出場を義務付けず、万全な状態での復帰を求めていた。休場を決めた際も北村正任委員長は「休場となったことは残念だが、万全ではないと自ら判断したのだからやむを得ない」「来場所に全てをかけるという本人の決意を尊重したい」などとコメントした。



 優勝回数2回の横綱が“大甘”な言葉を投げかけている一連の流れは、何だが過保護にされているようで率直に言うと気持ちが悪い。大横綱・貴乃花が同じ横審から連続休場中に痛烈なバッシングを受けていた当時を知る者としては、どうしても「エラい違いだな」と感じてしまう。



 横審も含め日本相撲協会のお偉方は、どうしても稀勢の里に辞めてほしくないのだろう。それはそうだ。下り坂とはいえ、今も大相撲のトップは紛れもなく白鵬である。しかしながら、その大横綱は明らかなスーパーヒール。取り口では反則まがいの張り手やかち上げを見せたり、土俵以外でも何かと物議を醸したりすることも多い。



 そうしたマイナスイメージばかり引きずる白鵬に対し、貴乃花以来途絶えていた14年ぶりの日本出身横綱となった稀勢の里にはクリーンな新スター力士として日本の伝統を何としてでも守ってほしいという願望を多くの相撲ファンが持つようになっていった。このような背景と構図が日本相撲協会だけでなく、所属の田子ノ浦部屋など稀勢の里周辺の面々にも誤った考え方を助長させてしまったのだろう。



●稀勢の里と田子ノ浦親方との関係



 稀勢の里こそが打倒・白鵬の急先鋒であり、必ずや外国人力士隆盛の時代に楔(くさび)を打ち込む――。そのような期待感を膨らませ過ぎたゆえに、結果として稀勢の里の引退のタイミングを大幅に遅らせてしまったのだろうと考えずにはいられない。



 ちなみに事情通からは次のような指摘も聞こえてくる。



 「おそらく亡くなった鳴戸親方(元横綱隆の里)ならば、ここまで引っ張らずにもっと早い段階で本人と話し合いの末に引退勧告をしていたのではないだろうか。自らも横綱時代にケガと体力の衰えを理由に引退を親方に申し入れながら『自分の事情だけで辞めてはいけない』とさとされ、辞めるにやめられなかった苦い思い出があった。その苦しみを知っていたからこそ弟子たちには『引き際の美学』を説いていたとも聞く。



 いずれにしても鳴戸親方は稀勢の里にとって自分を角界に導き、成長させてくれた師匠。それだけに鳴戸親方ならば、愛弟子の“着地点”を見い出すことができたはずだ。だが稀勢の里と今の田子ノ浦親方との関係は、どうしてもかつての鳴戸親方と比較すると距離感があると言わざるを得ない」



 田子ノ浦親方は力士時代、隆の鶴の四股名(しこな)で活躍。鳴戸部屋に所属し、稀勢の里の兄弟子だった。だが最高位は前頭8枚目だ。鳴戸親方の急逝によって鳴戸部屋の継承に必要な年寄名跡証書の提出を所有者の同親方夫人が拒否したため、年寄・田子ノ浦名跡を取得する流れに至った事実もある。



 前出の事情通はこうも続けた。



 「そもそも鳴戸親方の夫人が“鳴戸の格式”を順守し、いくら同じ部屋出身者とはいえ幕内経験しかない元力士に由緒ある年寄を継がせるわけにはいかないと抵抗していた。愛弟子の稀勢の里も鳴戸部屋が消滅したことで、やむを得ず他の所属力士とともに田子ノ浦部屋に転属という形になったが、これは無論本意ではない。



 心中では師匠とおかみさんの気持を十分に理解し、同調している。自然と今の親方との間に『確執がある』とささやかれるのも当然の話だ。だから2人の間にロクな話し合いなど生まれるはずもなく、稀勢の里の今後も周囲の現役続行ムードにそれとなく乗っかるだけで、そのままズルズルとここまできてしまっている」



●タイミングを逃し、晩節を汚してしまうのか



 かつて「おしん横綱」と呼ばれ、苦しみを乗り越えて角界の頂点をつかんだ元隆の里・鳴戸親方ならば、愛弟子の稀勢の里が周囲から現役続行のムードを押し付けられる中でもかつての自分の腐心を顧みながら適切な助言を送ることができたのではないかと思う。



 稀勢の里は今月5日で32歳。まだ老け込むような年齢ではないにしても深刻なケガの状況を見る限り、奇跡の復活に結び付く可能性は残念ながら極めて厳しいと言わざるを得ない。周囲の甘いささやきに乗せられたまま引退を先送りにし、ボロボロになりながら晩節を汚してほしくないと切に願う。



 乱暴な物言いであることは分かっている。だからこそ稀勢の里には筆者のような少数派の辛口評に発奮し、大相撲の歴史を塗り替えるようなミラクルVを来場所で見せてほしいと思う気持ちが実は心の片隅にあることも最後に補足しておく。



(臼北信行)


このニュースに関するつぶやき

  • せっかくの日本人横綱だしなぁ。 本場所がクソでも巡業他で客呼べるなら安易な勧告も出せんでしょ。
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  • 来場所必ず優勝して、日本人横綱としての意地を見せてください。
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