中高一貫校には、創立百周年越えという学校もたくさん存在する。それゆえ、祖父、父、息子、孫、もしくは祖母、母、娘、孫という4世代それぞれが、同じ学び舎で青春を過ごすことも特段、珍しい話ではない。
私学はもともと、同校の“ファンクラブ会員”の集まりのような側面があるので、代々にわたる熱狂的な“ファン”がいる。そんな場所には、やはり、そこでしか吸えないだろう空気が満ちているように、筆者は思うのだ。
先日、取材させていただいたある女子校の体育祭で、こういう光景を目撃した。伝統種目の“ムカデ競争”の必勝法を、生徒たちに熱心に伝授しているマダムがいたのだ。聞けば、マダムはその輪の中にいる生徒のおばあちゃんで、自身がここの卒業生だという。OG直伝の秘技を授けられたチームは、見事ぶっちぎりの1位を獲得して大喜び。そのマダムの目からは溢れるものがあり、良い光景だなぁと筆者は微笑ましく眺めていた。
すると、やはりこちらのOGでいらっしゃる校長先生までもが、その姿にもらい泣きしているのを発見。私学の伝統行事には、その一つひとつに創始者の思いが込められており、それを襷として、連綿とつなげているのだなぁということに、改めて感じ入ったのだ。
私学では、一族全体で母校が同じというケースもあるが、親子で同じ、または兄弟姉妹で同じというお宅がかなり多い。それゆえ、子どもの個性を無視して「親がそこを出ているから」あるいは「兄・姉がそこに入ったから」という理由だけで、下の子にその学校を自然と推してしまう親が大勢いるという事実もある。
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その学校が子どもに合っていれば、「勝手知ったる安心感の中で、健やかに成長できる」点がメリットとなるが、子どもの個性を無視して、合わない学校に進学させた場合、その子にはかなりの負荷がかかることになるので、親たる者、やはり注意が必要なのだ。
絵里さんは代々、開業医として地域に貢献しているという一族の夫と結婚した。ほどなく息子が生まれたが、周囲から発せられる無言のプレッシャーに押し潰されそうな毎日を送っていたという。
跡継ぎを産むのは当然、その先の産院、通う幼稚園、小学校、中高、大学、そして学部までもがすでに決められていたという。絵里さんに悩む余地を与えないとばかりに、 “御用達”が歴然と存在しているのだそうだ。
長男はある意味、とても素直で、またとても負けず嫌いな性格だったといい、親族一同の期待に見事に応えているらしい。ところが、絵里さんにとっての悩みの種が次男だそうだ。
絵里さんいわく「まったく勉強が好きではないのに、妙に自信があるタイプで、要領だけは良かったんです。それで、まさかの“ミラクル合格”をしてしまいました。親戚にはどうにか顔向けが立ったのですが、元々、勤勉タイプではないので、秀才だらけの学校で付いて行けるわけもなく、次男はアッと言う間に劣等生。それを自分でも認めたくなかったのでしょう、今や立派な不登校です」。
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しかも、それ以上に問題なのが、「付いていけないのだから、学力レベルの合う学校に転校しなさい」と言う絵里さんの助言に、次男が耳を貸さないことだという。
「変なプライドだけがあるんでしょうね。『○○中学に在籍している偉い俺』というプライドを捨てきれないのだと思うのですが、転校話をすると暴れるようになりました。“秀才”で通っているお兄ちゃんが目の上のたんこぶなのか、兄弟仲も本当に悪くて……。“御用達”学校だからと言って、我が家全ての人間に合うわけがないんですよね……」
そして絵里さんは力なく筆者にこう言った。
「時が戻るなら、中学受験に遡って、次男に合う学校を選び直したい……」
もう1つのケースを紹介しよう。ある女子校での話だ。長女はとても優秀な子で、親の期待に応えて、難関とされる中高一貫校に入学。ところが次女は、母いわく「こんなところにしか入れなくて(情けない)……」というA女子学園に入学する。どんなに周囲の人たちが「ここも良い学校だよ」「入ったのだから、楽しもうよ」と助言しても、次女の劣等感は高3まで持ち越されたそうだ。そして、進路についてを話し合う二者面談が実施され、担任の先生は次女にこう発破をかけたという。
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「いつもお姉さんと比べられて『悔しい』と思うならば、死ぬ気で勉強してみなさいよ!」
そして、その先生は母を呼び出し、「妹さんはもう高3で、立派な1人の人間です。本人が、自分とお姉さんを比べることなく、『私は私だ』と思えるようになってほしい。お母様は妹さんの進路を、本人に任せませんか?」と伝えたそうだ。
次女が抱える劣等感に初めて気付いた母は、先生の思いの深さに心打たれたという。すると次女は俄然やる気を出し、先生方に直訴して、早朝や放課後の特別講座を開催してもらい、日夜勉強。結果、一般入試で慶應義塾大学に現役入学という快挙を成し得る。
その母が、後にA女子学園の先生にこう御礼を述べたのだそうだ。
「仮に、次女が長女と同じ中高に進んでいたとしても、私は姉妹を比べ続けたかもしれません。この学校にご縁を結んでいただき、また先生にあの時、ガツンとおっしゃっていただいたことで、親子ともども目が覚めました。当たり前ですが、姉には姉の人生、妹には妹の人生があるんですよね。それぞれに合った道を応援することが親の道であることに、遅まきながら気が付くことができたのです。次女はこの学校で本当に良かった……」
親の心理として、我が子同士をつい比べてしまうということはあるかもしれない。そんな時にこそ、同じ腹から出てきた我が子と言えど、“個性は違う”ということを再認識し、子どもの足かせにならないように配慮しながら、子育てをすることが肝要なんだなぁと思う出来事であった。
(鳥居りんこ)