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タイ洞窟の舞台裏「出ていけ!」厳戒の中、1千人の報道陣 「全員救出」に現場は…ダイバーが漏らした恐怖

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2018年08月16日 07:01  ウィズニュース

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写真洞窟の入り口から約5キロの場所にいた少年たち。閉じ込められてから9日目の7月2日に見つかった=タイ海軍提供
洞窟の入り口から約5キロの場所にいた少年たち。閉じ込められてから9日目の7月2日に見つかった=タイ海軍提供

 タイの洞窟に閉じ込められた少年ら13人、無事に救出! 7月、このニュースが世界を駆け巡りました。初めはタイ国内のローカルニュースだったのが、最終的には世界中から1000人を越える取材陣が集まり、一喜一憂する騒ぎに。救出から1カ月。2週間以上にわたって現地で取材した舞台裏をお伝えします。(朝日新聞ヤンゴン支局長兼アジア総局員・染田屋竜太)

【動画】「全員救出!」その時、現場では……1千人の報道陣が詰めかけた現地で起きたこと

6月25日:現地で報道が過熱し始める
 私が最初に知ったのは6月25日午後。タイ人の同僚が「洞窟に子どもたち十数人が閉じ込められているとニュースになっている」と教えてくれました。2日前の23日に洞窟に入り、大雨の水で戻れなくなったというのです。

 タイのスコールは確かにすごい。バンコク中心部でも、ほんの数十分で路地が川のようになるのを見たことがあります。

 翌26日にテレビを見ると、タイの各局が特集を組んでいます。ニュース番組は少年らの集合写真をバックに、放送枠の7〜8割の時間をこの話題に割いていました。私が特派員としてバンコクで仕事をするようになってから1年あまりで、ここまでの騒ぎはほとんど記憶にありません。

6月30日:まだ外国メディアは少ない
 別の取材を終え、30日朝に現地入りすると、制服を着た軍関係者や警察官、物資を運ぶボランティア、記者やカメラマンなど多くの人たちが行き来していました。テレビの中継車も数台ありました。

 洞窟の入り口前にはテレビカメラ20台ほどがずらり。多くはタイのローカルメディアでしたが、欧米からの出張組もちらほらといました。硬い表情の警察官が立ち、洞窟へのメディアの出入りは規制されています。

 すぐ近くには青いテントが並ぶ「メディアセンター」もできていました。タイ政府と地域政府が協力し、数日前に救助隊、メディア、ボランティアが活動できるテントを立ち上げたそうです。無料の炊き出しテントもできていました。

 閉じ込められた子どもたちの親や兄弟のテントもありました。中の人たちは深刻な表情で携帯を見たり、話したりしています。特に規制があるわけではありませんが、報道陣も気を遣い、遠巻きに様子をうかがっています。

 まずは軍、政府、県の職員など、現場で話を聴ける人に片っ端から状況について聞きました。ですが、「救助を全力で進めている」以上の答えは返ってきません。チェンライ県の知事らが原則1日2回、午前9時頃と午後5時頃に会見をするので、記事にはこれを盛り込みました。と言っても、どんな救助活動をしているのか、詳細は語られず。

 この時点で少年らはまだ「洞窟の中にいるとみられる」というだけで、発見の手がかりはありませんでした。6月中、この地域は雨が降り続き、どんどん洞窟の中に入り込んで、救助活動を難しくしているというのです。

 唯一、中の様子が具体的にわかるのは、定期的にタイ海軍がフェイスブックにアップする写真だけ。真っ暗な洞窟、狭い空間……。救助の難しさを感じました。

7月1日:少年の無事に笑顔
 7月1日、どうしても必要な取材があり、ミャンマーの最大都市ヤンゴンへ。1泊だけして戻った2日午後9時過ぎ、バンコクの空港から乗ったタクシーの車中で、タイ人の同僚から「少年たちが見つかったらしい」というメッセージを受け取ります。よかった! でも、なんで自分はこんな時に現場にいないんだ! そんなことを思いながら、締め切り間際の朝刊に記事を突っ込みました。

 翌朝現地に到着すると、それまでの重い空気が一変しています。「見つかった」「よかった」という笑顔が、救助隊はもちろん、ボランティア、報道陣にも広がっていました。

 このころには、アメリカのCNNやイギリスのBBCなど、欧米の主要メディアも続々と記者を送り込み始めていました。

 夕方、知事らが報道陣の前に姿を表し、現状を報告。「少年たちは入り口から約5キロ奥の水のないところに固まっていた。今はゼリー状の食料を渡している。今のところ、小さなけがはあるが、全員無事なようだ」

 テレビカメラは50台ほどに増えていました。オーストラリアのメディアは「13人が生きていたなんて、本当に奇跡だ」と興奮の面持ちでした。

 ちょっと驚いたのが、記者が質問をせず、知事の説明を聞くだけで終わってしまったこと。この時点ではわかっていなかった「なぜ少年たちは洞窟へ入ったのか」「どうやって生き延びたのか」「少年たちはどんな様子か」を聞く記者はいません。タイ語のできない私はタイ人の同僚に質問をお願いしましたが、会見は終わってしまいました。

 同僚に「なぜ他のメディアは質問しないの?」と尋ねると、「今は救助のために前向きになる時。タイのメディアはこういう時に突っ込んだ質問をしないで、会見者の説明に委ねる。それがタイ流です」。

 結局、タイ海軍が公開した発見時のビデオをもとに、ダイバーの「何人いる?」という質問に少年が「13人」と答えたり、「ありがとう」と言ったりした様子を報じました。

 気になったのが、現地では「タイ海軍特殊部隊員たちが見つけた」という説明でしたが、ビデオの会話は流暢な英語だったこと。

 当局に確認すると、「初めに現認したのは英国人ダイバーだが、タイの特殊部隊員と一緒に行動していた」との説明。いろいろと「配慮」があるようです。記事では「英国人ダイバーらが発見」としました。

外国人ダイバーに直撃取材
 それから数日は洞窟前に張り付いて、訪れる外国人ダイバーやボランティアの人から話を聴きました。

 ふらっと食べ物をとりにきたデンマークのダイバーに「洞窟のダイビングは何が難しいんですか」と尋ねると、「海と違って緊急時に水面に浮くことができない。狭い空間でパニックになりやすい」。

 少年たちがいるのは人が1人やっと通れるくらいの狭い場所や、水深が5メートルほどの場所もあるという洞窟です。

 ポンプ車が毎日1万リットルの水が排出していましたが、山から流れ込む水が多く、思うように排水できていないとのこと。「救出まで4カ月かかる」と報じたメディアもありました。雨期が終わる11月まで出られないというのがその理由で、後に救助隊によって強く否定されましたが、それだけ難しいと誰もが感じていたのです。

 報道陣から英語で「こんな会見のために待たされていたのか!」と怒号が飛びました。記者たちの気持ちをストレートに表した声でした。

 知事は話を止め、欧米メディアが英語で質問を続けます。「いつ救出するのか」「少年たちに潜水させるのか」。私も「救出開始の決断はどんな基準でするのか。時間的猶予か、現場の状況か」と尋ねました。 

 知事はアメリカ留学の経験もあり、英語は堪能です。「少年たちのいる場所の状況は悪化している。酸素濃度が下がり、水位もいつ上がるかわからない。数日内に決断をしなければならないと思っている」と話しました。しかし、「それは今日ではない」。

 いつ決断するのか、何が決断の要素なのかは明言しないまま、会見は終わってしまいました。

7月6日:ダイバーの死に沈痛
 7月6日午前9時過ぎ、毎日開かれる会見が始まりました。しかしこの日、報道陣の前に出たのはいつもの知事ではなく、内務省の担当者や軍関係者。タイ語で話し始めましたが、地元メディアの様子がおかしい。必死にスマホでメモを送っている。助手に目配せをすると、「救助活動中、タイ人の元特殊部隊員が死亡した」。

 ドクンと心臓が鳴ったのを覚えています。子どもたちの救出の前に救助隊に犠牲者が出るとは……。ロイター通信は会見中に「救助中のダイバー死亡」と速報を流しました。

 元特殊部隊員で、転職した男性ダイバー(38)は、自分の経験を生かそうとボランティアで救助に参加。空気ボンベを少年らのいる場所に運び、戻る途中に意識を失ってそのまま亡くなりました。

 プロですら命を落とす。少年たちは出てこられるのだろうか。現場はまた重苦しい雰囲気に包まれました。

 夜になり、同じ日の午後7時頃、同僚から「今夜、内務相が現場で会見するようだ」と連絡がありました。ここ数日、会見は朝だけで夕方はなかっただけに、何か重要な発表かもしれません。

 会見場所で待ち始めて2時間ほどが過ぎた午後10時ごろ、スマホでニュースをチェックすると、いくつかの欧米メディアが「救出作戦が開始される」と報じています。マジか? しかし、よく読んでみると外国人のボランティアダイバーが、「今日か明日くらいにやらないとさらに難しくなる」「個人的には明日じゃないかと思っている」と話したというだけでした。

 それで「作戦開始」と報じてしまうのもどうかと思いますが、どうやら何か動いているらしい。

 ようやく知事が報道陣の前に姿を表したのは、深夜0時が近くなったころでした。一部の欧州メディアは「すでに救出作戦は始まった」と伝えています。ところが、疲れた表情の知事は、午前中の会見と同じ説明を繰り返すばかり。

7月7日:何かが始まっている…
 翌7日は朝から現場の様子が変わりました。特殊部隊員の休憩や空気ボンベの交換場所に青いビニールシートが張られ、外から見えないように。洞窟への人の出入りも激しくなり、出てくる人の口はこれまで以上に重くなりました。

 知事は「酸素濃度、これからの大雨の用法を考えると、3、4日以内に決断しなければならない」と明言。作戦の決行は近づいている様子です。

7月8日:最初の4人救出、当局厳戒
 8日午前6時半、ホテルから出発しようとしたところ、「警察がメディアに洞窟前から離れるよう指示している」と同僚から連絡が。急いで現場に向かうと、テントや脚立の片付けが始まっています。いよいよ作戦開始か?

 指定された移動場所は洞窟から1キロ以上離れた、地区の役所前の広場。すでに報道陣の場所取りが始まっていました。

 午前11時ごろ現れた知事は「本日午前10時、潜水での救出作戦を始めた」。ついに! 早ければ午後9時頃に初めの1人が出てくるとのこと。

 このころ、世界中から集まった報道陣は1000人を越えるまでにふくれあがっていました。

 夕方になり、付近を車で走っていると、ヘリコプターが見えました。おそらく少年らを乗せて運ぶため、待機しているのでしょう。警察官らが警戒していますが、少し離れた場所からカメラで狙うことに。約2メートルの脚立を担いでヤブの中を進み、カメラを構えます。

 しかし、1時間ほどすると警察がやってきて「出ていけ」。

 当局の取材規制は徹底していました。洞窟から出てくる少年たちを多くの報道陣が撮影する情景を漠然と頭に描いていたのですが、少年の姿はおろか、洞窟に近づくことも許されません。

 他方、報道の混乱ぶりもひどいものがありました。この日救出されたのは4人だけでしたが、日本も含む一部のメディアは「6人を救出した」。翌日、当局から「誤って6人救出したというメディアもあった」と指摘されました。

 少年たちは洞窟からまず救急車で運ばれ、ヘリで軍の飛行場に。再び救急車に乗り換え、病院を目指しました。飛行場を撮影できたメディアもありましたが、軍や警察が隠したため、少年たちの姿は確認できませんでした。

 夜の会見で知事が「16日目にようやく会えた」と笑顔を見せると、メディアからも拍手が上がりました。4人とも元気で、そのまま病院に運ばれたようです。

 とりあえず、よかった。しかし、何人ずつ救出するのか、何日かかるのか? さらに雨脚が強まるとの観測もあり、状況は予断を許しません。

7月10日:全員救出、記者も喜び爆発
 翌9日に4人、10日には残った5人が救出され、全ての少年たちが洞窟から出ました。

 洞窟の入り口から約500メートル離れたパイナップル畑にずらりと世界中のメディアがカメラを構え、生中継も。「私は興奮しています。誰も成功するなんて思ってなかった」と実況するアメリカのメディアもありました。

 10日夜、知事や軍関係者が報道陣の前に姿を見せると、大きな歓声が起こりました。「ようやく全員が助かった。全ての皆さんに感謝したい」。知事が話し、最後はガッツポーズを見せました。

 その後、タイメディアは大騒ぎ。歌を歌ったり、みんなで写真を撮ったり。欧米などのメディアが粛々と原稿執筆やリポートをする横で、肩を組んで大声で叫んでいました。同僚にきくと、「助かった」「奇跡だ」などと言っていたそうです。

 取材を通して感じたのは、現場の一体感です。タイ政府、警察、軍、ボランティア、地元の人、そしてメディアも、みんなが「何とか全員助かってほしい」と思っていたように感じました。

 長期間環境の悪い中で取材が続き、ピリピリしていたのに、事件現場などでありがちな報道陣同士の場所の取り合いやいざこざもまったく見られませんでした。

 軽い気持ちで洞窟に入った少年たちは、うかつだったと言われても仕方ないでしょう。

 ただ、食べ物もない洞窟内で生き延び、大きな危険の伴う潜水での脱出に挑んだ少年たちに、なんとか無事に戻ってほしいという気持ちが現場で共有されていたことは、記録しておきたいと思います。

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