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<技術の進歩で人は仕事から解放されるはずなのに、「おバカ仕事」で労働時間は増える一方だ>
ホアキン・ガルシアはスペインの公務員で、少なくとも6年間は仕事をせずに給料をもらっていた。南部カディス市の水道局で働いていたが、上司が代わって閑職に追いやられたことがきっかけだ。
幻滅し、落ち込んだガルシアは、配置転換になったと言って同僚をだまし、家に籠もって読書三昧の日々を送っていた。嘘がばれたのは、勤続20年を迎えた彼を表彰する話が出た時のこと。それまでの間、彼の不在には誰も気付かなかった。
16年にガルシアに罰金刑が下され、話題になったこの一件は現代における「仕事」の意味を問い直すものだ。仕事には目的があり、社会で必要とされる機能を果たす行為と考えられてきた。だがガルシアの仕事には目的も役割もなく、やらずにいても誰も気付かないものだった。
世界的ベストセラー『負債論──貨幣と暴力の5000年』(邦訳・以文社)で有名な人類学者デービッド・グレイバーは、今年5月に新著『おバカ仕事の理論』を刊行。こうした無意味な仕事の存在は珍しいことではなく、今の時代にはよく見られることだと論じている。
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経済が進化し、技術が洗練の度合いを増していけば、人はあまり働かなくてもよくなるはずだった。しかし実際には「経済活動が無意味な仕事を生み出す巨大エンジン」と化し、グレイバーによれば、やるべき仕事が減れば減るほど、人はより長く働くようになっている。
その結果が無駄な仕事、グレイバーの言う「おバカ仕事」の蔓延だ。おバカ仕事(bullshit jobs)はクソ仕事(shit jobs)とは違う。後者はゴミの収集など、世の中に必要なのに低賃金で報われない仕事を指す。対しておバカ仕事は、たいてい高賃金で社会的な評価も高く、IT化の進んだどこの職場にもあるが、社会には何の貢献もしていない仕事を指す。
意味ある仕事ほど低賃金
グレイバーは英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの教授で、11年にニューヨークで始まったウォール街占拠運動の「われらは99%派」というスーガンの提唱者として知られる。今回の著書は大評判になった13年のエッセー「おバカ仕事という現象」に加筆したものだ。この文章は掲載サイトがクラッシュするほどの人気になり、数十の言語に翻訳された。グレイバーの元には、どうでもいい仕事に関する笑えて怒れる何百もの証言が寄せられたという。
つまり、おバカ仕事に従事している人は多いということだ。昨年の調査によると、アメリカ人の70%は今の仕事に本気で関わっていない。運よく意味のある仕事に巡り合っても、引き受けるには犠牲が伴う。「人の役に立つ仕事であればあるほど賃金は低い」からだ。
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昔の経済学者や哲学者は、機械が労働者の代わりを務めれば労働時間は短くなり、人は自分にとって有意義な活動に時間割けると考えたものだ。経済学者ジョン・メイナード・ケインズは、技術の進歩によって2030年までには「週15時間労働」で経済的繁栄を達成できるようになると夢見ていた。
それがどうだ。今も私たちの労働時間は増え続け、職場のストレスも増えている。しかも私たちは常に誰かに監視され、常に誰かとつながった状況に耐えなければならない。
デジタル化の途方もない進歩にもかかわらず、労働時間は頑として減らない。アメリカ人の労働時間は異様に長く、長時間労働で悪名高い日本人よりもひどい。アメリカ人の年間労働時間は1780時間で、ドイツ人の1356時間との差は約2カ月分の休暇に相当する。
スペインの公務員ガルシアの素晴らしき詐欺行為は、フルタイムで週5日は働かないと自分の人生も社会全体も破綻するという思い込みの欺瞞性を痛快なまでに暴き出した。グレイバーによれば、今の社会は人を仕事のための仕事に縛り付け、仕事以外の時間を充実させる方法を考えようとしない。
誰もが仕事に満足しているのなら、それもいい。だが明らかに人は満足していない。各種の調査によれば、鬱病やストレス、不安といった心の病を抱えたアメリカ人の数は過去最高となっている。こうした傾向の原因は複雑だろうが、仕事が1つの要因なのは確かだ。
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仕事の世界の中心には残酷な矛盾がある。社会は仕事を人間の尊厳と価値観の基礎に据えるように仕向ける一方、人口のかなりの部分が自分の仕事を嫌うような環境をつくり出している。
技術革新で問題は悪化
グレイバーによれば「かなりの人が、自分の仕事には社会的有用性や価値がないとひそかに確信しつつ働いているという事実」は、深い「心理的、社会的、政治的影響」をもたらす。それは「共有される魂の傷」だ。
過激な主張をするイメージから、グレイバーの議論を敬遠する読者もいるかもしれない。しかし彼の提示する議論に政治的な偏向はない。
それは、人が個人的、集団的に送る生活のことであり、私たちがつくり上げた世界の問題だ。グレイバーはあえて解決策の提示を避け、事実にのみ焦点を当てている。仕事の世界には問題があり、それを黙って受け入れる風潮は問題をさらに悪化させるだけだという事実に。
オートメーションや、より広い意味での技術革新が解決策にならないことを、グレイバーは明確に指摘している。世界を席巻した最新のオートメーション化の波は、人をケインズの夢見た高みではなく、週40時間のおバカ仕事に駆り立てた。
いま必要なのは「仕事のない世界」を創造的に考えることだと、グレイバーは言う。『おバカ仕事の理論』は、そうした考察の出発点になる。現状は「何かがひどく間違っている」と彼は書く。その間違いを正す仕事には、きっと意味がある。
<2018年8月14&21日号掲載>
サミュエル・アール
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