“アニメアーカイブ”の現状と課題は? プロダクションI.G所属の“アーカイブ担当”にインタビュー

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2018年08月19日 20:52  アニメ!アニメ!

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アニメ!アニメ!

プロダクションI.G 山川道子氏
「アニメは日本が誇る文化だ」――こう聞いて首をかしげる人はもう少なくなったと言っていいだろう。

2018年度の文化庁メディア芸術祭で功労賞を受賞したマンガ研究家の竹内オサム氏によれば、ほんの数十年前の日本ではマンガやアニメは低俗なものとみなされ、文化として研究することにも批判があったのだという。今やそれを文化庁が表彰するようになったのだから、隔世の感を禁じ得ない。

アニメが文化と誇れるようになった一方で、新たな問題も浮上している。原画やセル画など、アニメの制作過程で生じる関連資料の保存の問題だ。
たとえば海外のオークションサイトebayで「Anime cel Art」という検索ワードで調べてみると、数多くの出品物がヒットするのが分かる。『トランスフォーマー ザ☆ヘッドマスターズ』の動画付きのセル画が200USドル前後、『美少女戦士セーラームーン』の動画、セル画、背景美術のセットが500USドル、『ダーティペアFLASH 2』のオープニングのケイとユリの変身シーンのセル画は999.99 USドルといった具合だ(2018年8月現在)。

かつての日本でも、浮世絵版画や根付など庶民の楽しみだったものが芸術性の高さから海外の美術コレクターに注目され数多く流出しており、日本の文化でありながら日本に所有権がなく国内で見ることができない作品もある。アニメも文化として誇る一方で保存を怠れば、同じ道を歩むことになりかねない。

そんな中、老舗アニメスタジオの1つであるプロダクション I.Gには「アニメアーカイブグループ」という専門部署があり、アニメの関連資料の保存・管理・運用を専門的に行っているという。
そのグループリーダーであるアニメアーキビスト・山川道子氏にアニメアーカイブの現状と必要性についてお話を伺った。
[取材・構成=いしじまえいわ]

■ 広報から“アーカイブ担当”となったワケ
――早速ですが、アニメアーカイブグループはどんなことをしている組織なのですか?

山川道子氏(以下、山川)
アニメーション作品のパッケージや書籍、CDなどの関連資料と、制作過程で生じた中間成果物、つまり設定資料や原画、動画、セル画、背景画、カット袋、完成データ、アフレコ台本などを管理・保存するのが主な業務です。
私以下6名、計7人の部署です。詳しい業務内容は2016年に文化庁メディア芸術アーカイブ推進支援事業の支援を受けて制作した資料がありますので、それをご覧いただけたらと思います。

・アニメーション・アーカイブの機能と実践 I.Gアーカイブにおける アニメーション制作資料の保存と整理(Production I.G Archives Manual 2016)

――アニメアーカイブグループはいつから、どのような目的で生まれたのでしょう?

山川
アーカイブグループという名称になったのは2016年からですが、私がアーカイブの専門スタッフとして業務をするようになったのは2005年からです。
2002年に会社が創立15周年を迎え過去の作品や資産を整理しようという流れになり、その時、制作進行から広報に移りアーカイブを担当するようになりました。



プロダクション I.Gの資料室。膨大な量のアニメ制作資料が整理され眠っている
――なぜ広報の方がアーカイブの担当スタッフになったのでしょう?

山川
広報の業務としてメディアの取材対応があるのですが、たとえば監督インタビューで「あのシーンは力を入れました」「このシーンの〇〇さんの作画は素晴らしい」という話になると、そのシーンの場面写真を用意しメディアの方にご提供する必要があります。
新聞取材の場合は数時間以内に対応できないと記事にしてもらえなくなってしまいますから、なるべく早く的確な資料を取り出せるように、自分なりに整理と管理をしていました。それがいわばアーカイブだったんです。

――なるほど。ただ、それだけですと単に広報業務の一環のようにも感じられますが、アーカイブという名称はどうして設定されたのですか?

山川
アーカイブには専門的な手法があり、専門職の方は「アーキビスト」と呼ばれています。私自身そういった技術に興味を持ち勉強会などにも参加するようになったのですが、名刺に書いている肩書きが「広報」だと話が通じにくいケースが多かったんですね。
そこで会社に相談し、肩書きに「アーカイブ担当」と記載するようにしたんです。その時ちょうど『NHKアーカイブス』の知名度が高まったこともあり、アーカイブという名前に決めること自体はスムーズでした。

――プロダクション I.Gでのアーカイブは取材対応のニーズから始まったんですね。

山川
それに加えて、過去の資料が管理されていることで、次第にクリエイターの方々が「あの作品のこのシーンが見てみたい」「〇〇さんの原画が見られるって聞いたんだけど」と、自分の勉強にも活用するようになりました。ですので、アーカイブの第一義は取材対応、その次がクリエイターの閲覧のためです。

インタビュー時に整理中だった『人狼 JIN-ROH』のカット袋。チェック者の名前やリテイク指示などが確認できる
――文化の保存というような理念ではなく、実用性の面から始まったんですね。

山川
アーカイブに意識や関心のある方であれば文化や作品、誰かの生きた証を後世に遺すことに共感してくださるんですが、会社組織の中でそれを言ってしまうと「あっ、コイツは金儲けにならないことをしようとしているな」「趣味でやってるな」と評価されてしまいます。
元々アニメの中間成果物の多くは産業廃棄物として廃棄されるのが通例でしたから、想いだけでやってしまうと逆に保存ができなくなってしまうんです。

――利益に直結しない活動が煙たがられるのはプロダクション I.Gさんに限らず企業ならどこでも同じですね。

山川
逆に「この作品は続編の制作が決まっているので、資料を保存しておくことで新作カットのベースにするなど再利用が可能になりコストカットになります。だから続編が終わるまでは保存すべきです」というように、合理的な判断の元で管理していることがきちんと説明できれば会社も納得します。
そのため、“捨てる”判断をすることもアーカイブの役割の1つになります。

→次のページ:「のこす」「捨てる」その判断基準は?

■「のこす」「捨てる」その判断基準は?
――貴重な資料を捨てるのはもったいない気がしますが、倉庫の維持コストなどが問題なのでしょうか。

山川
プロダクション I.Gでは現在資料保管用の倉庫会社に預けていて、会社から保管量の制限を受けていませんので、非常に残しやすい状況になっています。とはいえ「どの資料も大切なので捨てられません」では会社から管理を任されません。
遺すもの、廃棄するものを選別し、使いやすいように適切な規模になるようコントロールしているからこそ「これは保存すべきです」ということも説得力を帯びてくるので、貴重な資料を遺すためにはある面では捨てることも必要なんです。

――シビアですが、闇雲に全部残していてもかさばるし、多すぎて使えないとなると「じゃあ要らないよね」ということにもなりかねないので、確かにそうですね。資料の廃棄はどのタイミングで行うのですか?

山川
どの資料に価値があり、収益を生むかは作品を作った時も公開が終了した時もまだ分からないので、公開後1年間は全て取っておきます。1年経つと続編の有無やパッケージの売り上げ傾向もだいたい分かるので、その結果を見てそこで絞ります。
それまでにどれを残しどれを捨てるかはだいたい決めておいて、4月になったら入社したての新入社員さんにその分別業務をしてもらっています。

――結構つらい仕事ですね。

山川
これからアニメーターさんたちと一緒に作品を作っていこうという新人さんにいきなり捨てるための分別をさせるんですから、そうですよね。
でもこれによってカット袋を実際に手にして、どれが動画でどれが原画でどれがレイアウトで、1つの作品を作るためにどれだけ膨大な量の絵が描かれているのかを、見て触れながら学ぶことができるので、新人研修にはとてもいいんです。実際に制作に入ってしまうとなかなか落ち着いて見ることができませんから。

廃棄する前にはTV局や原作出版社、パッケージ会社などの製作委員会の関係会社、さらに制作サイドとビジネスサイドのプロデューサーらに廃棄の旨を伝え、他に遺したいものはないか、もし捨ててはいけないなら倉庫代のコストはどうするか、などの相談をしています。

――廃棄の基準はどのように決めているのでしょうか。先述の通り、取材対応に使えるかどうかと、社内勉強用になるかということでしょうか。

山川
おおむねその通りですが、文化的に価値があるか、商品に転用できるかなど他にもいくつかの判断規準があります。
私はクリエイティブに近い制作進行と外向きの広報の両方を経験しているので、両方の価値基準で判断するようにしています。
また難しいのが、残す理由と同時に捨てる理由も考えなくてはなりません。

――「基準を満たしていないから」ではダメなのですか?

山川
社内には実際にそのカットを手掛けたアニメーターさんがいて、「あのシーンある?」と聞かれることもあるんです。

――なるほど、面と向かって「基準以下だったので」とは、ちょっと言えませんね……。

山川
だからこそ、捨てる理由も聞いた人が納得できるレベルまで考えておく必要があるんです。

資料倉庫。保管が決まった資料やDVD、CD、ソフトウェアなどが並んでいる
■アーカイブした資料を版権ビジネスに積極利用する

――アニメのアーカイブが専門性の高い仕事であることがよく分かりました。それでは、アーカイブグループの直近の動向についても教えてください。

山川
2014年のことですが、たまたま管理の過程で社内に置いてあった『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』の資料が企画室の郡司 (『宇宙戦艦ヤマト2199』『銀河英雄伝説 Die Neue These』等のプロデューサーを務めた郡司幹雄氏)の目に留まり「これ、売れるんじゃない?」ということで原画集として出版されるに至りました。およそ20年前のアニメ作品の原画がしっかり保管されているということは本当に貴重で、この原画集は発売から3年経った今でも売れ続けていて、先日5刷の重版がかかったそうですこういった事例もでてきたことで、アーカイブしてきた資料が経営戦略的にも積極利用されるようになりました。

――10年間こつこつと整理してきた資料が、そういった形で大きく活用されることになったんですね。

山川
以降、企画室主導の作品イベントでの原画展示や、資料を基に制作したグッズの販売、原画集の出版、渋谷マルイ内のI.Gストアの展開などに利用されています。
中間成果物などの資料を活用した展開がビジネスとして成立し、版権収入につながるようになってきました。以前はコストや人を割いてまで資料を保存する必要はあるのかと言われたこともありましたが、今は資料保存と、それを利用した収益の循環が生まれ、版権運用による収益のひとつになっていますので、安定的にアーカイブできる環境が整っています。倉庫が安定的に利用できるのも収益化できているおかげです。

「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊 原画集 -Archives-」(マッグガーデン刊)
(C)1995士郎正宗/講談社・バンダイビジュアル・MANGA ENTERTAINMENT
――企業内でアーカイブをするためには、企業の原則である利潤の追求に合致している必要があるんですね。昨今、アニメ制作会社の倒産がニュースにもなっていますが、資料の保存と利用はアニメ会社が生き残るための1つの手段になり得ると感じました。

山川
そうですね。ただ、アニメスタジオにはクリエイティブに意識の高いスタッフが多いので、資料の管理やそれによる利益化を目指すのであれば、会社の外からビジネスマインドを持った人を雇う必要があると思います。
私も広報でしたし、郡司も他業界から転職してきたという経歴です。また、そういったビジネスへの意識はアニメアーキビストの側に必要な能力でもあると感じます。

→次のページ:国内の“アニメアーカイブ”の現状と課題は?

■国内の“アニメアーカイブ”の現状と課題は?
――これまでプロダクション I.Gでのアーカイブについてのお話を伺ってきましたが、日本全体で見た時、現状をどう捉えられていますか?

山川
アニメスタジオでいえば、I.Gだけでなくトムス・エンタテインメントさんやスタジオジブリさん、サンライズさんなどにもアーカイブに関する部署がありますから、アーカイブへの意識は徐々に広がってきているように感じます。
また、昨年はアニメアーカイブについて講演を複数の学会や、講演会などでお話させていただきました。そういった発表の場が与えられることから考えても、アニメアーカイブの社会的な需要は高まっているのではないでしょうか。

――行政サイドについてはどうでしょう?

山川
内閣府に知的財産戦略本部という組織がありまして、その中でメディア芸術の資料を輸出産業として海外に使っていくという指針があり、アニメのアーカイブもそこに含まれています。
これが内閣府から各省庁への依頼という形で伝達され、文化庁や外務省、経産省など関連省庁にそれぞれ予算が付き、各庁にアニメアーカイブに関する活動にあてられているようです。
先の資料『アニメーション・アーカイブの機能と実践 I.Gアーカイブにおける アニメーション制作資料の保存と整理』は文化庁の助成を受けて制作されたものですし、外務省は「MANGA⇔TOKYO」展を含む「ジャポニスム2018」という日仏共同の文化芸術イベントをパリで開催されます。
また、アニメアーカイブやアニメアーキビスト人材育成に関して中心的な取り組みとして、超党派の議員連盟であるMANGA議連が推進する「MANGAナショナル・センター構想」があります。名前はまだ仮称ですが、マンガ、アニメ、ゲームのアーカイブの拠点として、設立を目指していると聞いています。

――課題はどこにあると考えますか?

山川
アニメについていえば、所蔵すべき作品を鑑定し判断できる人がいないという問題があると考えています。

――確かに、売り上げランキングを上から順に残していけばいい、とはなりませんよね。

山川
はい。その時代を代表する技術や表現を用いた優れた作品が、その年売れた作品であるとは限りません。
アーカイブとは人間が生きた証を残すことですから、それに相応しい作品をどのような基準で選ぶのか。国税を投じて未来に遺すわけですから、誰かの個人的な思惑で選ばれるべきではありませんし、アニメファンだけでなく将来そのアーカイブに触れる様々な立場の人の希望や用途に応じた残し方をしなくてはなりません。

それが一体どのような基準なのかについては、アニメ業界や関係者の間でまだ十分に議論がされていないし、もっと広い分野の方々の意見を募る必要があると感じます。
そのため、個人的には美術家や歴史家の方にお話を伺ったり、図書館や美術館など先行する他分野のアーカイブについて勉強するなどして、妥当な基準を探っているところです。

――そのミニマムな実験をI.Gさんの中で実践しているわけですね。先の文化庁助成のドキュメントを作られた狙いもそこにあるのでしょうか。

山川
日本にMANGAナショナル・センターのようなアーカイブ施設と組織が立ち上がった時に有効的に使っていただきたいという狙いはありました。
ただ、私がまとめたI.Gのやり方が正解だとは思っていませんし、そのまま使うべきだとも思いません。
スタジオによって方針も違うでしょうし、下請けか元請けか、外資が入った会社から見たらどうか、メディアから見たらどうか、歴史家から見たらどうか、別ジャンルの人から見たらどうか……立場によっても優先順位ややり方が異なるはずです。
I.Gのやり方は、そういった議論をする上でのたたき台の1つとして見ていただけたらと思います。

■「国・個人をふくめて各々の基準でアーカイブを行うことが重要」
――特撮分野では、庵野秀明監督が「特定非営利活動法人アニメ特撮アーカイブ機構」(ATAC)というアーカイブ組織を設立されていますね。

山川
ATACさんでは個人コレクターのコレクションの受け入れをすることで、コレクターが亡くなられた際に貴重なコレクションが散逸するのを防ぐという目的があります。
個人という単位で記録を残すことは企業体であるI.Gにはできないことですので、ここにもまた別種の価値があると感じます。

――様々な立場の人がそれぞれの規準でアーカイブしていくことに意義があるのかもしれませんね。『輪廻のラグランジェ』では舞台である千葉県鴨川市で制作資料を保管することになりましたが、各作品の聖地がアーカイブを担うというのは、制作会社としては保管場所問題が解決しますし、地域にとっては観光資源になる可能性もあり、お互いのメリットを最大化できるかもしれませんね。

山川
地域と資料という点では、書籍の分野ではすでに地域ごとの郷土資料館にその土地出身の作家の情報などの史料が数多く集められていて、検索でどこからでも調べることができるようになっていますから、アニメでも同じことができるようになる可能性はあると思います。
地域と資料の関係としては『輪廻のラグランジェ』は好例ですし、新潟大学ではアニメアーカイブ研究センターが2016年に設立されています。ここでは渡部英雄さんというアニメ監督の個人コレクションが保存され、学術に利用されています。

――国が一括管理してしまえばいい、ということでもないんですね。

山川
国での一括管理ということでしたら、たとえば国立国会図書館であれば本のカバーは一律剥がして保管することになっていますが、マンガやアニメの関連書籍のカバーやカバー裏には独自の価値があり、それらが残らないのは困りますよね。
また書店流通以外の書籍については納本があまり厳格に行われていませんから、アニメグッズショップが発行した一部の設定資料などは、納本されていない可能性が高いです。DVDボックスに封入のブックレットなども、残らないものの方が多いと思います。


I.GではDVDや書籍などには固有の管理番号が付与され、リストによって管理・保管される

――アニメのアーカイブに適した基準とは言いにくいですね。

山川
現在私たちが様々な文化財に触れることができるのは、先人が大事に保存し書き留めてくれていたからです。逆に、今価値があると思われているものも形として残さなければ、将来「あったらしい」「でも実物はない」「本当はなかったのでは?」ということにもなりかねません。
そういった事を防ぎ、作品や文化を未来に遺していくためには、企業、国、地方自治体、大学、個人も含めて各々の規準でアーカイブを行うことが重要です。またMANGAナショナル・センターのような規模の大きな施設については残す基準について今後議論を深めていくことが必要ですし、私もそこに寄与できたらと思っています。

――アニメアーカイブについて継続的に議論していく必要性を強く感じました。本日のお話、どうもありがとうございました。

【2018年6月東京都武蔵野市、プロダクション I.G本社にて】

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