大坂なおみフィーバーは日本の人種差別を変えるか

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2018年09月20日 15:42  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<「日本人」の概念を揺さぶる大坂なおみの躍進は外国人差別の解消や移民受け入れにつながる?>


テニスの全米オープンが開幕する直前の8月23日、ニューヨーク・タイムズ電子版に大坂なおみ(20)選手の長い特集記事が掲載された。副題には「彼女は日本人であることの意味をめぐる日本の期待を打ち破れるか」とある。


記事によれば、大坂の母・環はハイチ出身のアメリカ人である黒人男性との婚を父親に反対され、10年以上連絡を取れなかったという。家族は今では仲直りしているが、環は今年6月にこんなツイートをしている。「(私の結婚は)家族にとって『不名誉』だった。何十年も砂漠とジャングルにいた」


環と夫は北海道から大阪へ居を移し、さらに次女のなおみが3歳のときにアメリカに移り住んだ。日本の義理の父に拒絶されたにもかかわらず、なおみの父はなおみが13歳の時に娘が日本のテニス選手としてプレーする道を選んだ。


全米オープンで大坂が日本人初の優勝を果たして以来、日本メディアは大坂をまるで1カ月前まで日本に住んでいたかのような扱いでもてはやしている。米メディアが彼女にアイデンティティーに関する質問をするのに対し、その質問が最も重要なはずの日本で、その手の質問が歓迎されていないようなのはおかしな話だ。


日本にはなおみのようにルーツを日本以外の国にも持つ人が大勢いる。そして、外見から分かる「ハーフ」は皆、「母国」にいながら差別された記憶を持っている。


日本とフランスにルーツを持つ14歳の私の娘も最近、差別を体験した。上野公園で休憩していたとき、日本人男性から「クソガイジン」と言われたのだ。


会見でのばかげた質問


私も先日、健康診断で医療機関を訪れたところ、国民健康保険の不正利用を疑う日本人から「外人がここで何をしている?」と絡まれて口論になった。外国人が偽りの在留資格で健康保険に加入している恐れがあるとして日本政府は最近調査を行ったが、在留資格偽装が確認された例は今のところ1件もない。


大坂の躍進は、日本の移民問題について真剣な議論を進める絶好の機会だ。大坂の代理人スチュアート・ドギドはニューヨーク・タイムズにこう語っている。「今後15年間で、なおみは素晴らしいキャリアを築き、グランドスラム(4大大会)制覇さえも成し遂げるかもしれない。でも私は同時に、彼女が日本における複数の人種的背景を持つ人々への文化的認識を変えることも期待している。彼女は変化をもたらす大使になれる」


だが残念ながら、そうした議論は巻き起こっていない。優勝後に日本に到着して大坂は連日、「抹茶アイスを食べたか」「どんな写真をインスタグラムにアップしたいか」といったばかげた質問を浴びせられている。


日本以外の先進国では、移民問題は常に選挙の中心的な争点だ。しかし安倍晋三首相は一貫して「いわゆる移民政策は取らない」と繰り返している。


野党・立憲民主党の枝野幸男代表でさえ、現時点では移民受け入れを積極的に推進する立場ではない。数カ月前に取材した際、枝野は外国人を安い労働力として扱う風潮を批判し、いま移民を受け入れても彼らも「ハッピーでない」と指摘。まずは「国籍や出身による差別意識を小さくする社会運動」を先行させるべきと語った。


人口が減少し、年金制度が破綻に向かうなかで移民を拒むのは無責任だ。世界中の若者の間で日本人気が高まっている今のタイミングに移民政策を打ち出さなければ、素晴らしいチャンスを失ってしまう。


少なくとも帰化の道を広げ、より多くの外国人に国籍を付与することは可能だろう。今の日本では、日本人になることは極めて難しい。申請者は、大半の日本人でさえクリアできないであろう厳しい基準によってふるい落とされる。親が何年も昔に1カ月だけ社会保険料の納付を怠ったという理由で申請を却下されたケースもある。


「トリプル」を切り札に


スイスと比較すると、日本の鎖国ぶりがよく分かる。人口842万人の小国スイスは欧州随一の「閉じた国」だったが、昨年は4万6060人に国籍を付与した。一方、人口1億2700万人の日本で帰化を認められた外国人は1万315人(そのうち84.5%は中国人と韓国人)。両国の人口比を考慮すると、スイスは日本の68倍の移民を受け入れていることになる。スイスは外国人のせいで別の国になっただろうか。


最後に、日本は二重国籍を認めるべきだ。スイスの調査では、単独国籍者と比べて二重国籍者のほうが国家への忠誠度が低いという現象は確認されていない。


成人の二重国籍を認めれば、低コストで世界中の人材を集め、世界につながるネットワークを構築できる。父親と母親のいずれかを選べと言わんばかりの圧力にさらされている二重国籍の子供たちの悩みも解消される。


複数の人種の血を受け継ぐ日本人をなぜ「ハーフ」と呼ぶのか。ハイチと日本とアメリカにルーツを持つ大坂は、ハーフどころか「トリプル」だ。何億人もの黒人とアジア人、そして白人の琴線に触れられる彼女は、錦織圭にはできない形で世界にアピールする力を持っている。東京五輪を控えた日本にとっては最強の切り札だ。


会見でアイデンティティーについて問われた大坂は「私は私」と答えた。誰もが心からそう答えられるといいのだが。


<本誌2018年9月25日号[最新号]掲載>




[2018.9.25号掲載]


レジス・アルノー(仏フィガロ紙東京特派員)


このニュースに関するつぶやき

  • 残念ながら狭い島国故に防御反応から地域外を差別視する習性。しかしながら国の発展を重視するなら温和で勤労と聡明な人に限った移民は容姿に関わらず必要不可欠じゃないかぇ�ͺ�����
    • イイネ!1
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