北方領土をめぐって交錯する日本とロシアの思惑

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2018年09月22日 14:22  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<領土返還を最優先課題に掲げる安倍の本音と、突然の平和条約提案で揺さぶるプーチンの真意>


7月31日にロシアの首都モスクワで日ロ両国の外務・防衛担当閣僚会議(「2プラス2」)が開催された。13年11月の第1回の後、ロシアによるクリミア併合とウクライナ東部の内戦への介入を受けて中断。昨年3月に2回目が行われ、今回がようやく3回目だ。


日本はロシアとの関係改善を目指し、長年領有権を争っている北方領土問題を解決する機会を探ってきた。さらに、ロシアと中国が戦略的関係を深めていることを牽制している。


しかし、G7(主要7カ国)は14年3月に、クリミアを武力併合したロシアをG8から除外することで合意。日本も対ロ制裁に参加せざるを得なかった。これを受けて、ロシアは領土問題の解決を模索する日本に冷や水を浴びせた。


9月10日に安倍晋三首相とウラジーミル・プーチン大統領は22回目となる日ロ首脳会談に臨んだ。しかし、5月に行われた21回目と同様に具体的な議論や進展はほとんどなかった。北方四島の共同経済活動の実現に向けたロードマップで合意した程度だ。


日本としては、ロシアとの戦略的関係を強化することを、欧米諸国がどのように受け止めるかも意識しなければならない。世界各地で民主主義を脅かすロシアの振る舞いに欧米諸国が動揺している最中に、外交的に孤立しているロシアと接近しようというのだ。


オバマ前米政権時代は特に、日米関係との絡みで日本は難しい立場にあった。オバマ政権は、ロシアが16年の米大統領選挙に介入した疑惑が浮上する前から、ウクライナにおけるロシアの振る舞いに激怒していた。


しかし、外交でもルールに基づく国際秩序を軽視するトランプ米政権は、ロシアへのアプローチも気まぐれだ。おかげで安倍は、最も重要な同盟国であるアメリカからの叱責を恐れずに、ロシアと対話を深める余地が生まれた。


もっとも、アメリカ以外のG7のパートナーは、日本とロシアの関係を警戒している。特にイギリスは、3月にロシアの元情報部員が英南部ソールズベリーで神経剤による毒殺未遂事件をめぐり、欧米諸国に呼び掛けてロシアと外交官追放の応酬を繰り広げた際、日本が二の足を踏んだことに不満を募らせた。


安倍としては、北朝鮮による拉致問題と並んで最優先課題と位置付ける北方領土問題で、外交的な成果を上げたい。個人的にも、80年代に外相を務めた父・安倍晋太郎が領土交渉のためにソ連を訪れた際に同行しており、粘り強い働き掛けが実らなかった経緯を目の当たりにしている。


経済協力でお茶を濁す


ロシアは第二次大戦末期に北方領土に侵攻して以来、入植と軍事基地の建設を通じて実効支配を強めている。安倍は日本の歴代首相と同じように領土問題の解決を目指す上で、プーチンとの個人的な関係を維持している自分なら、変化をもたらせるのではないかと考えている。


とはいえ、安倍の求愛にもプーチンはつれない。日本は近年、領土問題をめぐり新たな提案をしているが、ロシアが歩み寄る気配はない。


今のところ両国は、四島の共同経済活動など、領土問題よりはるかに容易な合意でお茶を濁している。9月の首脳会談では5月と同様に、共同経済活動に備えて民間調査団を派遣することが発表された。


しかし、より厄介な領土問題で合意できるかどうかとなると、両国の見解には依然として大きな隔たりがある。日本は依然として全島返還にこだわっているが、ロシアは一歩も譲る気配がない。その結果、返還交渉は膠着状態に陥り、第二次大戦後の正式な平和条約の締結は棚上げされたままになっている。プーチンは合意の可能性を完全には否定せず思わせぶりな態度を続け、双方が納得できる形での解決は可能だが時間がかかると主張している。


そのため日本の指導者たちは非公式にさまざまな提案と妥協案を提示してきた。とりわけよく議論されているのは、北方領土全面積の7%を占めるにすぎない色丹・歯舞の2島返還と残り2島の「共同統治」もしくは開発を軸とするものだ。しかし日本がある程度の柔軟性を示しているにもかかわらず、ロシアとしては相変わらず領有権の問題もこうしたアプローチも受け入れ難いようだ。


欧米との関係冷却化を背景に、ロシアは間違いなく日ロ関係の改善を望み、日本企業からの投資拡大を歓迎している。だがロシア国内の強固なナショナリズムを思えば、ロシアでいう「大祖国戦争」で獲得した領土を経済的な動機だけで引き渡すとは考えにくい。


一方、日本はウクライナ問題で対ロ制裁を続けている。北朝鮮のミサイルの脅威に対抗すべくアメリカのミサイル防衛システムを導入すると決定したことで、ロシアの怒りを買ってもいる。何より、日本の多国籍企業はロシア極東での合弁事業による経済計画推進を迫られているが、ロシアへの投資をためらっている。なかなか進展しない状況に、日本国内ではいら立ちが募る。


ロシアとの経済関係強化の試み(16年5月の首脳会談で日本が提案した8項目の協力プランなど)は、いわば新たなニンジンだ。日本は長年、北方領土返還と平和条約締結で合意することを前提に、ロシアの鼻先にニンジンをぶら下げて関係強化を狙ってきた。こうした試みはエネルギー不足の日本にも役立つはずだ。日本のエネルギー供給は中東頼みで、原子力発電も停滞。ロシアとの協力のチャンスに目を向ける必要性が浮き彫りになっている。


中ロの間に「くさび」を


しかし、北方領土問題は厄ではあっても、「諦めない」姿勢自体が肝心だ。長期的には、日本を中ロの間に割って入るくさびにすることが何より重要になる。エネルギー確保と投資のチャンスを強化すること以上に、安倍にとって最も重要な動機は戦略的なものだ。日本がロシアとの関係を強化すれば、(理屈の上では)海上での合同軍事演習を重ねるといった中ロの安全保障協力が自国の利益になるのか、とロシアに懐疑心を抱かせることができる。南シナ海など各地で強引に領有権を主張する中国への牽制になるだろう。


日本政府は、ロシアが戦略的パートナーになるという幻想も望みも抱いていない。両国の国益が一致する範囲はごく狭く、「2プラス2」は現実に結果を出すというよりは親善の印だった。それでも安倍はロシアへの関与を(まだ見返りはほとんどなくても)低リスクと見なしており、いずれ、中ロの戦略的関係を弱め得る「配当」を求めるだろう。


ロシアは今後も日和見的に振る舞うはずだ。それでも安倍の立場からすれば「2プラス2」の会合を重ねる価値はある。中国に接近し過ぎることが本当に得なのかロシアに懐疑心を植え付け、同時に、ロシアに対する中国の信頼にも揺さぶりをかけるのだ。


<本誌2018年9月25日号掲載>


From Foreign Policy Magazine



J・バークシャー・ミラー(米外交問題評議会研究員)


このニュースに関するつぶやき

  • この先もロシアは我が国の領土を返さない、ウクライナやクリミア半島の問題を見ればわかるが、軍事力を行使してでも欲しい物を奪うのがロシア。当然、我が国はそれを容認しないからいつまでも平行線。
    • イイネ!30
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