北朝鮮の経済制裁は「抜け穴だらけ」

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2018年10月19日 17:52  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<国連制裁を受けながら、なぜ北朝鮮は核開発を続けられたのか――制裁担当者が語る驚きの裏舞台>


9月末に開催された国連安全保障理事会は、1つの議題をめぐり紛糾した。北朝鮮に対する制裁緩和だ。


6月の米朝首脳会談を受けて北朝鮮が核実験場の一部を解体したことなどから、ロシアと中国は制裁の緩和を主張。一方のアメリカは「完全で検証可能な非核化」が確認されるまでは徹底した制裁の継続が必要だと反論した。


議論は常任理事国以外にも広がり、スウェーデンが国連制裁の緩和に同調すると10月初旬には韓国も独自に科してきた対北制裁の解除に言及した。一方で、日本はアメリカと足並みをそろえ制裁決議の履行を訴え続けている。


だが、そもそも北朝鮮に対する制裁とは何だったのか。国際社会が紛糾するほど影響力のあるものだったのか――。10月12日、制裁の深部を描いた『北朝鮮 核の資金源 「国連捜査」秘録』(新潮社)の著者、古川勝久氏(国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル元委員)に第17回新潮ドキュメント賞が贈呈された。古川氏は式典のスピーチで、「制裁問題に継続して向き合っているのは北朝鮮だけ」と皮肉交じりに語り、制裁の虚構ぶりを表現してみせた。


その古川氏が米朝首脳会談直前に本誌のインタビューで語ったのは、制裁をめぐる生々しい国際政治の現実だ。国家間の駆け引きと妥協、欺瞞と怠慢、隠蔽と暴露が交錯する「制裁の政治学」。改めてその裏舞台を知れば、いま繰り広げられている制裁緩和をめぐる国家間のバトルも、どこか空々しい茶番劇に見えてくるだろう。


<以下、本誌2018年6月19日掲載記事>


北朝鮮が06年に行った1回目の核実験に対して、国連安全保障理事会で最初に制裁決議が採択されてから12年がたった。以後、昨年12月までに計10回にわたり制裁決議が採択されたが、北朝鮮は核計画を「完遂」した。果たして制裁の効果はあったのか。国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会専門家パネル委員を4年半務め、昨年12月に『北朝鮮 核の資金源「国連捜査」秘録』(新潮社)を刊行した古川勝久に本誌・前川祐補が聞いた。


***


――ドナルド・トランプ米大統領は、北朝鮮が外交路線に切り替えたのは制裁による圧力が影響したからだと語った。効果は本当にあったのか。


一定の効果があったことは間違いないが、どれくらい決定的なのかは正直分からない。5月くらいまでの北朝鮮の物価や、ドルなどとの為替レートをならして見ると安定している。国連安保理で対北制裁が決議されると、その直後には物価に影響が出るが、しばらくすると落ち着く。理論上は北朝鮮の貿易の9割を取り締まっているはずなのが、思ったほど市場価格に反映されておらず建設プロジェクトなども継続されている。制裁の効果を測るには定量的なデータに乏しいのが実情だ。ただ、北朝鮮の朴奉珠(パク・ポンジュ)首相が「国家経済発展5カ年戦略」の目標が達成できていないことを認めている。北朝鮮にとっては、現地点で致命的な影響が出ているかどうかよりも、このままではジリ貧になることを懸念していた節があり、その意味で制裁は先手を打ったという側面があったと思う。


――効果があったのは国連加盟国が制裁に対して協力したからか。


必ずしもそうではない。彼らが本腰を入れてくれていればもっと多くの制裁違反行為を摘発できたが、実際はひどい体たらくだった。制裁の目的は北朝鮮の核やミサイル、大量破壊兵器などに関係する人・モノ・カネ・技術の移動を阻止すること。そのためには国連加盟国がそれぞれ丁寧に法律を作り、制裁違反の防止や懲罰のための法執行体制の整備が必要だが、ほとんどの国がそれをやっていない。結局のところ、効果は非常に大ざっぱな中国のマクロ的圧力によるところが大きい。


――国連加盟国のひどい体たらくとは。


例えば、製造業の中心地となっている東南アジア諸国。核やミサイル開発に使われ得る汎用品の輸出を規制する法律を運用しているのはシンガポールとマレーシアだけだ。この2国も法律こそ作ったが、それを運用するために必要な情報を収集・共有していない。国内で活動する北朝鮮人の動きを把握しておらず、実態は抜け穴だらけで実効性が低い。フィリピンも法律を作ったが、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領が就任してから行政の運用計画ができておらず運用されていない。


――汎用品の押収は重要だ。


北朝鮮が打ち上げ、後に回収された銀河3号の第1段ロケットの映像を見ると、むき出しの電気回路にはんだごてで部品が付けられているのが分かる。秋葉原で部品を買って自家製のミニロケットを作る人がいるが、それをさらに粗野にした感じだ。ロケットに付けられていたリアルタイム画像伝送用のビデオカメラも、オンライン通販で20ドルで購入できる商品。これで事実上の長距離弾道ミサイルが造れてしまうが、国連がこれらを対北禁輸品目に指定したのは昨年12月のことだ。


――東南アジア諸国が対北制裁に消極的なのは、中国の圧力があるからか。


そういう国もあるだろうが、単に取り締まりの能力と意欲が欠如していることこそが問題だ。国連安保理は加盟国に対して09年に貨物検査を、13年に汎用品の対北輸出の取り締まりを義務付けたが多くの国は対応していない。


タイは9年遅れで対北輸出の貨物検査を法制化しつつあるが、そのプロセスでは深刻な問題が見受けられた。検査自体は法制化されても、検査で制裁違反品が見つかった際にそれを押収するための措置が抜けていた。これでは意味がない。インドネシアに至っては、汎用品の輸出に規制をかけるべきでないというスタンスで、そもそも制裁をやりたくないのだろう。


結局、ASEAN諸国にとっては本気で北朝鮮を取り締まらなければならない理由は何もない。むしろ北朝鮮は貴重な天然資源を持つ国で、これまでも取引してきた良い経済パートナーだ。核兵器を保有しようが、彼らにとっては関係ないというのが実情だ。


――日本などとは緊張感が違うと。


そうだ。ただ、私は日本も緊張感を持って制裁に対応していたとは思わない。パネル委員会に在籍中、私たちは武器輸出を担っていた北朝鮮最大の海運会社を摘発した。その企業の貨物船が15年3月に荒天から日本の港湾内に避難したが日本政府はこれを取り押さえなかった。どの船も国際法では領海での無害通航権が認められており、その企業の所有船というだけでは取り押さえられなかった、と日本政府から説明された。しかし、そもそも港湾内は領海と異なり、無害通航権は認めなくてよい。安保理の対北制裁はそうした船の「資産凍結」を義務付けている。にもかかわらず、日本には対応する法律がない。


さらに、私は北朝鮮が弾道ミサイルの運搬に使う軍事車両を中国から調達していた証拠を入手したことがある。その輸送に使われた貨物船の輸出目録の写しを日本政府が入手していた事実が判明したので、国連捜査のために資料提供を要請したが「機密情報だから出せない」と断られた。


後で分かったことだが、北朝鮮に影響力を持つ中国を刺激したくないアメリカは、既にこの事件の幕引きを図っていたようだ。軍事車両は計6台が北に輸出されていたが、北に協力した中国企業はいずれも何ら制裁を受けなかった。日本はアメリカに情報を渡したようだが、後はアメリカ任せだった。当時、日米両政府ともに国連捜査にはあまり協力的とは思えなかった。水面下でもみ消された事件はほかにもある。


――日本国内の制裁違反者が取り締まられていないと著書で指摘している。


国内で制裁違反に加担している人物が多数いるのに、取り締まりの法律が不十分で、彼らのほとんどが摘発されていない。これは深刻な問題だ。平壌市内の高級デパートの映像を見ると、日本は対北貿易を禁じているのに日本製品がずらりとそろっている。日本の警察は、シンガポールの仲介人と連携して北に製品を流していた国内の犯行グループを既に把握している。しかし逮捕されたのは4名だけ。しかもうち3名は証拠不十分で不起訴になった。


安保理決議では国連制裁違反に加担した企業・個人とのいかなる取引も禁止している。日本は外為法で対応しているが、外為法では第三国駐在の北朝鮮人やその外国人協力者との取引自体は必ずしも違法ではない。日本国内の輸出者が海外にいる北朝鮮人に製品を輸出した後、それが北朝鮮に再輸出されて、しかもそうなることをあらかじめ認識していたことが、犯罪の構成要件となる。証拠を隠蔽する国際密輸ネットワークに対して日本警察がここまで立証するのはかなり厳しい。しかも警察庁は、密輸容疑者に対する県警などの捜索をなかなか承認しなかったため、迅速に証拠を収集できず、容疑者に証拠隠滅の時間的猶予を与えてしまった可能性がある。過去には対北不正輸出で有罪判決を受けた企業や個人もいたが、執行猶予付きの判決で禁輸措置も半年から1年前後。それを過ぎれば普通に貿易を再開できる。


――制裁の根拠になる国内法がザル。


時代遅れだ。北のネットワークがグローバルに展開しているのに、第三国を活動拠点とする北朝鮮関係者との取引をいまだに取り締まれない。北は東南アジアや中国やロシアに拠点を作り、そこで世界中から兵器関連物資を調達し、中東やアフリカに輸出して外貨を稼いでいる。国連はこうした行為の取り締まりも加盟国に義務付けているが、日本にはそんな法律はない。私は国連制裁の国内履行のための法整備について、首相官邸や国会議員にも提言したが反応は乏しかった。本来、立法活動こそ議員の役割ではないのか。


――国際社会は日本に対して法整備を促さなかった?


国際レジームや米政府が勧告しても、日本政府は聞き入れなかった。例えば、日本は金融制裁の面でも対応がかなり遅れている。14年には金融活動作業部会(FATA)が日本政府に対し、マネーロンダリングに関し早期の法整備などの対応強化を求める声明を発表した。先進国で名指しされたのは日本だけで、これは異例の事態。国連制裁で義務とされる対北金融制裁も履行が不十分で、日本は「制裁後進国」だ。


――アメリカやEUはどうやって制裁を行っているのか。


北朝鮮制裁のための法律を整備している。米政府は自国企業が、北朝鮮と関係する外国企業と取引することを禁止している。なかでも制裁違反者に対する金融制裁は強力なツールだ。例えば、日本企業と外国企業が貿易取引額の決済を米ドル建てで行う場合、実際の資金移動は、各々の企業が米国内の決済代行銀行に有する銀行口座間で行われる。米政府はこれら決済代行銀行の口座内の資産を凍結し、国際市場から事実上はじき出すことができる。


ただし米政府が対北朝鮮制裁に真剣になったのはこの1〜2年のことだ。CIAが北朝鮮専任組織「コリア・ミッションセンター」を設立したのも昨年の5月である。米財務省で金融制裁担当の「外国資産管理局」の人員は約180人いるが、多くがロシア、テロ班に割かれていた。未確認だが北朝鮮担当は1桁との情報もあった。対イラン制裁が復活した現在、再びイランへ人員を割かれるだろう。


――北朝鮮の「非核化」が始まれば制裁の話は出しづらくなる。


「非核化」は、(1)大量破壊兵器(WMD)、関連物資、施設などの解体・無害化、(2)将来のWMD計画の再開の阻止、(3)持続的なWMD不拡散のための監視の3つの目標の達成が必要だ。かつて核兵器を保有していた南アフリカがよい例で、南アは核計画を90年代に放棄したが、その後、核計画に関わっていた南ア企業の中には核拡散に加担した企業が数社出てきた。パキスタンで核開発を主導したアブドル・カディル・カーン博士の核密輸ネットワークに加担した企業などだ。結局、IAEA(国際原子力機関)が南アによる核物質の平和利用を最終的に結論づけたのは、査察開始から19年後のこと。北朝鮮に対しても、長期にわたり不拡散のための制裁措置や貿易規制が必要になる。北の不拡散の監視も長期プロセスになるが、現時点で対北制裁強化に賛同する国はいないのが現実だ。


対北制裁を緩和する運びとなっても、どのような制裁や規制を北に対して残すのか、丁寧に検討した上で綿密な計画を立案・実行する必要がある。北が現有する核弾頭をアメリカに引き渡せば制裁を一気に全面解除してもよいかのような議論も聞かれるが、それは大きな間違いだ。


<本誌2018年6月19日号掲載>


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前川祐補(本誌記者)


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  • 何をダラダラと言っている?、「小中国と言う大きな抜け穴がある」で全て言い尽くせるだろう(笑う)
    • イイネ!12
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