「育休はなくす、その代わり……」 子なし社員への「不公平対策」が生んだ、予想外の結果

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2024年07月04日 06:41  ITmedia ビジネスオンライン

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画像提供:ゲッティイメージズ

 過去最低――。いったい何度この4文字を繰り返せば、この国は本気になるのでしょうか。はい、そうです。出生率、そして少子化対策についてです。


【画像】悩む男性、子どもと遊ぶ姿、絶望する女性(全3枚)


 先日、1人の女性が産む子どもの数の指標となる出生率が1.20となり、統計を取り始めて以降最も低くなったと報じられました。数カ月前に、韓国の出生率が「1」を切った! と大騒ぎしてましたが、ついに東京都でも0.99と「1」を下回りました。


 メディアは「もう待ったなしだ!」と危機感を募らせていますが、待ったなしだろうと待ったありだろうと、今の少子化対策で子どもが増えるわけがありません。これまで日本が進めてきた「少子化対策」は、いわば“結婚十訓”の現代変形版のようなもの。


 1994年に最初の総合的な少子化対策である「エンゼルプラン」をまとめ、2002年9月に「少子化対策プラスワン」を打ち出した際に、「男性を含めた働き方の見直し」や「地域における子育て支援」なども含めて、社会全体が一体となって総合的な取り組みを進めていこうと提言したのに、一向に働き方も社会も変わりませんでした。


●「低賃金だから結婚しない」 若者のリアル


 結局「産めや、増やせや、お国のために! ひとつよろしく!」と、若い女性たちに圧をかけ続けているだけ。その影響もあるのでしょう。若い女性たちの半数が「結婚をした方が良いとは思わない」と答えるありさまです。


 日本経済新聞が実施した調査で「結婚はした方が良いと思うか」に、「思う(そう思う・少しそう思う)」と回答した人は51.5%。年齢別に見ると、40代以上では約7割が肯定的なのに対し、20代30代は5割未満です。性別では、女性の方が低く、30代女性では「そう思う」はわずか9%。たったの9%です(2022年11月22日付日本経済新聞朝刊「縮小ニッポン、私たちの本音 男女1000人アンケート 『結婚良い』20・30代、半数切る」より)。


 また、上記の調査で「結婚が減っているのはなぜだと思うか」の問いには、「若年層の収入・賃金が低い」が6割超でトップでした。


 メディアでは「賃金アップ!」「若手ほど手厚く!」などと景気のいい話題ばかり報じられていますが、非正規雇用への対応はスルー。


 さらに「男性の育児休暇取得率をアップしよう!」との声ばかり聞こえてきますが、非正規雇用の場合、女性でも育休取得率はわずか28.8%です。しかも、この数字には「出産で離職した女性」は含まれていません。


 「マッチングアプリ」やら「婚活イベント」やら「恋愛を語る会」やらをするのも結構ですが、「結婚したくてもできない状況」にも手を打つべき。それをせずして「若者たちが結婚したくなる“かもしれない”戦略」を続けるのは「結婚したくてもできない人たち」の排除です。


 「少子化対策」と銘打つのであれば、蜘蛛(くも)の糸を張り巡らせるように「産める社会」を構築する必要があるはずです。政府が増やしたいのは「正社員の子」だけなのでしょうか。


 「賃金が高く、休みも自由に取れ、リモート勤務もできる、恵まれた企業」だけなのでしょうか。


 そもそも結婚観や夫婦のカタチが変わってきているのに、「子を増やす」=「とにかく結婚!」という思考回路のまま動き続けているのです。異次元の少子化対策の正体もぼやけたまま時計の針だけが進み続けています。


 となんだか苦言のオンパレードになってしまいましたが、“子どもをなんとしてでも増やしたい熱”が全く感じられないのです。非正規雇用問題にも手をつけず、選択的夫婦別姓も認めず、婚外子の議論も行われていません。婚外子にはさまざまな意見があるのは重々承知していますが、議論のテーブルにも載せないのはいったいなぜなのでしょう。


 少子化対策という美しい言葉を使った「票集め」だけが行われている。少子化は国の問題なのに、「妻、夫、夫婦」という個人の問題に矮小化されている。そう思えてなりません。


 しかし一方で、「国」という大きな主語を、「街」や「会社」と小さい主語に変えると、かすかな「光」も見えてきました。「街のみんなで育てよう」と子育てしやすい環境をととのえ出生率を向上させた自治体もでてきましたし、育児と仕事の両立を会社経営の問題として取り組んでいる企業もあります。


 その企業の一つが、私が数年前に書いた「少子化対策の極論」に関するコラムを参考に、「全ての社員が休む権利」を作った、社員数800人の中企業F社です。


●「育児休暇はなくしたらいい」 F社を導いた“極論”


 私は長い間、健康社会学者として会社サイドと現場サイド両者の声を聞いてきてきました。その中で痛感したのは、「不公平感による生産性の低下」です。日本の産休制度は海外と比べても「ワーキングマザーに優しい制度」なのに、ワーキングマザーは常に肩身の狭い思いをさせられている。一方で、子どものいない人たちは不満や不公平感を抱き、企業の生産性向上の土台である「社員同士のいいつながり」が失われていました。


 そういった「人」のネガティブな感情や対応をなくし、全ての人が生き生きと働ける環境を作るには、「働く人たちの全員の権利」として職場を一定期間離れる制度設計を作るしかないと考えました。


 そこでたどり着いたのが「育児休暇はなくしたらいい」という少々刺激的な意見でした。


 育児休暇をなくし「働く人たちの全員の権利」として、10年に1度、1年間、誰もが休める制度を国が作る。育児でも、留学でも、ボランティアでも、海外旅行でも、介護でもいいので、通常の有給休暇とは別に、全ての社員が休めるようにする。


 誰もが「1年間、留守にする」ようになれば、国だって、その期間の補てんをどうするかをもっと真剣に考えるはずです。全員が“当事者”。いっそのこと政治家たちだって、“当事者”になって、一年間留守にすればいい――。といった内容をコラムで提案しました。


 そしてコラムの最後に「国が動かなくても“我が社”でできることがもっとあるのではないか? 企業のトップは是非とも知恵を絞ってほしい」とメッセージを書いたところ、F社から「もっと詳しく話を聞きたい」と連絡をもらったのです。


●メンタル不調の社員が増え「このままでは会社はつぶれてしまう」


 F社は、非正規雇用の正社員転換を積極的に進めたり、“隠れ介護問題”などにも早くから取り組んだりと「一人一人の社員に向き合う経営」を心掛けてきた企業です。


 ところが、リーマンショック以降、企業を取り巻く環境が激変し、メンタルの調子をくずす社員が急増。その中には役員も含まれていました。


 「このままでは会社はつぶれてしまう」――。危機感に抱いたトップは「まずは休もう!」を合言葉に、長時間労働の削減や有給休暇の消化率の向上などさまざま休む努力を重ねました。そして「目の前の女性社員を絶対に失いたくない!」という強い思いから「全ての社員が休む権利」を実現したのです。


●全ての社員が、1年6カ月「休む権利」を得た企業――どうなった?


 国が定めた育児休暇や介護休暇は経過措置として使いつつも、全ての社員が勤続年数による制限はあるものの最長で1年6カ月休める権利を持てるようにしました。F社版「サバティカル休暇」です。


 その結果、誰かがいなくても「お互いさま」が当たり前になり、育児と仕事の両立に苦労するワーキングマザーたちへの厳しいまなざしはなくなり、社員みんなで子育てする雰囲気が出てきたそうです。また、若手の離職率も下がったとか。「これは意外でした!」と役員たちはいい笑顔を見せてくれました。


 仕事以外の経験が、仕事の生産性を高め、個人の能力を開発する格好の機会になっている場面に私はこれまで何度も遭遇してきましたが、F社も例外ではありませんでした。育児を経験した人は、女性であれ、男性であれ、その経験をした人でしか得られない視点とスキルを身につけます。それは留学をした場合であれ、読書ざんまいの日々を送った人であれ、遊びまくった人であれ、同じです。


 かつて米国の教育学者、ドナルド・E・スーパーが「キャリアとは人生のある年齢や場面のさまざまな役割の組み合わせ」で、「家庭や社会におけるさまざまな役割の経験を積んでいくことがキャリアである」と定義したように、会社員としての役割とは違う、“役割”を一年間経験することは、必ずや仕事にもプラスの影響をもたらします。


 その経験を生かせるような社会や会社にすること。それこそが真に豊かな社会であり、選ばれる会社なのです。


 だって、私たちは「幸せになるために働いている」。仕事のために人生があるわけじゃない。人生の一部に仕事があるだけなのですから。


筆者紹介:河合薫


 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。


 研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)、『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか - 中年以降のキャリア論 -』(ワニブックスPLUS新書)がある。2024年1月11日、新刊『働かないニッポン』発売。


このニュースに関するつぶやき

  • 確かに誰もが一定期間休めれば楽だよね。この流れはもっと広まったほうがいいと思う
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