限定公開( 1 )
ハンコで国内トップメーカーのシヤチハタが、2025年に創業100周年を迎える。文句なしのご長寿企業だが、近年の同社を取り巻く環境は厳しさを増している。例えば、働き方改革によってこれまでの業務フローを見直す動きが起こり、コロナ禍では「脱ハンコ」の動きも進んだ。
【画像】「釣り具」から「ペット用品」まで? シヤチハタがこれまで開発・販売してきた商品
100周年を前に、同社は昨今のハンコに対する逆風や、今後の成長についてどのような展望を描いているのか、舟橋正剛社長にインタビューした内容を、前後編に分けてお届けする。前編として今回は、シヤチハタが一見「ハンコ」から離れた商品を出し続ける背景を探る。
●「シヤチハタ」、正しくは「Xスタンパー」
シヤチハタのルーツは1925年に創業した舟橋商会にある。空気中の水分を取り込むことで乾きにくいスタンプ台「万年スタンプ台」を開発・発売し、ヒットを収めた。その後、高度経済成長期の真っただ中である1965年には「Xスタンパー」を発売。今では社名の「シヤチハタ」をニックネームとして広く世の中に普及している商品だ。
|
|
従来は押印する際、ゴム印を朱肉のあるスタンプ台に一度押し付ける必要があったが、Xスタンパーではスタンプ台とゴム印を一体化。フタを外して押印するだけという使い勝手がヒットを呼んだ。他にもハンコとペンを一体化した「ネームペン」など、数々のヒット商品を世に出しながら迎える100周年だが、舟橋社長は「文具業界では、そこまで珍しいことではないんです」と謙虚だ。
確かに、文房具業界を見渡せば1897年に創業したゼブラ、1905年のコクヨ、1921年創業のサクラクレパスなど“先輩”は多い。とはいえ100周年といえば、名だたるご長寿企業の仲間入り。もっと喜んでも良さそうなものだが、この謙虚さに舟橋社長の「らしさ」とシヤチハタの強さが潜んでいる。
●入社当時から先行きに危機感 デザインコンペからはさまざまな異色商品が誕生
舟橋社長は1997年にシヤチハタへ入社。当時の社長は、実の父親である舟橋紳吉郎氏である。舟橋社長は当時を次のように振り返る。
「家業を理解していたものの、父から『継げ』といわれたこともなく、入社することはもともと考えていませんでした。大学卒業後に米国へ留学してMBAを取った後、就職したのは電通です。家電メーカークライアントの東南アジア担当に始まり、長野五輪の開会式・閉会式の担当などもしていました」
|
|
そんな舟橋氏が一転、シヤチハタに入社したのは父からの言葉がきっかけだったという。
「昔から何かをしろと言うことがなかった父なのですが、このときは『もし入社するつもりなら、今から起こることをしっかり見た方が良い』と言ってきたのです。当時は、事務機器メーカーのプラス社が、『アスクル』ブランドで流通も担い始めていたタイミングでした。父がそこまで言うならよっぽどだろうと考えて、入社を決意しました」
入社当時から持っていたのが、ハンコ市場の先行きに対する危機感だ。
「当社は大企業ではありませんが、市場環境としては恵まれており、新商品を出せば取りあえず、店頭に並べてもらえるポジションにはいます。また、営業で訪問したり電話したりしたときに社名を出せば、話も聞いてもらえます。だからこそ、そこにあぐらをかかず常に新たな発想を持ち、今までの正しさから脱却する必要があると考えていました」
こうした考えを反映した取り組みが「シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション」。2024年で17回目を迎えた、商品化を念頭に置いたデザインコンペだ。もともとはプロダクトデザイナーが制作したオブジェを表彰する催しだったが、これを「もっと社業に結び付けたい」という舟橋社長の思いから、1999年にリニューアルした“肝いり”の取り組みだ。
|
|
●リップ型ハンコにペットの足型 斬新な商品を続々投入するワケ
コンペからはいくつもの商品が誕生している。例えば、2020年7月に同社オンラインストアでテスト販売を開始した「わたしのいろ」はその一つだ。従来の朱肉といえば基本的に「朱」を中心に単色だが、わたしのいろは複数の色が混ざった朱肉である点が特徴だ。
朱肉を付ける場所によって印影の色味が変わり、これまでのイメージを大きく覆すことから話題を呼んだ。これまでいくつものバリエーションを発売しており、新作が出るたびに購入しているヘビーなファンもいるとか。その中には弁護士もおり「裁判所の公式文書に使っていただいているそうです。朱肉といえど、朱色じゃなくても良い、ハンコへの固定観念を破壊するきっかけになった商品です」と舟橋社長はうれしそうに話す。
コンペ発の商品以外でも、直近はB2C商品への注力が目立つ。例えば、釣り具のルアーを着色するペンや、ペット用品なども扱っている。
その背景にはリーマンショック期に得た気付きがある。社長就任後に起こったリーマンショックで、B2C事業が強い企業はそこまで大きな影響を受けていなかった。そこで舟橋社長は、B2Bメインで色も地味なものが多かった自社商品のラインアップ拡充が必要だと考えていたという。
さらに近年はクラウドファンディングの活用で、テストマーケティング的に商品を打ち出しやすくなったことも好影響をもたらしているという。
クラウドファンディングの活用を始めたのは、2022年11月から。「Makuake」で本物のリップのようなネーム印「LIPIN」の先行予約販売を開始し、掲載からわずか2時間で目標金額を達成、最終的に目標比2351%の1200万円弱を集めた。その後も、ペットの足型作成キット「ぺたっち」や、デザインコンペでグランプリを受賞した「スーパー楕円ハンコ」など、従来のハンコに対するイメージから一線を画す商品を続々と投入し、いずれも目標を大きく上回る金額を集めている。
実はシヤチハタが注力しているのは、こうしたB2C商品だけではない。後編の記事では、舟橋社長が次世代の柱として期待を寄せている領域や、自ら「脱ハンコ」を進めるようなクラウドサービスを提供する狙いについて、解説していく。
●著者プロフィール:鬼頭勇大
フリーライター・編集者。熱狂的カープファン。ビジネス系書籍編集、健保組合事務職、ビジネス系ウェブメディア副編集長を経て独立。飲食系から働き方、エンタープライズITまでビジネス全般にわたる幅広い領域の取材経験がある。
Xアカウント→@kitoyudacp
note→https://note.com/kitoyudacp
|
|
|
|
Copyright(C) 2024 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。