「セクハラ被害で起業を諦める」論争、問題点はどこか? 深刻な二次被害も

28

2024年10月15日 07:31  ITmedia ビジネスオンライン

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia ビジネスオンライン

NHKが報道した、女性起業家のセクハラ被害について、SNSで賛否が巻き起こった

 本年8月末にNHKが、女性起業家が遭遇したセクハラ被害について報道した。


【画像】実際に受けたセクハラの内容


 それに対して、とある経営者がSNS上で「セクハラなんて可愛く思える位、エグい経験するのが会社経営。それで諦めるなら、起業家には向いてない」との主旨のコメントを投稿し、賛否両論を巻き起こした。


 筆者は、企業や官公庁、自治体、業界団体などに対してハラスメントの予防対策を伝え、被害解決の支援を行う専門家だ。以前と比べてハラスメント関連の啓発は進みつつある一方で、ハラスメント被害の実態、特にセクハラについては、まだまだ理解が及んでいないこと、誤解されていることも多い。


 議論が生まれたこの機に、本件の背景事情と一連の議論における問題点、セクハラが引き起こす二次被害など、リアルな実態を紹介・解説する。


●「セクハラ被害で起業を断念」 賛否を分けたのは


 議論の元となった報道は、NHKの「女性起業家の半数がセクハラ被害” スタートアップ業界で何が」と題された記事だ。


 「過去1年間に女性起業家の半数がセクハラ被害に遭っている」との内容で、実際にセクハラ被害を経験した女性による実名での告発のほか「投資の見返りに性的関係を求められた」「女性に管理職は無理と言われた」「セクハラについて周囲に相談したら『相手は権力者だから黙っておいたほうがいい』と忠告された」といった生々しい被害報告がなされていた。


 報道によると、加害者の属性は投資家や取引先など、起業家に対して強い立場にある人物が多くを占めているという。その背景事情として、ベンチャーキャピタルの投資意識決定層やスタートアップ業界における男女割合の極端な偏り、「セクハラは当たり前」的な環境が指摘されていた。社会の半分を占める女性が働きにくい環境では、スタートアップ業界の成長も見込めない。多様な人材が活躍できることの必要性が説かれるものであった。


 その後当該報道に対して、とある企業経営者がSNS上で投稿したコメントが話題となった。


厳しい言い方になるけど、これで諦めるなら、起業家には向いてないんじゃないかと。


セクハラなんて可愛く思える位、エグい経験するのが会社経営です。


守られてる立場で働いた方がその人の為。


自分の身は自分で守る、会社も自分で守らないといけないんだから、その器じゃないと言う事。


 この意見に対して「確かに、経営者なら相応の覚悟が必要だ」「いや、セクハラに無自覚すぎるのでは?」と、賛否入り乱れる議論となったのだ。


 当該投稿に賛同的な意見の主旨としては、次のようなものが見られた。


・起業して人を雇い、会社を経営する中では、同業者からの妨害や、取引先からの理不尽な仕打ち、部下の裏切りなど、厳しい状況が多々訪れる。経営者であるならば、どんなに厳しい状況でも乗り越える覚悟を持たねばならない。厳しい状況の辛さはセクハラ同等であり、その同等の辛さに耐えられないというならば、起業や経営には不向きなメンタルといえる。


・別にセクハラに耐えろと言っているわけではない。しかし経営者であれば、セクハラを突っぱねたり、上手く受け流したり、逆に利用するくらいの気概が必要ではないか。


 筆者が閲覧した限りでは、賛同的な意見を表出していたのは、元投稿と同様の立場である企業経営者、それも男性が多数派のようであった。筆者も曲りなりにも経営者の端くれとして、同様のハードシングスはいずれも経験済であるので、「経営者は理不尽に耐える気概が必要」との部分は、気持ちとしては理解できる。


 一方で、否定的な意見の主旨としては次のようなものがみられた。


・経営における苦労と、セクハラを同列に語るべきではない。前者は自分で選んだ道である以上自己責任の面もあるが、後者は一方的な人権侵害であり、「もらい事故」のようなもの。かつ前者は男女ともに発生し得るが、後者の被害は女性に偏っており、「女性である」というだけで理不尽なハードルが追加されていることを無視した発言だ。


・「『セクハラに耐えろ』と言った/言ってない」「セクハラは突っぱねろ」「受け流せ」「利用しろ」などは論点ではなく、そもそも「セクハラ加害者」が存在しなければこんな問題にならない。「セクハラはダメ」を共通認識とし、発生をゼロにすべきだ。


 筆者が社会人になったばかりの今から四半世紀以上前は、まだ「セクハラされるのも仕事のうち」といった言説がまかり通っていた時代であった。それを考えると、男性側から上記のような意見が出されるようになった現代は幾分進歩したようにも思える。今般の議論を一時的なもので終わらせるのではなく、業界全体が変革するきっかけにしていく必要がある。


●一連の議論における問題点とは?


 本件報道におけるそもそもの元凶は「スタートアップ経営者にセクハラした投資家」にあるはずだ。被害を訴えた女性経営者はそれで心が折れたという紛れもない事実があり、勇気を振り絞って実名・顔出しで告発した。


 にもかかわらず、今般の議論においてセクハラ加害者には何ら言及されないばかりか、なぜ告発者側が「経営者の気概が足りない!」などと批判されなければならないのだろうか。このような事態がまかり通っているがゆえに、元報道にあったような「黙っておいたほうがいい」といった風潮になるのではないか。


 先般も、ベンチャー企業取締役による「ベンチャーにいるなら盆やGWに休むな」「定時に帰るな」といった言説が炎上したばかりだが、経営者としての覚悟を誇示したいのなら自分だけでやればよかろう。セクハラ被害者を引き合いに出したり、経営者とは立場が違う一般社員を同列に語ったりする必要など皆無なはずである。


 この種の「自分は乗り越えられたのだから、これに耐えられないなら一人前ではない」といった考えが、わが国に長らくブラック企業を蔓延(はびこ)らせてきたと言ってもよい。この種の論説は、もう終わらせなければならない。


 さらに、冒頭の経営者のSNS投稿を擁護する意見の中には「自分の会社が危機に瀕して投資が必要なら、セクハラぐらい受け入れる」「セクハラされる程度で投資してもらえるなら楽なもの」といった主旨のものも散見されたのだが、実にくだらない考えといえよう。


 そういった意見を持つ人たちはおおむね男性であるがゆえに、言葉の端々に「セクハラぐらい」といった考えが透けて見えるのだが、一寸立ち止まって考えてみるべきだ。自分より遥かに大きな、筋骨隆々の男性が性欲を見せながら迫ってきて、身の危険を感じても、「セクハラくらいかわいいもの」と受け流せるというのだろうか。そんなハードシングスなど不要だし、本来あってはならないものだ。


 そもそもセクハラ加害者がいなくなりさえすれば、本来何の問題もないのである。それを経営者の資質であるとか、ハードシングスなどと混合している時点で、セクハラを容認しているのと同様といえよう。


●大前提として、セクハラの何がダメなのか?


 職場におけるセクハラとは、次のように定義される。


職場においておこなわれる、労働者の意に反する性的な言動により、労働者が労働条件について不利益を受けたり、就業環境が害されること。


 では「労働者の意に反する性的な言動」とは具体的に何を指すのか。実際は多岐にわたるが、令和5年度厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査」によると、職場でセクハラを受けたと回答した人のセクハラ内容としては「性的な冗談やからかい」「不必要な身体への接触」「食事やデートへの執拗な誘い」が回答上位を占めた。


 パワハラについては、単に受け手が「パワハラだ」と感じるだけではなく、その背景事情や頻度なども含めて総合的に判断されるが、セクハラに関しては基本的に「受け手が不快に感じるか否か」によって判断される。より広範な事象までセクハラとなり得る点に留意が必要だ。例えば、次のような行為もセクハラと認定された前例がある。


・自分自身の性的な経験や性生活、他人の身体的特徴やスリーサイズなどを話題にする


・体調が悪そうな女性に対して「今日は生理か」「もう更年期か」などと言う


・相手の身体をしつこく眺め回す


・女性との理由だけで、職場でお茶汲み、掃除、私用などを強要する


・宴席で異性上司の隣に座ることや、お酌、カラオケでのデュエット、チークダンスなどを強要する


・「男のくせに根性がない」「女に大事な仕事は任せられない」など、性別による差別意識に基づいた発言をする


・「男の子・女の子」、「坊や・お嬢さん」、「おじさん・おばさん」など、相手の人格を認めない呼び方をする


 セクハラを受けることによる悪影響は、単に被害者が不快になるだけではない。実際に被害に遭った人への調査結果として、「怒りや不満、不安などを感じた」「仕事に対する意欲が減退した」「職場でのコミュニケーションが減った」など、心身への悪影響のみならず、仕事へも悪影響が波及することが明らかになっている。


 このような事態が発生・蔓延しないように、セクハラの防止対策は男女雇用機会均等法によって事業主の義務として定められており、組織として実施すべき防止措置についても、厚生労働省からも細かい指針が示されている。主には次のようなものだ。


・事業主の方針を明確化し、全労働者に対して周知・啓発すること


・相談、苦情があった場合、事実関係を迅速かつ正確に確認し、当事者に対して適切に対処する体制を構築するとともに、再発防止の措置を講ずること


・相談者や行為者に対する不利益な取扱いの禁止


 そして、会社がセクハラ防止措置を怠った際には、企業名が公表される場合もある。「セクハラくらいで……」という軽視した考えは、組織崩壊のリスクをはらむのだ。


●セクハラが表沙汰になった際のリスク


 被害者が声を上げ、自社内でセクハラが発生していたことが判明し、それが公になったらどうなるのか。組織はどのようなリスクに晒(さら)されているのだろうか。


 まず会社(使用者)は、法的責任と行政責任を負うことになる。


・債務不履行責任(民法415条):会社は従業員に対して、働きやすい職場環境を整備する義務(職場環境配慮義務)があるため、セクハラが発生すると、会社はこの義務に違反したとされ、被害者は会社に対して債務不履行責任として損害賠償請求が可能となる。


・使用者責任(民法715条):会社は、従業員が第三者に損害を与えた場合、使用者責任として損害賠償の責任を負うこととなっている。


・行政責任(男女雇用機会均等法):男女雇用機会均等法に則り、会社が労働局から助言、指導、勧告といった行政指導を受ける可能性がある。


 さらにセクハラ加害者は、刑事責任と懲戒リスクを負うことにもなる。


・刑事責任:セクハラの態様が悪質な場合、加害内容に応じて「強要罪」(刑法223条)、「名誉毀損罪」(刑法230条)、「侮辱罪」(刑法231条)、そして「強制わいせつ罪」(刑法176条)や「強制性交等罪」(刑法177条)などが成立し、刑事罰を受ける可能性がある。


・懲戒リスク:ハラスメント加害者として、就業規則に則って戒告、譴責、訓告、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇などの懲戒処分を受ける可能性がある。少なくとも、組織内で居場所を失うことになりかねない。


 法的なリスク以外にも、企業活動にネガティブインパクトを与えるリスクは多々ある。


・職場環境悪化リスク:従業員がセクハラ行為を直接受けることによる被害が甚大なのはもちろんだが、周囲のメンバーがセクハラ行為を目の当たりにしたり、組織上層部が事態を解決しようとしなかったりすれば、メンバーは組織のコンプライアンス意識の低さや自浄作用のなさに愛想を尽かし、モチベーションは当然低下する。必然的に作業ミスが増え、生産性も低下、鬱病罹患者や休職者、退職者も増加し、業績にも大きなネガティブインパクトを与えることになるだろう。


・レピュテーション(評判)リスク:セクハラが行政指導や社名公開、訴訟、マスコミ報道などへと発展した場合は、SNSや会社口コミサイトなどを通して「あの会社、セクハラが横行するブラック企業らしい」とのネガティブな情報が急速に拡散する。結果として「炎上」や「風評被害」などのレピュテーションリスクに直結し、求人募集や取引先拡大に悪影響を及ぼす。最悪の場合、現行の取引先からも「コンプライアンス体制が整備されていない未熟な会社」と評価され、取引が打ち切られることにもなり得る。


 ネットが発達した昨今においては、とくにレピュテーションリスクによる企業の社会的イメージ悪化は取り返しのつかない事態となるだろう。特に普段、対外的に「ダイバーシティ」「健康経営」「SDGs」などと、聞こえの良いトレンドワードを掲げている会社こそ受ける反動は大きい。そもそもセクハラを発生させないよう、日々の地道な取組が求められるのだ。


●セクハラに特徴的な「二次被害」の存在


 本来セクハラは「他者を不快にさせる性的な言動」という加害行為に焦点を置いて定義されるものだ。しかし世間一般では「本人が不快に感じなければ/本人が被害を申し出なければ許される」といった解釈にすり替わって浸透している傾向もみられる。


 それにより、実際に会食の場で腰に手を回されて不快だと感じたとしても、「〇〇さん別に嫌ではないよね?」と軽い同意を求めることがセクハラを正当化することにつながっているとの被害者証言も存在する。


 セクハラにおいては「それくらい我慢したらいい」といった被害者側に忍耐を要求するような議論ではなく、「そもそも絶対的に許されない」という、加害者側の責任を問う議論を展開するべきであろう。


 さらに、男性側が無頓着になりやすい論点として「ポスト・セクハラ問題」もしくは「セカハラ問題」という二次被害の存在がある。具体的には、セクハラ被害を訴えたり、社内で相談したりした被害者に対して、さらに次のような二次被害が実際に存在し、被害者の精神的ダメージがさらに増幅する事態が発生しているのだ。


・「露出度の高い格好をしているほうが悪い」「自分から誘ったのではないか」「セクハラされるほうにも問題がある」「その場できちんと断れば何もなかったはず」など、被害者なのに責められる


・「あの人がそんなことをするはずがない」「証拠がない」など、被害があったこと自体を信じてもらえない


・「上司に内密に相談したのに、後日社内全員がセクハラ被害のことを知っていた」「セクハラ被害が知れ渡り、社内で好奇の目で見られるようになった」といったプライバシー侵害


・「被害者なのに自分だけ異動させられた」「加害者である上司にセクハラ通報が知られ、評価を下げられた」といった報復人事


・「あまり大きな声でセクハラ被害を訴えないほうがいい」「セクハラで辞めたなんて言わない方がいい」といった口封じ的アドバイス


 これらはいずれも、被害者が意を決して、また相手を信頼してセクハラ被害を相談したにもかかわらず、当の相談相手がセクハラを軽視し、もしくは「臭いものに蓋をする」かのような対応を取ったことによる「セカンドハラスメント」であり、プライバシー侵害や個人情報漏洩、報復人事に至ってはさらなる不法行為にも該当する重大な権利侵害である。


 これらの問題を見て見ぬふりをし、抑圧していることこそ問題の根源といえる。セクハラ被害者が、もう二度とセクハラを受けるような環境に身を置きたくないという意思を持って堂々と伝えられるような価値観への転換がなされるべきであろう。


著者プロフィール・新田龍(にったりょう)


働き方改革総合研究所株式会社 代表取締役


早稲田大学卒業後、複数の上場企業で事業企画、営業管理職、コンサルタント、人事採用担当職などを歴任。2007年、働き方改革総合研究所株式会社設立。「労働環境改善による業績および従業員エンゲージメント向上支援」「ビジネスと労務関連のトラブル解決支援」「炎上予防とレピュテーション改善支援」を手掛ける。各種メディアで労働問題、ハラスメント、炎上トラブルについてコメント。厚生労働省ハラスメント対策企画委員。


著書に『ワタミの失敗〜「善意の会社」がブラック企業と呼ばれた構造』(KADOKAWA)、『問題社員の正しい辞めさせ方』(リチェンジ)他多数。最新刊『炎上回避マニュアル』(徳間書店)、最新監修書『令和版 新社会人が本当に知りたいビジネスマナー大全』(KADOKAWA)発売中。


11月22日に新刊『「部下の気持ちがわからない」と思ったら読む本』(ハーパーコリンズ・ジャパン)発売。



このニュースに関するつぶやき

  • セクハラに限らず犯罪もしくは犯罪まがいのことをされる若しくは違法なことを強要されるってのは論外では。人として気に入られるかどうかで仕事にありつけるかが決まるのはグレーではあるが不公正は排除しないと。
    • イイネ!1
    • コメント 0件

つぶやき一覧へ(22件)

前日のランキングへ

ニュース設定