集英社、講談社、小学館など、マンガ出版社の多くが非上場なワケ

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2024年10月20日 09:21  ITmedia ビジネスオンライン

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なぜ、マンガ出版社の多くが非上場なのか

 マンガ編集部を運営するうえで必要な考え方として、「我慢」や「目利き」という観点があります。


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 最近の大ヒット作品の中では、とある青年誌に連載中の『K(仮称)』という作品があります。この作品は、9巻〜10巻くらいまでは連載作品としてはそれほど目立って売れた作品ではありませんでした。


 しかし、この10巻前後で、作品の中に大きな変化があり、以降、誰もが知る大ヒット作品と呼ばれるようになりました。その後は、押しも押されもしない大作として、今や100巻までもう一声というところまで来て、単行本販売も映像化も絶好調を維持しています。もし、早々に連載を切り上げ、5巻あたりで打ち切りすれば、この大ヒットまで育ってはいなかったわけです。


 この大ヒットを支えたのは、ヒットするまで待った「時間」であり、売れると信じた作品を売り切るためのプロモーションの努力を重ねる「我慢」であると思います。


 編集部は「新連載を始める」という判断の裏で「今連載している作品を打ち切る」という苦渋かつ、大変難しい判断をする必要があります。これが、新連載を始めることと同じか、それ以上に重要です。


 この判断の中には、単純にどんな作品でも長く続ければよいということではなく、作品の序盤を見た時に、この作品は伸び、この作家は育つという「目利き」があり、その「目利き」が連載を継続する「我慢」という判断につながります。


 このあたりは、発行部数が多い編集部ほど、数字の信ぴょう性が増す分「アンケート」や「販売実績」に最終的な重きを置き、そうした数字が顕在化するまで時間がかかりやすいマイナーレーベルほど「目利き」の様子が強くなっていく傾向もあるようです。


 紙の雑誌であれば、その誌面は限られます。Webなどで掲載するにしても、編集者の人数や労力は有限です。このリソースを連載継続に振るという判断は、編集者、編集長、場合によってはその上位組織が醸成する企業文化の中で培われます。


●マンガづくりに非上場企業が強い理由


 こうしたマンガ制作における時間との向き合い方を知る組織のあり方として、いくつかの要素があります。


 まず、集英社、講談社、小学館、白泉社、秋田書店など、老舗のマンガ出版社の多くは上場していません。これは、編集部組織の形成にあたっては非常に大きい要素と、私は考えるにいたりました。


 この点については、各社の財務体質、オーナー企業やそのグループ企業であることなど、たくさんの要素があります。


 ただ、その中でも、マンガ出版事業を知らない株主からものを言われない組織であることが大きいと思われるのです。再現性のない、およそ現在の経営的観点からは遠い深淵なる「漫画家と編集者の関係性」との向き合い方や、長い時間をかけて、ゴリゴリの経済合理性とは離れた、じっくりとした組織マネジメントを行っていけるのは、非上場企業であるからできる、世間と経営の隔絶が大きな防壁となっているのです。


 そうした環境下で大事な要素は、編集部組織の要職を占める人材が、部課長級から事業部責任者の取締役まで、漫画のつくり方に精通し、漫画家との向き合い方という意味で、百戦錬磨で十分に経験を積んでいる組織から、大ヒット作が産まれていることです。


 そうした人事が編集部組織を支えており、長期的判断を是とする非上場企業の強い点です。もちろん、それ以外のかたちで組織ができることは考えられますし、そうした挑戦は尊いと思いますが、少なくとも現在までの大ヒット作品の苗床はそうなっています。


 ここまで長々と述べてきましたが、なにせマンガづくりというものは、工業製品のように製作工程に再現性のある、大量生産が効くものではありません。一つひとつの作品づくりに、漫画家のえずくような苦労の連続があり、それを最大限支えようとする編集部のあり方があります。


●重要なのは人


 まず死力を振り絞るのは漫画家です。そこに報いなかったり、あっさり裏切ったりすることを繰り返す組織は、作家の信頼を失い、作家だまりを構成することができませんし、そこに働く編集者の中でも、特に能力の高い人が力を発揮できず、場合によっては転職や不本意な異動などで結果を出せないことになります。


 そのうえで、会社組織側の話に限ると、そうした出版社・編集部側の、およそ一般的なビジネス組織ではなかなか考えにくい、非連続で非論理的な、一人ひとりの作家ごとに変わる対応があって、大ヒット作家が育ちます。そして、そうした対応をし続けることを維持できた会社だけが、継続的に大ヒット作品をつくっています。


 もともと、上場を狙うITベンチャーや、グローバル大手企業にいた私にとって、この摂理の発見はものすごく新鮮でした。なにせ、普通のビジネス書や、一般に言われるビジネスの方法論が、マンガの制作の現場には全く通用しないのです。


 むしろ、そうした絶妙なバランスを保つ現場を維持することが、大ヒット作品をつくるための基礎となっています。そうした仕組みを再現性のある形で言語化しようにも、究極的には「重要なのは人です」くらいのことしか言えないのです。一般的なビジネスの観点で言えば、恐ろしいことです。だから面白いのです。


●上場企業の戦い方


 非上場企業が大ヒット作品をつくると書きましたが、では上場企業や新興IT企業がヒット作品をつくれないかというと、全くそうしたことはありません。今そうした強いかたちがひとつあるというのみです。


 そして、おそらくイメージされた方が多いと思うのですが、上場している大手出版社と言えば、KADOKAWAがあります。


 KADOKAWAは、2024年3月期〜2028年3月期で中期計画書を出しています。その中で「IP創出目標」を24/3期で約6000点であるところを、28/3期で7000点超目指していくということを書いています。


 マンガはもちろん、ラノベなどの書籍、アニメ、ゲームなどさまざまなIPをつくり、売っていく複数の事業をもつKADOKAWAは「IP価値の最大化」ということを常々うたっています。これは同社の特質から分かりやすい考え方で、他の出版社にはとれない大きな戦略です。


 同時に「出版事業によるIP創出」と題したチャートの中で、IP創出目標数を6000から7000へと置いています。これはラノベ・マンガ・絵本など、アニメやゲームに展開できる原資となるIPを、できる限り多くつくることで、KADOKAWA単体でも実現できるメディアミックスによるIP価値の最大化につなげるということだと思います。聞けば、これは創業一族のひとりでもある、角川歴彦前会長が号令した考え方のひとつだとかで、現・夏野剛社長の体制でも徹底されているようです。


 言い換えると、本連載の冒頭で紹介した「裾野広ければ頂高し」を、1グループで実現するという、上場企業ならではのスケールの大きな戦略です。これは、国内最大級のメディアミックス企業、KADOKAWAにしか取れない戦略で、上場企業として規模の拡大を狙いやすい企業体として正しい選択だと思えます。KADOKAWAの近年の決算は、ゲームなども含めて好調を維持していますが、そこにつながっていると言えるのではないでしょうか。


 小学館、集英社、講談社といった非上場の大手3社とKADOKAWAで取っている戦略には大きな違いがあるのですが、これは優劣ではありません。マンガ業界、エンタメ業界がある程度の規模感になってきた現在、それぞれが違う戦略を取ることによって全体として強靭な裾野をつくっています。例えば、そこで働く人や、それぞれの出版社と付き合う漫画家など、自分に合ったところとともに戦えるように選ぶことができる、選択肢に多様性が生まれていると言えます。


(菊池健、一般社団法人MANGA総合研究所所長/マスケット合同会社代表)



このニュースに関するつぶやき

  • 一方、上場してる会社の多いゲーム業界はスイートベイビーされまくっとるしなあ
    • イイネ!5
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