限定公開( 16 )
夏に開催された「東京おもちゃショー2024」のタカラトミーアーツブースで「ガチャマシンの歴史」という展示を見た時、ふと気付いた。個々のカプセルトイについては、その進化について取材したこともあるし、実際に自分でも様々なガチャを回して、出てくるカプセルに一喜一憂していたけれど、そのマシンに目を向けたことはなかったことに。
展示を見ると、例えば「上下2面を一体化した新型ガチャマシン」とか、「金庫を1カ所に集約したマシン」「電子カウンターが搭載された高機能マシン」といったキャプションがそれぞれのマシンの横に書かれていたりする。それはユーザーには見えない部分だったり、いつの間にか見慣れて当たり前になっていることがマシン側から見ると大改革だったりと、ただガチャで遊んでいるだけでは、うっかり見過ごしてしまうような部分で、着実に進化していることを表すものだ。
考えてみると、ガチャのマシンとの付き合いは長いのだけど、その構造について考えたことはあまりなかった。大昔、私の子ども時代のガチャは、10円玉を1枚または2枚ハンドルの上にある隙間のようなところに入れると、ハンドルが回せるようになって、ハンドルを360度回すと、小さなカプセルやスーパーボールなんかが出てくるタイプだった。
このタイプは、今でもイベントなどで使われていて、私の身近なところでは、吉祥寺の画廊「リベストギャラリー創」で行われている、猫をモチーフにした表現を集めた展示会「ネコトモ展」での缶バッジ用販売機として、毎年1度は回している。
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このお金が見えている状態でハンドルを回すタイプは、仕組みの想像がつく。お金を入れる隙間の大きさや厚みを調整することで、必要な金額を調整できるというのも分かる。
●ガチャマシンはアメリカ生まれ
「元々は、1930年代にアメリカで生まれたらしいんです」と、カプセルトイの歴史を話してくれたのは、タカラトミーアーツが、まだユージンだった時代からガチャマシンの開発に携わっていた、現在は生産戦略室の福本始用さんだ。
「アメリカでは、かなり早い時期からカプセルに入ったオモチャが出てくるマシンが流通していたようです。実は、そのカプセルの中に入れるオモチャをアメリカからの発注で作っていたのは、葛飾区近辺(の工場)。『何に使うんだろう、こんな小さなオモチャ』って言いながら作ってたみたいです」と福本さん。
「そのカプセルの中のオモチャを輸出していたのがペニイ商会なんです」と福本さん。ペニイ(当時はペニイ商会)は現在、タカラトミーアーツのグループ会社になっている。そして1965年にアメリカで流通していたマシンを輸入して販売を始めた。つまり、来年はガチャの日本上陸60周年。奇しくも福本さんが生まれたのも1965年だそうだ。
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この辺りの事情は、セガにおけるジュークボックスとか、コルグにおけるリズムボックスを想起させる。日本の工場の技術力が、海外の製品と出会って、何かが始まる時代だったのだろうと思う。
そして1986年に、初の日本製のガチャマシン「ビッグマシン」を当時のトミーが発表する。お金を入れるとルーレットが回り、当たりが出るとカプセルが2個出てくるというギミックが搭載されたマシンだった。ガチャ自体がくじ引きっぽい遊びなのに、そこにさらにルーレットを被せてくるあたりに、新しいビジネスの始まりが感じられる。
そして1988年、タカラトミーアーツの前身となるユージンが設立される。「トミー時代に『ビッグマシン』を作って、それを担当していたメンバーが独立してユージンを設立しました。で、ガチャのエポックといわれる『スリムボーイ』を作るという流れになります」と福本さん。
スリムボーイは、トミー→ユージンの歴史の中では3代目のガチャマシンとなる。登場したのは1995年。
「スリムボーイから、ガチャは一気に変わりました。それまで、ガチャマシンは1台で完結していたので、複数台設置したい場合は横に並べて置くしかありませんでした。台の上にマシンが乗っているスタイルですね。で、縦に置きたい場合は金属のフレームを使ってマシンを縦に並べるんですけど、それでは安定が悪いんです。スリムボーイは、プラスチック製で始めから縦に2段連結しています。また、スーパーなどに複数台並べて置かれるようになったので、什器の幅に合わせて並べられるように、スリムな形状にしました」
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さらにこの頃から、100円、200円だったカプセルトイの金額が上がっていく。しかし、実はこのお金を入れてダイヤルを回すという部分の構造は、10円を隙間に入れてダイヤルを回していた初期のマシンと今も基本的には変っていないのだという。
「お金を入れる場所は変わりましたけど、中でやっていることは同じなんです。コインの大きさと厚みで金額を判別して、必要な枚数が入れられるとロックが外れてダイヤルが回る仕組みは、ずっと変わりません。タカラトミーアーツ製のマシンは、コインの枚数を厚みで見てますけど、その長さで金額をカウントするマシンを採用しているメーカーさんもあります。そんな風に構造に違いはありますが、やっていることは同じですね」と福本さん。
この仕組みのおかげで、ガチャマシンは電源がいらない。だから設置場所を選ばず、駄菓子屋の店先にも置けるし、駅のコンコースなどに大量に並べられるわけだ。また金額のカウントも厚みや長さを判別する部分を変えるだけなので、同じ機械で300円のものも400円のものも、その中身に応じて売ることができる。これらをデジタルどころか電動でさえなく、機械の機構だけで実現しているのがガチャマシンなのだ。
実は、カプセルトイのマシンを作っているのは、大きくはタカラトミーアーツと、もう1つの2社しかない。そして、それぞれに機械のメカニズムは独自に考案しているそうだ。だから、それぞれに特許を取って独自性を守っている。気軽に回しているガチャマシンは、実は沢山の特許技術が詰まっているのだ。
「スリムボーイの次に出たのが『ガチャ1』です。これが2000年で、ちょうど私が入社した年です。だから、実は私は入社してすぐに、このマシンの改良を担当したんです。その当時、同僚の先輩が開発したのが2005年の『ガチャ2』ですね」と福本さん。
●偽コイン対策が必要に
ガチャ1は、その頃、偽コインが出回り初めて、その被害が無視できない規模になってきたため、その対策機構を盛り込んだマシンとして開発したのだそうだ。コインが通る場所は、それまでサイズを見て、それより小さいものは下に落ち、大きいものは通り道に入らずにやっぱり下に落ちる仕組みだったが、そこに金属の質が分かる精度の高い機械を入れた。これもセンサーなどは使わず、機械式のものを採用したという。
ガチャ1は、そのセレクターを搭載するためのマシンだったこともあって、マシンとしては、「スリムボーイ」から、ほとんど変わっていなかった。
「急いで出したので、半完成品みたいなマシンだったんです。それで、スリムボーイ以来、オペレーターさんやユーザーさんからのフィードバックがたまっていて、自分たちでも改善したいと思っていた部分を採用して開発したものがガチャ2です」と福本さん。
スリムボーイでは、100円から400円まで対応する機構を内蔵していたけれど、ガチャ1からは500円まで対応できるようにした。ただ、その機構がトラブルが多く、そのトラブルに対応できる人材として、アミューズメント・マシンの業界でゲーム機を作っていた藤本さんが入社したそうだ。
「それで、入社前から気になっていて、転職の時から提案していた『空打ち問題』にも取り組みました。実は、ガチャ1までのマシンでは、中のカプセルがなくなってしまっても、お金を入れたらダイヤルが回せてしまうんです」と福本さん。
その対策のために、内部に重さを検知するセンサーを入れて、乾電池で駆動させるメカニズムを開発。今から考えると、空打ち対策が長い間放置されていたことの方が驚いてしまうが、これは、ガチャの黎明(れいめい)期には、店舗一軒当たりのガチャの設置台数もさほど多くなく、大抵は、店の人が見える範囲で運用されていたことの名残りだったのだろう。
それがスリムボーイ以降はスーパーなどにも大量にマシンが並ぶようになり、偽コイン問題などもあり、空打ちも問題として認識されるようになったわけだ。個人商店の軒先のオマケのような存在だったガチャは、2000年頃から本格的なビジネスになっていく。機械も、それに対応して進化していったのだが、面白いのは、それでも電子化には向かわず、機械式にこだわって現在に至っていること。
ガチャ2で、どうせ電池を入れるならと、何個売れたかが分かるカウンターも付けたそうだが、これは、あまり作業の効率化などにつながらず、カウンターのデータ自体の生かし方も確立しなかったこともあり、現在ではカウンターそのものを付けていないという。
「オペレーターさんから、何個売れたかがすぐに分かるようにしてほしいという要望があったんです。でも、設置台数があまりにも多くなって、いちいち確認できなくなってしまったんです。だったら出荷の個数とか、100円玉の枚数を数えた方が結局早いということになって、カウンターはやめました」と福本さん。
ガチャ2に代わって、2007年に登場したのが、現行のマシンでもある「ガチャ2 Ez」。このマシンでは、空打ち防止の機構も機械式にすることに成功し、再び電池なしの完全無電源のマシンに戻った。
「ガチャ2と、基本は一緒なんですけど、もっとシンプルなものを作ってくれという現場からの要望もあって作ったのがガチャ2 Ezですね。コストダウンも行い、若干高さが低くなったり、幅が狭くなったりしています。あと、どうしても電池はなくしたくて、空打ち防止も機械化しました。一定の重さのものが乗っていないとロックがかかるという機構を機械でやるようにしたんです。別のメーカーさんでは、重さではなく、そのエリアにモノがあるかないかをチェックする機構を、やっぱり機械でやってます」と福本さん。
●機械式にこだわる意外な理由
ガチャのマシンを作っている会社が、機械で物理的に解決する方法にこだわっているのが、ガチャの最も面白いところだと思う。電子的なセンサーを使えば簡単に実現する機能も、どうにか物理的な仕掛けで解決しようとする、その姿勢が初期から一貫しているのだ。
「電源いらずがガチャの特長だということもありますが、実は機械式の方が特許が取りやすいという事情もあるんです。電子的なものや回路的なものは誰でも考えつくという理由で特許が下りないんです。例えばセンサーを使うと、センサー自体は特許が取れても、その活用法では特許は取りづらい」と福本さん。そうやって、ガチャマシンは特許技術の集大成のような形で進化してきたわけだ。
アメリカからやってきたガチャだが、欧米にもガチャマシン自体を輸出している。ただ、アメリカだとドルが紙幣なので、中々難しいのだという。25セント硬貨4枚で1ドルだが、今どき、1ドルのカプセルトイはほぼない。
日本でもメインの価格帯は300〜400円となっている。3ドルとしても、コイン12枚が必要で、それはあまり現実的ではない。逆にアジアはコインが多いので、台湾などには大量にガチャマシンが並ぶ店舗も多いらしい。コインのサイズや材質を現地のものに合わせれば、輸出用が簡単に作れるのも、無電源、フル物理のマシンの強みだろう。
それにしても「ガチャ2 Ez」は、発売から17年経っているのだけど、古さは全く感じられない。もっとも、途中で社名が変わったりもして、ロゴなどのシールは変わっているのだけど、デザインはそのままだ。しかも、ガチャのカプセルトイになったり、貯金箱になったり、さらにはバックパックにまでなっているけれど、どれも、つい欲しくなる程度にはカッコいい。
「でも、これが完成というわけではないですし、個人的にやりたいことはまだありますから。時代に合わせた進化は続けたいですね」と福本さん。
実は、カプセルを開けやすくした経緯とか、新しい素材を使ったカプセルの開発など、マシンの中身であるカプセルについても、色々面白いお話しが聞けたのだが、それはまたの機会に書いてみたい。
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