ちょっとだけ飲んでから帰りたいけど、わざわざ居酒屋に行くほどではない――。そんなときに重宝するのが「ちょい飲み」のお店だ。吉野家の「吉呑み」を筆頭に、最近ではファミレスやファストフード、大衆中華チェーンなどでもちょい飲みセットを提供するところが広がっている。
日常的に酒場へ通い、酒にまつわる連載や本を多数執筆している酒場ライター・パリッコさん(@paricco)。普段は地元に密着していて、単独ではちょっと入りづらいような個人店を取り上げている彼に、ベタなチェーン店で飲んでもらう連載「パリッコのチェーン店ひとり酒」。
第8回に取り上げるのは、牛丼チェーン「吉野家」。“あの人気メニュー”をどう食べるのでしょうか?
◆累計1億食を突破した「牛すき鍋膳」
人気の牛丼チェーン「吉野家」の冬季限定メニュー「牛すき鍋膳」が大変な人気らしい。昨年、販売開始から10周年を迎え、累計1億食を突破したというから、きっと相当にうまいものなんだろう。
恥ずかしながらこのメニューを、僕はまだ食べたことがない。理由としては、そもそも日常的にあまり牛丼を食べないので、店選びの選択肢に吉野家が入る機会が多くないからだと自己分析できる。
しかしこの冬、店の前を通りかかった際に、偶然ながらも初めてはっきりと、牛すき鍋膳の存在を意識した。これはいい機会だ。しかも写真を見ると、旅館の夕食などでよく見る小さなコンロの上で、鍋を直接グツグツと温めながら食べられるらしい。想像するだけで、冬の酒のつまみに最高じゃないか。
さっそく吉野家へ。
◆まず最初に重要な情報
ここでまず最初にお伝えしておきたい重要な情報がある。それは、吉野家は店舗ごとに提供メニューに差があり、僕の観測範囲だと、その傾向は酒類において特に顕著だということ。
今回、ホームページのメニューに日本酒があることを確認していた僕は、それを必ず頼みたいと思っていた。ところが何気なく入った吉野家でタブレットを確認すると、アルコール類が「缶ビール」しかない。
そこで、まだなにも注文していなかったのをいいことに店員さんに「あ、あの、すいません……えっと、ちょっとわけあって……また来ます!」などとしどろもどろに言いながら、そそくさと退店。あらためてネット検索などで確認し、日本酒がある別の店舗にやってきたのが、今だ。
◆酒にかける情熱はあるか
缶ビールがあればそれでいいじゃないかとも思うが、僕にも酒にかける情熱がある。そこまでしてでも、人生初の牛すき鍋膳の横には、日本酒があってほしかったというわけだ。
無事酒のある吉野家のカウンター席に着き、あらためて、店内で注文できる牛すき系のメニューを確認してみる。
・牛すき鍋膳(税込877円) ・牛すき鍋(単品)(767円) ・牛すき丼(並盛 688円 / 大盛875円) ・牛カレー鍋膳(932円) ・牛カレー鍋(単品)(822円))
以上の5種類があり、それぞれ少しずつ内容が違う。全商品、プラス327円で「肉2倍盛」にもできるよう。
◆「牛すき鍋膳」の基本セット
基本の「牛すき鍋膳」は、すき焼き風の鍋をメインに、生玉子、ごはん、お新香がつくオーソドックススタイル。単品はそこからごはんとお新香が引かれる。酒のつまみに良さそうではあるけれど、せっかくだから白いごはんとのハーモニーも味わっておきたいし、お新香の存在も大きいから、頼むならやっぱり単品ではなくて、膳かな。
「牛すき丼」は、シンプルに鍋の具がのったどんぶりで、ぐつぐつスタイルではない。さっと昼食に食べたりテイクアウトには良さそうだけど、今日の僕の目的とは合っていない。
そして注目なのが、今年からの新商品だという「牛カレー鍋膳」の存在だ。同じ吉野家グループのカレーうどん専門店「千吉」という店とのコラボ商品だとのことで、ものすごく魅力的。本家牛すき鍋膳を食べたことのない初心者ながら、すでにこっちに心惹かれはじめている。いっちゃおうかな……。唯一のネックは牛すき鍋膳と違い、なぜか生玉子がついていないことだけど、サイドメニューのページを見てひとつの作戦を思いついた。
というわけで、ちょっと変化球になったけど、吉野家の“牛カレー鍋膳”飲みで、今日はいこう。
◆「牛カレー鍋膳」想像以上の光景
この店舗にあったアルコールメニューは「瓶ビール」(486円)と「冷用酒」(376円)の2種類。過不足がなくていい。当然、ビールでスタートする。牛丼店のカウンターで瓶ビール。そんなにやったことがあるわけじゃないけど、なんだかすごく身の丈に合った喜びという感じで、いいな。
そして牛カレー鍋膳が到着。カウンターいっぱいに広がる、想像以上の豪華な風景にいきなり驚かされる。固形燃料で温められ、ぐつぐつと湯気を上げる様が頼もしい。これは、楽しい飲みにならざるをえない予感。
ところで写真を見て、勘のいい読者の方ならばお気づきかもしれない。あれ? 牛カレー鍋膳に玉子はついてないんじゃなかったの? ついてるじゃん、と。ここが僕なりの作戦だ(自慢げ)。サイドメニューから、単品の生玉子を頼んでおいたのだ。しかもただの生玉子ではなく「ねぎ玉子」(151円)を。
だって、いくらカレー味とはいえ、牛すきではあるんだからつけて食べてみたいじゃん。生玉子を。また、ねぎはねぎで使いどころを考えてあるし。いざ。
それにしても、本当にすごい。鍋の迫力。メインの肉に加え、白菜、にんじん、玉ねぎ、豆苗などの野菜もたっぷり。大好物の豆腐も入ってる。上の豆苗をどけてみると、あらためて肉の量が潤沢すぎて、ちょっと迷ったけど、こりゃあ肉2倍にしたらとんでもないことになってたな。と、思わず顔がほころぶ。
さらに嬉しいサプライズも。それは、具材のひとつとしてアクセント程度に、ちょろりと平打ちのうどんが入っていたこと。実はメニューを選ぶ段階で、どう考えたってこの鍋にはうどんが合うだろうから、サイドに「玉うどん」的なものがないか探したりしていたのだった。けっきょくなくて諦めたんだけど、もう入ってたとは。しかもちょうどいい量が。
◆どう食べてもうまい
まずは牛肉をそのまま食べてみる。薄切りで、肉と脂のバランスがちょうど良く、独特のふわふわとした食感のある吉野家の肉。そこに絡むのは、甘みとクリーミーさ、塩気とスパイシーさなどがそれぞれに際立ったカレースープ。う、うめぇ……。
当然、いろんな野菜と肉を組み合わせながらや、それをおかずにごはん。そこに甘辛味のついたねぎをのせてみてもこれまた良く、うどんもたまらない。カレー味の肉の生玉子つけ食べも抜群だった。どこをどう食べてもビールがすすみ、ずっと熱々。なんて楽しい食事なんだ。
◆ここからは後半戦に突入
さて、鍋の具材、ごはん、使いきらないように気をつけておいた生玉子やねぎなど、すべてが半分くらい残るように食べすすめたら、後半戦。日本酒タイムに突入だ。
それにあたり、僕はこれから、全ての具材をメインの鍋に集結させてしまう。つまり、後半は“牛すきカレーおじや”として楽しんでしまおうというわけだ。 鍋に米を加えてさっと混ぜ、玉子を回しかけ、仕上げにねぎ。これは、どう考えても間違いないだろう。
ただでさえ完成形だったカレー味のスープに、いろんな具材から旨味が出まくっている。クリーミーなまろやかさが玉子によってさらに増している。それを白米が受け止める。完璧だ。完璧としかいいようがない。これが、素直なうまさの日本酒とよく合う。
◆唯一注意すべきだと思ったのは
ひとつだけ、強いて注意しておきたいポイントをあげるとすれば、吉野家で使われている固形燃料は、燃焼時間が少し短めのもののようだ。食事時間を考慮すればそれは当然のことながら、おじやをしっかり目にぐつぐつと煮込みたい方におかれましては、少し“巻き”で後半に突入することを提案しておきたい。
以上、ちょっと度を超えて幸せすぎてしまった、吉野家の牛すき鍋膳飲み。あらためて各メニューの値段を見ると、幸福さとリーズナブルさの割合が、とても釣り合っていない気すらする。
冬の間に、次こそはオーソドックスな牛すき鍋のほうも味わっておきたいし、まだ東京を中心に数店舗しかないようだけど、カレーうどんの千吉にも必ず行ってみたい。
<TEXT/パリッコ>
【パリッコ】
1978年東京生まれ。酒場ライター。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター・スズキナオとのユニット「酒の穴」としても活動中。X(旧ツイッター):@paricco