日系航空会社CAから六本木のクラブママを経て作家となった蒼井凜花が、実際に体験した、または見聞きしたエピソードをご紹介。今回は「高級クラブの美人ママが50代のモテないサラリーマンを結婚相手に選んだ理由」をお届けする。
◆クラブの美人ママが“モテない50代男性”と結婚したワケ
赤坂のクラブのママだった美咲さん(仮名・36歳)は、客として通っていた男性と結婚した。クラブのママがお客さまと結婚するケースは珍しい。しかも、夫である和弘さん(仮名・51歳)の写真を見せてもらうと、ややメタボで正直イケメンとは程遠いルックス……。彼自身「モテない人生だった」と自認しているらしい。
では、20代から夜の世界に入り、多くの男性客から口説かれ続けたクラブのママが、なぜ彼を夫として選んだのか。美咲さん本人にその理由を聞いてみた。
「友人に連れられてご来店した和弘さんと会ったとき、『地味だけれど誠実そう。そしてよく笑うほがらかな人』というのが第一印象でした。他のお客さまとは全く違った安心感やフレンドリーな雰囲気もあって、私も肩ひじ張らずに自然体で接客できたんです。和弘さんも私を気に入ってくれたみたいで、月に3回ほど来店してくれるようになりました」
美咲さんは、クラブの常連となった和弘さんの謙虚な言動に好感を持ったようだ。
「頂いた名刺から印刷関係のサラリーマンと知ったのですが、一回の来店で7〜8万円、ボトルを入れれば10万円以上する料金システムですが、『美咲ママを応援したいから』と、売上貢献してくれていました。それに、彼は好意を見せてくれるものの、決して口説かないんです。アフターに行く際も『ママと仲のいいホステスも誘ったら?』と言ってくれる。男性ですから、下心はあったとしても、私を“不安にさせない気づかい”を常に見せてくれました。ただ、この段階では異性として見ることはできなかったですね。お客さまは、あくまでもお客さまですから」
◆自慢話をせず、愚痴を言わない人間性で好感度アップ
ただ、人間としての魅力は大いに感じたという。
「和弘さんは自慢話や噂話、愚痴などの話題は一切しません。実は、ご来店するお客さまの中には紳士的な方が多い反面、『先日、タレントの○○と飲んだけど、意外に酒癖が悪いんだ』『愛人に金がかかって困る』『会社の部下は無能な奴ばかり』などの下世話な話をする方も多いんです。もちろん、水商売ですからお客さまに合わせますが、その人の人間性が見えてがっかりすることもありました。
その点、和弘さんは自慢話とは無縁。ややメタボだから、ホステスたちから『和ちゃん、もっと痩せなきゃダメ!』なんてツッコまれて大笑いという場面も多かったですね。笑いの絶えない席で、ホステスたちも『和ちゃんの席に着きたい』と言うようになったんです」
そして美咲さんはいつの日か、和弘さんに悩み相談をするようになったようだ。
「誠実な人柄もそうですが、彼は私が男性に求める『口の堅さ』も兼ね備えていました。信頼するに値する人だと感じた私は、いつしか和弘さんに悩み事を打ち明けるようになったんです。クラブのママがお客様に悩み相談などあってはいけませんが、実はその頃、ママ業で心身が疲弊していまして……」
◆彼からの“思いがけない告白”
美咲さんは、自分は雇われママで、オーナーから「もっと売り上げを伸ばせ」とプレッシャーをかけられていること、心療内科で睡眠導入剤や抗不安剤を処方している旨を伝えたという。
「クラブのママとして『お客さまに夢を売る』ことを念頭に頑張ってきましたが、もう限界でした。これからの人生を考えた時、夜の仕事を辞めたいと思ったんです。何度もオーナーと話し合いましたが、『最低でもあと2年は頑張ってほしい』との要望があり、その言葉を聞いてさらにツラくなってしまって……。その件を和弘さんに話すことにしました」
和弘さんは親身になって聞いてくれ、「僕が力になるから」と弁護士を紹介してくれたという。同時に、「自分はこんな風貌だから女性とは縁がなかった。もし、美咲さんの仕事に決着がついたら、結婚を前提に付き合ってほしい」と思いがけない告白をされた。
美咲さんにとって晴天の霹靂だった……。ただ、店はやめたいが、だからと言って結婚を受け入れるわけにはいかない。
「和弘さんは『何年でも待つよ』と言ってくれたんです。そして、『無理なら潔く諦めるから、まずは弁護士に相談に行こう』と事務所まで付き合ってくれました。弁護士には、通院しているクリニックから診断書を発行してもらうことを勧められました。私の場合、不眠や偏頭痛、精神不安などの症状があったので『適応障害』と記載してもらいオーナーに提出し、その結果、2カ月間の休職を得ることができたんです」
◆自宅に行ってみることにした結果…
美咲さんは続ける。
「引継ぎ期間を終えて、やっと休暇に入った時、横浜市内にある和弘さんの自宅マンションを訪ねました。お客さまの自宅に行くなんて初めてで……。でもそこで、唖然としました。1LDKのマンションには、大量の書物が雑然と置かれ、デスクには書類の山。とても女性を呼ぶ部屋ではありません。彼がこれまで結婚できなかったのは、イケメンとは程遠い容姿とともに、片づけられない性格が関係していたと確信しました」
美咲さんは「女性を招くなら、この部屋はNGよ」と告げると、彼は深く謝罪をして、意外なことを打ち明けてきた。
「驚きました。印刷会社の社員である一方で、子供時代から憧れていた作家になって5年だというんです。最初は自費出版だったのですが、それが大手出版社の目に留まり、定期的に作品を世に出していることも知りました。ただ、会社員という立場上、副業で作家をしていることは内緒で、中性的なペンネームにしていると言われたんです」
年収は1千万円を超え、横浜市内にあるマンションも分譲だという。
「彼のペンネームを検索すると、ミステリー作家として多くの作品を出していることがわかりました。そして『いずれは作家一本でやっていきたい』という夢も教えてくれたんです」
これを機に、美咲さんの気持ちが大きく傾いた。実は「冴えないサラリーマン」だと思っていた彼が、多くの読者を獲得している作家だったのだ。博識なのは子供時代から多くの書物に触れてきたからだろう。
◆結婚を前提に交際を始めたワケ
だが、部屋を片づけられない問題はクリアできたのだろうか?
「実は、東北に住む私の母が塾講師で、家には常に大量の本とプリント用紙であふれかえっていたんです。私は父の性格を受け継いだのか、掃除が好きで片づけ上手。なので、その日は和弘さんの部屋の掃除をしてあげました。本の整理をしているうちに、私の好きな山崎豊子さんの本がたくさん出てきて、『白い巨塔』や『沈まぬ太陽』、『不毛地帯』などの話で盛り上がりましたね」
予想外の共通点と美咲さんの掃除好きもあって、ここからは急展開。結婚を前提とした交際が始まったのだ。
「和弘さんには、『私が休職中も、店には時々通ってあげて』とお願いしました。そして、彼が作家として独立できるよう、身の回りの世話をしてあげたんです。また、結婚を前提に交際している男性がいることを実家の母に伝えました」
美咲さんの父はすでに亡くなっていたため、母だけへの報告となった。
「ネットで検索した母も『なぜ、そんなにすごい作家さんが、今まで独身なの?』と聞かれましたが、さすがにモテない人生を歩んできたとはいえず、『仕事が忙しくて婚期を逃したみたい』と返答したんです。これを機に、お店を辞めたくて悩んでいることも打ち明けたところ、母がオーナーに電話をしてくれました。塾講師をしているだけあって、母は論理的かつ情に訴える話術が巧みで、最終的には健康上の理由で円満退店できました」
◆結婚はタイミングも大切
そして、関西に住む和弘さんの実家にも挨拶に行き、とんとん拍子に結婚が決まったという。
「見方によっては、ママ業を辞めたいから結婚に逃げたんでしょう? という人もいるかもしれません。事実、彼がミステリー作家の一面があったからこそ、結婚への拍車がかかったとも言えます。ただ、何事もタイミングって大事ですよね。夜の仕事をしている時、私は本当に心身を病んでいました。でも、彼に出会って逃げる勇気をもらえたから今の健康的な日常がある。彼が救ってくれなければ、私はあのまま心身を病みながら夜の世界から抜け出せなかったでしょう」
現在、美咲さんは経済面でも夫に頼りすぎないようクラブママの経歴を活かして、ネットで「婚活アドバイザー」をしているという。そして和弘さんも作家として独立することができたとのこと。
夜の店には、噂話や自慢話をする客が多いからこそ、和弘さんのように謙虚で愛される人柄の男性がクラブママにモテるのだろう。
文/蒼井凜花
【蒼井凜花】
元CAの作家。日系CA、オスカープロモーション所属のモデル、六本木のクラブママを経て、2010年に作家デビュー。TVやラジオ、YouTubeでも活動中。