ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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ライターをはじめとして幅広く活動する、姫乃たまさんにお声がけいただき、横浜にあるライブハウス「ネイキッドロフト」で開催されたトークイベントに出演した。
もうひとりのゲストは漫画家のラズウェル細木先生で、全員もうわりと長い知り合いだ。当然イベント中も酒は飲むに決まってるものの、その後は横浜の街にくりだして打ち上げをする流れが予想され、すると自ずと、東京の自宅まで帰るのがめんどくさくなる流れが予想される。そこで、その日は思いきって横浜に宿をとってしまい、旅行気分で時間を気にすることなく、大いに飲んだ。
翌朝、ゆっくりと起きて、せっかくだからもうちょっとだけ横浜の空気を味わってから帰りたいなと考える。宿があるのは関内。すぐそこには中華街もあるし、朝から飲める好きな店も多い「ぴおシティ」も遠くない。
が、今日は久しぶりにあそこに行きたい気分かもしれない。「横浜橋通商店街」。350mほどのアーケードに約130店舗の商店が連なる昔ながらの商店街で、僕の大好きな場所だ。宿からは少し歩くけど、横浜の朝の空気を感じながらの散歩と考えればむしろ大歓迎。よし、行こう。
さっそく韓国食材店で、好物のカクテキや「青唐辛子の塩辛」なる、いくらなんでも酒に合いそうすぎるブツたちを思わず購入。まるで市場のような魚屋さんや、コロッケがひとつ30円と、時代がどこかで止まってしまったような惣菜屋さんを眺めつつ歩く。なんて楽しい商店街なんだろうか。丸ごと家の近所に移設されてくれないかな。
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また、横浜橋に来たら個人的に絶対外せないのが「デリカキング」だ。鶏肉を中心とした惣菜類が絶品なのはもちろん、クリスマスチキンのように立派な「手羽焼き」が1本378円、丸々一羽の「かぶと」が648円と、信じられないくらいにリーズナブルだ。いくつかを家族のおみやげに買って帰り、今日の夕食のおかずにしよう。
久々の横浜橋通商店街を堪能したところで、早めの昼食をとりつつ、今回の横浜旅、最後の一杯を飲んで帰ることにしよう。嬉しいことに一帯には早めの時間から飲めてしまう店も多いんだよな。今日の自分的にグッとくる店は、さてどこだ。
と、商店街のいちばんはしまで歩いてみると、その名も「酔来軒」という気になる町中華の店を発見。"酔いが来る"とはなんとも酒飲み泣かせなネーミングじゃないか。 しかも店頭の看板に「名物!! 酔来丼」なるメニュー名が大書されている。お値段は500円。僕はこういう、頼んでみるまでどんなものが出てくるかわからないメニューにやたらと興奮してしまう質なんだよな。もう、ここしかない!
席に着き、さっそく「酔来丼」(税込500円)を注文。驚くべきことに、プラス200円で「小ラーメン」か「小ワンタン」がつけられるということで、酒のつまみに良さそうなワンタンを追加。当然「レモンサワー」(400円)も注文する。
まだまだまぶしい午前の陽光を背中に受けながら、本日の1杯目、レモンサワーをごくり。サービスのもやしのナムルがあっさりと爽やかな風味で、いきなり多幸感がやばい。
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そうこうしていると酔来丼が到着。店内の張り紙などで若干ネタバレはしてしまっていたけれど、実際に目の前にするとものすごくうまそうだ。
巨大などんぶりにたっぷりのごはん。その上に、中央に半熟目玉焼き(スペイン風の"フライドエッグ"と呼ぶほうがしっくりくるかもしれない)。周囲にもやしナムル、メンマ、刻みねぎ。そしてひときわ存在感を放つ、細切りにされたたっぷりの巨大チャーシュー。 そこに、ラーメンにも使う特製の醤油だれとからしをどばっとかけ、全体をよ〜く混ぜて食べるのが流儀だそう。つまりこれ、ラーメンの味と具材を、麺を米に置き換えて丼ものに落とし込んだオリジナルメニューというイメージか。
混ぜてしまう前に、まずはひときれ、昔ながらの外側が赤いチャーシューを食べてみて感動した。長時間ゆでてほろほろになったものとはまた違う、とろっとろに柔らかくてジューシーな肉。これだけで500円出しても惜しくないくらい絶品だ。なのに、この丼がトータルで500円? ちょっと理解が追いつかなくなってきたぞ。
いったん落ち着こうと、たった200円だったミニワンタンを食べてみてまた驚いた。ラーメンと同じものであると思われる王道の醤油スープが、驚くほど旨味が濃くてうまい。ぷりぷりと食べごたえのあるワンタンがたっぷり。これ、"ミニ"ってサイズじゃないぞ。じゅうぶんに一般的な店の通常サイズくらいのボリュームがある。
若いご主人は常連さんと思われるお客さんと楽しげに世間話をしながら、注文が入るたびにあざやかな手つきで料理を作っては提供している。その感じも含めて、この店、ちょっととんでもない名店なんじゃないだろうか......。
さぁここからは欲望のおもむくままだ。思いっきり全体をかき混ぜ、スプーンですくってがつがつと食べてゆく。
キリッとした醤油だれをまとったチャーシューは食べるたびに絶品だし、もやし、メンマ、ねぎたちの割によってさまざまな食感が生まれる。そして全体をまろやかに包みつつ、焦げ目のついた白身が香ばしさをも加える目玉焼き。純粋に美味しい白米。用心深く少しずつ合わせるからしもまた、そこに色彩をプラスする。うまいうまい。ひと口食べるごとに感動する。それはもう、むせび泣くほどに。一体この店、なんなんだ!
時間は正午に近づき、店内は徐々にお客さんでいっぱいになってきた。そのほとんどが、酔来丼およびそのセットを注文している。そりゃあ、こんなにうまいものをこんな値段で提供してしまったら、そうなるだろう。もはやラーメン屋というより、酔来丼屋だ。
近日中に禁断症状が出てしまいそうなほど中毒性のあるうまさだった、酔来丼。ただ、メニューには「椎茸シュウマイ」「アサリのうまいやつ」「いかパッチン」など、気になるものがまだまだある。純粋にラーメンも食べてみたい。それも、あの魅惑のチャーシューがのった「焼豚メン」を。
時間と交通費をかけてでも通いたい、圧倒的な名店との出会いだった。
取材・文・撮影/パリッコ