部下の女性検事に対する性的暴行の罪を裁判で認めていた元大阪地検の検事正側が、先週、一転して無罪の主張を始めました。被告が突如否認に転じたことに、被害を訴える女性検事は、何を思うのか。私たちの取材に、その苦悩を語りました。
【写真を見る】あの日なにがあったのか?テレビ単独初取材 胸の内を語った検事Aさん
元大阪地検トップ 初公判で起訴内容を認めるも…無罪を主張12月11日に開かれた会見。
大阪地検に勤める女性検事Aさんは涙ながらに自身が受けた被害を訴えた。
被害を訴える 検事Aさん
「組織のトップから受けた性犯罪被害を訴えることが、これほど恐ろしく、これほどまでにひどく傷つけられ続けると思いもしなかった」
被害を訴えている相手は大阪地検のトップ、検事正だった北川健太郎被告(65)だ。
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事件が起きたのは6年前。
北川被告は、酒に酔って抵抗できない状態だった部下のAさんに対し、自身が住む大阪市内の官舎で性的暴行を行ったとして逮捕・起訴された。
2024年10月の初公判では、起訴内容を認めていた北川被告。
北川健太郎被告
「被害者に対して、重大で深刻な被害を与えたことを心から謝罪したいと思います」
ところが、わずか1か月半後の12月10日、北川被告の弁護人が会見を開き、無罪主張に転じることを明らかにした。
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北川被告の弁護人 中村和洋弁護士
「北川さんには事件当時、Aさんが抗拒不能であったという認識はなく、Aさんの同意があったと思っていたため、犯罪の故意がありません。したがって無罪ということになります」
否認に転じた北川被告に、Aさんは何を思うのか。今回、初めてテレビの単独取材に応じ、その胸の内を語った。
被害を訴える 検事Aさん
「検事の使命がどういうものなのか、検事のイロハを初めて指導を受けたのが、北川被告人でした。私にとっては、彼がまさに私が目指す検事の姿だと思っていましたし、上司であり親のような存在でした」
“関西検察のエース”と呼ばれ、800人以上の職員を抱える大阪地検のトップを務めた北川被告。
これまで最高検察庁の刑事部長など主要ポストを歴任し、大阪地検の検事正に就任後は、犯罪被害者の支援を強化する枠組みを打ち出すなど、組織改革にも取り組んできた。
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親しみやすい性格で職員からも慕われていたというが、厳しい一面もあったとAさんは振り返る。
被害を訴える 検事Aさん
「仕事も十分にできなかったときは『この窓から飛び降りろ』とか『顔を見たくないので部屋に入って来るな』と言われた。それが自分の仕事に対する指導だと思って受け止めた」
これまで、性犯罪や虐待など大阪府警の捜査一課が担う凶悪事件を、数多く手がけてきたAさん。
検事としての北川被告に“畏敬の念”を抱き、職務に邁進してきたという自負がある。
“検事正の就任祝い”を兼ねた懇親会後、官舎へ「気持ちも身体も完全に凍りついた」事件が起きたのは、2018年9月。
検察側の冒頭陳述などによると、“検事正の就任祝い”を兼ねて開かれた懇親会で泥酔したAさんを、北川被告がタクシーに押し込み、自らの官舎に連れて行ったとされている。
意識を取り戻したときには、既に性加害が始まっていたとAさんは話す。
被害を訴える 検事Aさん
「自分の意識が徐々に覚めていく感じだったんです。全く頭も起こせない、物理的に本当に動けない状態。検察庁での親として思っていた方で、尊敬・畏敬の念を持っていた検事正が、裸で私に対してレイプをしているという現実が全く入ってこなくて。恐怖と『どうしたらいいんだろう』という気持ちも身体も完全に凍りついてしまった」
そのとき、目に飛び込んできたのはー。
被害を訴える検事 Aさん
「押し入れが開いてたんです。押し入れに物があまりなかったんです。それを自分が見ているなかで、私が殺されて、押し入れに死体を隠されてどこかに捨てられるんじゃないかって」
突如、Aさんを支配した“死”への恐怖。
意を決し「夫が心配しているので帰りたい」と伝えたが、性加害は続き「これでお前も俺の女だ」と告げられたという。
その後、「気持ち悪いので、水を飲ませてほしい」と言ったAさん。すると、北川被告はAさんの腕をつかんで台所に連れていき、水道水を飲ませたあと、再び加害を始めたという。
官舎を出ることができたのは、午前2時ごろ。
Aさんは、自宅の風呂場に駆け込んだ。
被害を訴える 検事Aさん
「とにかく彼から触られた、汚された部分を綺麗にしたいという気持ちから、証拠を残さなきゃとか、頭に全く回らずに、検事なのに情けない話ですけど、全て洗い流しました。洗い流して、子供を抱きしめて泣きながら寝ました」
“性被害を受けたのは、泥酔した自分の責任―”。
事件後、Aさんは自らを責め続けた。
北川被告「警察でもどこでも突き出してください」から一転「私の命に代えてやめていただきたい」数日後、その苦悩を綴ったメールを送ると北川被告からは、後日、こんな言葉を告げられたという。
北川被告
「警察でもどこでも突き出してください。時効が終わるまではちゃんと対応します。食事をご馳走したりします」
北川被告の性加害に対する認識に落胆したものの、すぐに被害を訴えることは出来なかったとAさんは話す。
被害を訴える 検事Aさん
「当時、私はまだヒラの検事で、力のない一検事が訴えたとして、皆が彼の言い分を正しいと言っていくのではないかという怖さがありました」
事件からおよそ1年が経過した、2019年10月。
性加害の理由を書面で欲しいとしたAさんに、北川被告は、事件を口外しないよう求める直筆の手紙を送ってきたという。
北川健太郎被告からの手紙(抜粋)
「この被害を表ざたにすれば、私は絶対に生きていくことはできず、自死するほかないと決意している。大阪地検の検事正による大スキャンダルとして、組織は強烈な批判を受け、立ち行かなくなるので、私の命に代えてやめていただきたい。以前からあなたのことが好きだった。あなたの同意があると思っていた」
翌月、北川被告は定年を前に“一身上の都合”を理由に退職した。
その4年後の2023年12月、性被害の後遺症に苦しみ続けたAさんは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断され、休職を余儀なくされた。
“検事としての尊厳を取り戻し、前に進みたい”―。
2024年に入り、Aさんは自ら受けた被害を検察幹部に相談。刑事告訴に踏み切ることを決意した。
そして、6月。
準強制性交の疑いで北川被告は検察に逮捕・起訴された。
北川健太郎被告
「公訴事実を認め、争うことは致しません。被害者に重大で深刻な被害を与えたことを心から謝罪したいと思います」
10月に行われた初公判では罪を認め、Aさんに謝罪した北川被告。
だが12月に入り、突然、「無罪」を主張する方針に転じたのだ。
その理由について、担当の弁護士は「北川被告には、Aさんが抵抗できない状態だったという認識はなく、同意があったと思っていた」と説明したうえで、こう付け加えた。
中村弁護士
「その後の一部の事件関係者に生じた情報漏洩等に係るあらぬ疑いや、検察庁に対する組織批判により(北川被告は)自らの記憶と認識に従って主張することにしました」
“事件関係者に生じたあらぬ疑い”とは、Aさんが初公判後の会見で主張した、同僚からの“二次被害”のことだ。
被害を訴える 検事Aさん
「今回の事件の関係者である女性副検事が、内偵捜査中の時点で、被告人側に捜査情報を漏洩し、被告人が当初弁解していた内容に沿う、事実と相違する供述をしていたことが分かりました」
事件当日、Aさんとともに懇親会に出席していた女性の副検事。
かつて北川被告の秘書だったこの副検事が「性行為には同意があった」と周囲に広めたり、北川被告に捜査情報を漏らしたりしたと、Aさんは会見で訴えたのだ。
彼女とは大阪地検の同僚で、二人で食事をする仲だったというが、裁判に向け、事件の証拠資料を閲覧するなかで、この副検事の供述を目にしたとAさんは話す。
被害を訴える 検事Aさん
「私は彼女を信頼していて、彼女も正義感の強い方だと思っていたし、彼女は私を応援してくれていたし。女性副検事がまいた誹謗中傷の嘘が広まっていって、私が信頼していた(別の)上司までもが誹謗中傷して、『(北川)被告人が可哀そう』という発言をしていたことも、本当に人間が怖くなりました。検察庁が怖くなりました」
10月、Aさんは女性副検事を名誉棄損などの疑いで、大阪高検に告訴・告発。
一方、北川被告をよく知る検察OBは。
大阪地検元幹部
「北川は当初、罪を認めることで保釈され、被害者との示談が成立して、執行猶予付きの判決が出るという筋書きを描いていたんだろうが、その通りにならなかった。さらに、かつての部下だった女性副検事が訴えられ、北川も『これはいかん』となったんだろう」
北川被告をよく知る検察OB
「無罪を勝ち取るのは難しくても、自分の主張を少しでも認めてほしい。それが彼の心の内でしょう」
自らが受けた誹謗中傷について、検察庁に調査を申し立てたことを明かした、Aさん。孤軍奮闘する姿を、傍で支え続けているのが家族の存在だ。
被害を訴える 検事Aさん
「ママ、離れちゃ駄目ね、とか。お仕事がんばってね。大好き。帰ってきたらぎゅうしてね、ありがとうとか」
自身に宛てられた、子どもからのメッセージ。
Aさんは、この手紙を持ち歩き心の支えにしてきたという。
被害を訴える 検事Aさん
「子どもは私が検事であることを、すごく誇りに思ってくれていて、私が裁判に立ったとき、一回見に来てくれたんですけど、母が闘う姿にすごい喜んで嬉しく思っていて。『検事になりたい』と当時まだ幼かったですけど、言ってくれて」
北川被告からの性加害は伝えずにいたが、休職したことをきっかけに、事実を打ち明けたという。
被害を訴える 検事Aさん
「『もっと早く訴えたらよかったのに』『そんなに我慢しなくても訴えたらよかったのに』と子どもが言ってくれて。その後は子どもも受け止めきれないのか、その話を避けるようになって。でもボディタッチをしてくれるようになって、子どもなりの慰めをしてくれている」
Aさんの一連の訴えを、検察組織はどう受け止めているのか。
元大阪地検トップの性加害事件。
Aさんの一連の訴えを、北川被告はどう受け止めているのか。
私たちは拘置所での面会を申し込んだが、北川被告は「辞退したい」として、取材は叶わなかった。
事件について、検察庁に見解を求めるとー。
最高検察庁 次長検事
「本件については、法令の遵守に厳格であるべき検察庁の職員、しかも職員の模範となるべき幹部職員が、在職期間中に、重大な犯罪行為に及んだことは極めて遺憾であり、国民の皆様に深くお詫び申し上げます」
北川被告の直属の上司だった最高検察庁の元幹部は「今回の事件は、検察内部に大きな衝撃をもたらした」と番組の取材に明かした。
最高検 元幹部
「北川は仕事はきちんとこなすし、飲んでも乱れることもありませんでした。こんな事件が裏にあったなんて信じられなかったです。事件は、OB含めて検察内部にもショックです。初公判の証言を180度変えて、突然、全面否認となると、裁判所の心証も最悪でしょう。ただ、検察OBとして言わせてもらえば、事件はあくまでも“個人の問題”。冤罪事件など検察の組織自体が抱える問題ではないはずです」
一方、Aさんの周辺では、Aさんを支援する会が立ち上がっている。
この会の中心メンバーは、Aさんのかつての仕事仲間。
凶悪犯罪をともに捜査したという元刑事の男性と、仕事を通じて知り合った公認心理師たちだ。
元刑事の男性
「女性検事は私がそもそも(担当)していた事件の担当検事。職場に泊まり込みで徹夜で仕事をしてた姿も多くの警察官が知っていたので、本当に胸が苦しくなりました」
公認心理師は事件後にAさんに会った際、Aさんを襲った心身の変化を感じたという。
Aさんを支援する公認心理師
「他者と自分を分けている境界線を侵入される行為があると、自分のまとまりを失ったように感じてしまう。彼女は会見とかいろいろな場面で気丈に報告されていますけど、私という存在が、ひとまとまりでなくなってしまということに耐えている現状じゃないかなと思います」
Aさんの会見を受け、事件にショックを受けた人々からは多くの支援の声が寄せられていた。
元刑事の男性
「いまで130件強くらいですね。正直びっくりしました。『あなたはひとりじゃない』『応援しています』という力強いメッセージを送っていただいて、見たときは感動しました。支援の会の最終目的は彼女に検事として復職してもらうことです」
現在は休職を余儀なくされているAさんだが、また検事の仕事に戻りたいと話す。
被害を訴える 検事Aさん
「被害を受けた人というのは、こんなひどい苦しみを長く長く抱えることになるんだということを自分自身が実体験しましたので、今は皆さんの支援をいただきながら闘っていきたいと思うし、いずれはこの経験をいかして今度は私が誰かを支える側になりたい」