2024年12月1日、文学作品の展示即売会「文学フリマ東京」が、39回目にして、ついに東京ビッグサイトでの開催となった。西3、4ホールに、出展者、来訪者合計約1万4967人を集め、大盛況の内に終了したのだが、私にはこのイベントが、新しい電子出版の最前線のように見えた。
会場で販売されているのは、アナログの極みともいえる“紙の本”なのだけど、それらの本の製作は、ほぼフルデジタルで行われているし、宣伝、販売、イベント終了後の通販に至るまで、ネットサービスなしでは成り立たない。
文学フリマには、もう何年も客として通っている筆者は、今年5月に行われた「文学フリマ東京38」で初めて出展者になり、12月の「文学フリマ東京39」でも、引き続き出展者として本を作り、宣伝し、会場に搬入し、販売し、残った分をネット通販などを利用して販売した。それが可能だったのは、明らかにPCとインターネットのおかげなのだ。
そして文学フリマの出展者が増え、次回も東京ビッグサイトで開催できるまでの規模になったのは、電子書籍という出版社の新業態ではなく、電子出版という個人でも扱える新しいシステムが生まれつつあるということなのだと思う。
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何よりも、まず「本を作る」という作業がものすごく楽になり、低コストになったことが大きい。それを象徴するのが、Amazonによる「Kindle ダイレクト・パブリッシング」。いわゆる「KDP出版」だろう。
●高品質のペーパーバックが簡単に
筆者も23年6月に、訳あってこのシステムを使って本を作らなければならなくなった。それはライター仕事の一環だったのだが、そこで気がついたのは、今や、高品質のペーパーバックが、実に簡単に、しかも数百円(1冊あたり)で作れてしまうという事実だった。
KDPのシステムは、いわゆるオンデマンド出版である。つまり1冊から本を作ることができる。しかも、例えば、180ページくらいの表紙はカラーで中は白黒の新書判のペーパーバックを作るのに、1冊なら600円程度でできてしまう。
そしてAmazon上で好きな価格を付けて販売できてしまう。Amazonで売るだけなら在庫管理も不要だし、持ち出しもゼロ。つまり、「とりあえず試しに本を作ってみるか」ということが、金銭的リスクをほとんど考えずに可能になるということだ。
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KDPを使う場合、まず、Kindle Direct Publishingのサイトから、Amazonのアカウントか、新しくアカウントを作ってログインする。本自体は、PDFで入稿するので、好きな環境で作ればいいのだけれど、KDPでは作れる本の判型や紙が決まっているので、このサイトのヘルプページを見ながら、本の仕様を確認していくことになる。
決める必要があるのは、まず判型、そして紙とカラーか白黒か、断切り印刷をするかどうか、といった部分。とりあえず、そうした本の外観が決まれば、サイトに設定例が載っているので、それを見ながら、自分が作りたい判型に合わせて、上下左右のマージン幅を決める。
そこまで決まれば、あとは好きなソフトでレイアウトするなり、組版を作るなり、そこは好きに本の中身を作ればいいのだが、面白いのは、最近の印刷屋さんは、このKDP同様、PDF入稿で本が作れてしまうこと。カラーページをCMYKで入稿するといったことが必要ないのだ。
写真の解像度も、四六判程度ならスマホで撮ったもので何の問題もない。長辺が2000ピクセルもあれば十分だ。もっとも、大判の写真集を作るなら、それなりの解像度は必要だが、ファイルはRGBのJPEGファイルで構わない。
フォントもPDFに埋め込めば良いので、手持ちの普通のフォントが使える。モリサワなどのフォントでなくても構わないし、アウトラインを取る必要もない。それこそ、「Word」や「Pages」などで作ったファイルを、そのままPDFに書き出せば、それが本になってしまうのだ。
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「Indesign」があるに越したことはないが、凝ったレイアウトにしないのなら、Wordでも十分。ただ、ワープロソフトは、DTPソフトと違って、レイアウトを決めたら流し込むとか、ページ単位で移動するといったことはできないので、とにかくテキストや図版を全部用意してから、最初のページから順に作っていく必要がある。これは、ワープロソフトに慣れていないと、ちょっと手こずるかもしれない。
中身作りでの注意点としては、本文や目次、見出し、タイトルなどは全部、あらかじめ作っておくことだろう。もちろん、細部の修正はレイアウトしながらでいいのだけど、前にも書いたようにページ単位での入れ替えができないというのは、本作りにおいてはかなりのハードルになる。きちんと、大見出し、小見出しを構造化して、書式設定でフォントやサイズを決めてスタイル登録をしておくと楽だ。
オンデマンド印刷が楽なのは、ページ数を16ページとか8ページといった単位に合わせなくてもよいこと。ただ、ワープロ・ソフトで作る場合、見開き表示にして、思ったようなページ割りになっているかの確認を行う必要はある。
また、紙の本なので、最初に文字の大きさや行間、字間などの見た目の設定は慎重に。行の頭に一文字だけ残っていて改行していたり、1ページに1行だけで改ページといったレイアウトは、紙の本だとなるべく避けたい。
ページ全体の見た目がキレイだと、本は読みやすいし、ちゃんと作っている感じが伝わるのだ。紙の本は「モノ」なので、ディテールが案外重要なのだ。
できあがったら本文のページ数が分かるので、KDPのヘルプページで、表紙のサイズ計算を行う。判型とページ数を入れると、テンプレートを作ってくれるので、そのテンプレートに合わせて表紙を作成する。
その際、重要なのは、実際のサイズより少し大きめに画像を入れること、印刷可能範囲からはみ出さないように文字を入れること(特に背表紙の文字はエラーになりやすいので注意)、余分なリンクや不可視データを残さないこと、といったところで、本文同様ワープロソフトやグラフィックソフトで作成してPDFで書き出す。
ただ、筆者は本の表紙というのはとても重要だと思っているので、ここは、友人のデザイナーに頼んで作ってもらっている。とはいえ、写真などはこちらで用意するし、表紙に入れる言葉なども、こちらで決める。さらに、こんな感じかなとか、雰囲気とかは相談しながら決めていく。
筆者はこの1年半で7冊の本を作ったのだが、全て同じデザイナーに表紙を手掛けてもらうことで、レーベルとしての統一感も出たと思う。また、文学フリマで売る場合、表紙に引かれて足を止めてくれる人が結構いた。前にも書いたように、本は「モノ」なので、見た目はとても重要なのだ。
この表紙に関して気がついたことがある。去年くらいから、文学フリマで販売されている本の表紙のレベルがかなり上がっているのだ。つまり、生成AIの普及。生成AIで作った背景に、カッコよくロゴを組み合わせると、それだけでかなり「本」らしい表紙になる。
ポイントは、文字の書体と配置で、そこはもうセンスというか、生成AIはあまり得意ではない部分。だから、差は文字でつくというのが、何とも「本」らしくて面白い。
筆者も、タイトルを決めたり、英語タイトルやサブタイトルなどは、AIと相談しながら決めることが多い。出版社では、本のタイトルというのは、結構、編集者や営業が決めることも多く、それはそれで一理あると筆者は思っている。著者の思い入れだけで作られた本は、商品として弱い。他社の視線が入った方が、面白いものができる可能性は高いと思うのだ。そこで、第三者としてAIに頼ったりしている。
ただ、時代が変わっても、結局人力が便りなのは文字の校正だ。どれだけ読み直しても、誤字脱字は見つかるのが本という存在。だから、もし時間があるのなら、全部できあがったあと、KDP出版の「校正刷り」サービスを使って、実際に紙の本を読みながら校正を行うことをお勧めする。この実際に売るものと同じ体裁の本で校正ができるというのも、オンデマンド印刷の魅力の一つだろう。
●他の印刷・製本サービスもほぼ同じ要領で使える
KDP出版の使い方については、ヘルプページや、ネット上に沢山ある解説記事(筆者が書いたものもあります)を参考にしてほしいが、ここで言いたいのは、KDPで一度本を作って、PDF入稿を覚えれば、他の同人誌印刷屋さんやオンデマンド印刷を行っている印刷所など、他の印刷・製本サービスも、ほぼ同じ要領で使えるということ。むしろ、KDPのように完全に機械任せにするのではなく、人の目や手が入る分、巷の印刷サービスの方が使いやすい場合がある。
また、KDPのように、1冊から安価で作ることができるサービスは、1冊作っても100冊作っても1冊あたりのコストは変わらない。なので、文学フリマ用に2〜30冊作って、売り切ってしまおうというような場合はいいのだけど、100冊、200冊作るとなると、印刷屋さんのサービスの方が安上がりだったりする。ただし、その場合、200冊分とかを前払いすることになるので、初期コストはそれなりにかかる。
また、KDP出版は、元々アメリカのサービスなので、選べる判型が日本のサイズとは微妙に違う。その微妙な違いがカッコよくて、筆者はKDPの新書サイズに近いけど、ちょっと幅が広い判型を使っている。でも、例えば文庫本を作りたいといった時、KDPには文庫サイズの選択肢がないのだ。
筆者が12月の文学フリマ用に作った「菊月千種の夕暎」という本は、文庫サイズで出したかったのと、他の印刷屋を使ってみたかったことから、京都の「ちょ古っ都製本工房」を使ってみた。こうやって、遠方の印刷屋さんが使えるのも、オンライン入稿あってのこと。
文学フリマで色んな本を買って、奥付を見ると、印刷・製本をどこで行ったかが書かれている場合がある。気に入った製本だったりすると、その印刷所を検索して、使うかどうかを検討するというのも、本作りの楽しさの一つなのだ。
デジタル入稿でも最終的には紙になるし、紙の種類、印刷の具合など、店によって違う。せっかく「モノ」としての本を作るなら、そういう部分もしっかり自分で選びたいではないか。その意味では、これは「コピー本」でいきたいとか、今回の筆者のように」「文庫で作りたい」といったわがままが通せるのも自主出版の魅力なのだ。
本の価格は、印刷コストや送料から考えればいいのだけど、今回、文学フリマを、自分のブースを友人に任せて、客としてもぐるぐる回ってみたところ、ある程度、皆さん、しっかりした価格設定をしていた。印刷代が1冊あたり300円だったとして、なら500円でいいや、ではなく、この本なら1000円出してほしい、1500円の価値があるといった値付けをするべきだと、筆者も思う。それは、儲けたいというより、「本」の値段は、そのくらいでないといけないと思うからだ。
それこそ、150ページくらいあれば、1冊10ドル、まあ1500円くらいが、自主製作本の相場になればと思っている。実際、会場を見て回っても、コピー本なら500円前後、製本されたものなら700円〜1200円くらいが相場になっていると感じた。そして、その値段で、ちゃんと売れている。そこも素晴らしい。
本が出来たら、次は宣伝である。ただ、文学フリマに持っていって、ブースに並べれば売れるというなら苦労はないが、とにかく、沢山のブースが並び、沢山の本が売られているわけで、やはり事前に知ってもらうのは、とても重要。もっとも、案外、通りすがりの方が買ってくださるケースも多くて、そこも文学フリマの面白さなのだけど、それに頼っていては、せっかく作った本が見逃されてしまう。
●Webカタログへの登録は重要
宣伝の最初は、文学フリマの公式サイトで用意されているWebカタログへの登録だろう。ブースの説明などは、出展申請時に書いたものが既にカタログに登録されている。ただ、そこには150文字しか書けないので、実際の本の宣伝は、別途、登録する必要がある。
本の情報については、長い文章が書けるし、表紙や中身などの写真も掲載できる。そこに、しっかりと書いておくだけでも、何人かの方がしっかりチェックしてくれたりするのだ。
このWebカタログがよくできている。文学フリマに行く前に、このカタログをチェックしておくだけで、自分が欲しい本が見つかる可能性をぐっと高めてくれるように作られているのだ。
まず、ブースが細かいカテゴリーに分けられているので、そこで、ユーザーは興味のあるカテゴリーのブースを見ていくことになる。このカテゴリーが一つあたり多くても300ブースくらいなので、ざっくりと見ながら、興味を引く本やブースがあれば「気になる」ボタンをチェックしていく。
一通り見終わったら、チェックしたブースだけを表示させたり、それらをリストにして印刷したりできるのだ。もちろん、ブース名やキーワードでの検索も可能。SNSで流れてきた気になるブースも検索してチェックすれば、簡単にリストアップできる。事前に、リストを作って持っていけば、欲しい本の買い逃しも少なくなるし、ブース番号などを覚えておく必要もない。
実際、会場ではスマホに表示させたリストを見ながら歩いている人がとても多く、筆者のブースでも、面識がない方々が、「あ、これこれ」という感じで本を手に取って、しばらく中身を確認したら「一冊ください」と買っていってくださった。
明らかに、カタログで知って、狙ってきて頂いたのだと思う。つまりカタログに詳しく、魅力的に情報を書いておくことは、宣伝としてとても有効。この仕組み自体、よく考えられていると思う。デジタル時代の集客ツールとして、「ギフトショー」などの大規模展示会に見習ってほしい。
SNSも、重要な宣伝ツールになる。多分、WebカタログやSNSがなかったら、筆者のような無名のブースには、通りすがりの方か、友人知人以外は来てもらえなかったと思う。
本を作る過程でのデジタル化と、本を売る過程でのインターネットという、デジタルのツールが揃ったところに、「文学フリマ」という、コミケほどには大規模ではない、その分、参加しやすい本作りのお祭りがあったというのが現在なのだろう。
SNSでいえば、今回筆者は「Books and Bites 本を読んだら食べたくなって」という本を作ったのだけど、その中に「アップルパイにはチーズがなければならない」といったことがアメリカの小説に書かれていたという話を書いている。
ただ、これがどの小説で読んだのか思い出せず、いくつかの小説に同じような文章で出てきたことだけは覚えていたので、そのことをSNSに投稿した。すると、すぐに答えが見つかり、さらに面白い付属情報まで出てきたので、それをまた投稿したら、ちょっとバズった。
なので、こういう話が入った本を文学フリマで売りますという投稿をしたら、「あのアップルパイの話が入った本ですよね」と言って、買っていってくれた方が数名いたのだ。そんなこともあるのが、今の自主出版事情だったりする。
SNSで話題になった本をAmazonで探すのも、文学フリマで見つけるのも、スマホの操作自体はほとんど同じで、あとは、自分のアンテナをどこに伸ばすかという問題で、本屋には売っていない本にも面白い本が沢山あるらしいというのも、ネットの普及が生んだ新しいマーケットだ。
さらに、文学フリマ前後に、自分の本を売るためのサービスが充実してきたのも、本を作るというハードルをかなり下げている。筆者も、DMによる直販以外に「BOOTH」と「BASE」の通販サービスを利用している。特に、PDFファイルを販売できるBOOTHは、自主出版をするものにとって、とてもありがたい。
昔風に言うところの版下は、PDFで作るのだから、少しの変更で、紙の本をデジタル化したのと同じPDF版の本は簡単に作れる。紙ではコスト的に難しいため白黒写真を掲載しているページをカラー写真に差し替えることもできる。そうやって、付加価値を付けつつ、PDFファイルを紙より少し安価で販売することで、本のプロモーションにもなるし、筆者のような老眼の人にも本を届けることができるわけだ。
しかも、紙の本と同じレイアウト、書体で読んでもらえる。モノとしての紙の本に価値を持たせたい自主出版のレーベル的には、プラットフォームやリーダーを選ぶ、フロー型の電子書籍よりもPDFで読んで貰う方が紙の本との一貫性がある。
本を印刷する前に、PDF版を買ってもらえると、採算が早く取れることにつながるし、どれくらい読者がいるのかの事前調査にもなる。文学フリマ以降は、在庫を引き続き販売できるというのもメリットだ。文学フリマで買ってくれた人が、SNSに感想を上げてくれることで、通販が動くことは当たり前にある。ありがたい話だ。
●作って売ってみて初めて分かること
こうして見ると、個人が紙の本を作って売るというのは、IT的というか、ほとんどDXだということが分かると思う。個人が本を作って売ることのハードルが、今やこれだけ下がっているというのは、多くの人に知ってほしいと思うのだ。とにかく、書きたいことがある人、昔書いた原稿がある人、なにより、雑誌やWebなどに山ほど原稿を書いているライターのみなさんは、自分の原稿を、編集して本にするという作業をやってみることをお勧めする。
作って売ってみると、本の正体が分かるし、出版社やメディアとのつき合い方も変わってくる。なにより、本を作ることはもちろん、自分の本を目の前で手に取ってもらって、パラパラと読んでいる姿を見守って、「1冊ください」と言ってもらえる喜びは、文章を書いている人なら、一度は体験しておくべきだと思う。
今回の文学フリマ用に作った私の本、「Books and Bites 本を読んだら食べたくなって」は、紙の書籍はAmazon、PDF版はBOOTHで販売中。江戸歌舞伎の作者鶴屋南北の戯曲を読みやすく小説形式にして復刻した文庫本「菊月千種の夕暎」は、書籍版をBOOTHとBASEで買えます。今の自主出版がどういう感じなのかのサンプルに、読んでみてください。
また、このようなムーブメントの只中で、「軽出版」という言葉を発明し実践している文芸評論家、仲俣暁生氏の「もなかと羊羹」は、自分で本を作ることの意義と運動について書かれた、現代の手引書です。自主出版に興味がある方は、是非、こちらも手に取ってみてください。BOOTHとBASEで購入できます。
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