野村総合研究所の定義としては、純金融資産額が5億円以上の世帯が「超富裕層」とされているが、2021年に行われた調査の結果では9万世帯と意外に多い。にもかかわらず、その実態はあまり知られていない。
超富裕層たちは、閉塞感の漂う今の世の中とは無縁の、驚くべき生活を送っているという……。何でもお金で解決できそうな彼らだが、実は我々庶民と似た悩みを抱えているそうだ。
今回は、そんな彼らの悩みについて、国内外の超富裕層向けに執事やメイドのサービスを提供する、日本バトラー&コンシェルジュ株式会社 代表取締役社長の新井直之さんに話を聞いた。
◆食事は意外と質素だが「納豆は1パック500円」「米や卵は専用農場で作らせる」
「超富裕層の一番の関心事かつ悩みは3つあり、健康、お金、教育です」と新井さんは語る。
健康といえば、気になるのは彼らの食生活だ。朝は豪華な料理が食卓に並び、昼や夜はおしゃれなレストランでフルコースを楽しむ……そんなイメージがあるが、実際はどうか。
「人によって違います。味覚は幼少期に形成される部分が大きいらしくて、一代目で財を築いた場合は『お金持ちになってから良いものを食べるようになったけど、やっぱり俺は吉野家とマクドナルドが好きだな』とぼやく方が多いですよ。会食の時はそうもいかないので、いいレストランに行きますけどね。
あとは、自分だけで食べる時は納豆とご飯と卵、という方も意外といらっしゃいます」
スーパーでよく見かける3パック100円の納豆を思い浮かべ、親近感がわいた方もいるだろう。しかし「同じ納豆でも、我々が食べているようなものより10倍以上の値段はします」と新井さんは苦笑いする。
「納豆は、長い時間をかけて発酵させたもので、1パック500円くらい。お米や卵は専用農場で作らせて、生産者の顔が見えるものを食べていますね」
そこまでして普段の食事を質素にする理由は「フルコースばかり食べていると健康に悪いから」だという。
◆「アンチエイジングの注射に1000万円」日本では認可が下りていない医療を求めて海外へ
彼らの健康やアンチエイジングへの意欲はすごく、とんでもない金額を使うそうだ。
「骨髄由来間葉系幹細胞の技術を使った、1本1000万するアンチエイジングの点滴があります。これを受けるためだけに、海外のクリニックに行かれた方もいらっしゃいました。このように日本で認可のおりていない治療を、海外で受けるという方は多いですね。病気をしてしまった時に、日本ではできない幹細胞などを使った治療を海外でされた方もいます」
ビジネスで忙しそうな彼らだが、そのような情報はどうやって仕入れるのだろうか。
「それは主に執事の役目です。かつて、あるお客様から『家族が脳梗塞になって、半身不随になってしまったから、世界中の医療を使ってなんとかしてくれ』と頼まれた時には、文献を調べて、知り合いを頼って、なんとか有名な先生にアポイントを取りました」
海外で、しかも有名な先生の手術を受けるとなると、かなりの金額がかかりそうだが……。
「その方は治療に5000万円ほどかかりましたが、価値とリターンを考えれば『5000万円は安いよね。健康には代えられないし』と仰っていました。特に生命がかかっている時は、お金は払える人たちなので、金額は関係ないと考えるみたいです」
お金は払える人たちなのに「一番の悩みは健康、お金、教育」だ。お金について悩むとは、どういうことなのだろうか。
◆プレゼントのマウント合戦、上がり続ける相場……
「お金の悩みは、主に節税です。『ケイマン諸島なら税金が優遇される』と聞いたら、そこに会社を移す話を税理士とします。今はドバイが多いですね。少し前のガーシー(本名・東谷義和)氏もしかりですが、税金が安いというのと、所得税や法人税が優遇されているので、ドバイに会社を移す方も増えました」
節税で悩むとは程度の差はあれ、我々と悩みが似ているではないか。しかし、お金持ち特有の悩みもあるのだという。
「たとえば、100万円する新作のブレスレットが出て『そういえば、あそこの娘の誕生日だったな』と、購入してプレゼントするとします。そうすると、もらった側も何かお返しをしなくてはならない。
そこで、プレゼントのマウント合戦が始まるんです。80万円のネックレスを返されると『私は100万円のものをあげたのに、向こうは80万円で返してくるわけ!?』と、関係が悪くなってしまうんですよ」
なので「60万円のコートをもらったから、80万円のマフラーでお返ししよう」と、どんどん値段がつり上がっていくのだとか……。
「あとはお土産のマウント合戦もあります。パリのお土産で珍しいワインを友人にあげたら、相手からは今はもう手に入らなくない何十年物のブランデーを渡されて『負けた!』と悔しがるお客様もいらっしゃいました」
プレゼントやお土産に勝ち負けもない気がするが、新井さんは「超富裕層は負けず嫌いな方が多いので、特にこのマウントが起きやすいのかもしれません」と分析する。
これ以外にも、超富裕層には「絶対に負けられない戦い」があると新井さんは語る。
◆名門校に入るための“お受験”戦争。執事が面接官役に
「事業の承継やお金を守るためには、それなりの頭の良さや自制心の他にも、人間性が必要になります。お金は諸刃の剣で、悪いことにも使うことができるので。お金を持ちすぎているが故に、自滅してしまう二代目を何人も見てきました。
だからこそ超富裕層は、自分の子どもを、大学受験に合格させるための学校よりも、“人間教育”をしてくれるような、名門小学校に入れたがります。東京では御三家と呼ばれる、慶應義塾幼稚舎、学習院初等科、青山学院初等部あたりが人気ですね。これらの学校では、素直さや思いやりを持つ、人間性を育てることに力を入れているので。入るためには小学校受験、いわゆる“お受験”が必要になります」
有名校は競争もすごそうだ。寄付金を使って裏口入学はできないのだろうか?
「名門校ほど、事前の寄付を断ります。学校へ『寄付金を入れたいんです』と問い合わせると『ちなみにお子さんはいらっしゃいますか?』と聞かれて、年齢とともに答えると『うちを受験されます?』と続いて、『はい』と言うと『お断りします』と。入ってからは、いくらでも寄付できますけどね。
なので、お受験のために我々執事も先生を探して、必死で受験対策をします。ある程度の面接突破力が必要なので、執事たちが模擬面接官になりきって練習することもありますよ」
しかし、どれだけ対策をしたからと言って、必ずしも受けるわけではないのが受験である。だからこそ、教育に頭を悩ませる超富裕層は多いのだという。
「合格できてもゴールではなくて、やっとスタートラインに立ったわけです。学校での人脈づくりもあるし、卒業後は事業とお金を守っていかなくてはなりませんからね。まだまだ教育の悩みは続いていきますよ」
——超富裕層の悩みである、健康、お金、教育。程度の差はもちろんあるが、我々庶民の悩みと近いように思えるのは気のせいか。意外とどの層も、悩みの本質は似ているのかもしれない。
<取材・文/綾部まと>
―[超富裕層の生活]―
【綾部まと】
ライター、作家。主に金融や恋愛について執筆。メガバンク法人営業・経済メディアで働いた経験から、金融女子の観点で記事を寄稿。趣味はサウナ。X(旧Twitter):@yel_ranunculus、note:@happymother