伊藤華英の For Your Smile 〜 女性アスリートの未来のために
中村美里 スペシャル対談(後編)
インタビュー前編はこちら>>
元競泳選手の伊藤華英さんと、柔道家の中村美里さんの対談前編では高校時代のコンディショニングの課題、とくに減量と生理について語り合った。対談後編ではさらに生理がもたらすスポーツにおける意外な課題についても言及した。
【経血を気にしながら練習】
――大事な大会に生理が重なったり、生理の影響でコンディション不良になったりしたことはありますか。
伊藤 北京オリンピックのときなのですが、大会本番に生理が重なっていたので、それをずらそうとして中用量ピルを服用しました。そうしたらその副反応で体重が4〜5kg増えてしまって......。それ以外でも要因はさまざまありましたが、本番では思うような結果を出すことができませんでした。だったらピルを飲むべきじゃなかったなと後悔はしましたが、意外とアスリートって前を向く傾向があるんですよね。次に向かって頑張ろうと。だから自分の決断を恨むことはなかったですね。
|
|
中村 前向きになれない人もいると思いますよ(笑)。
伊藤 結果を出せなかったのは生理が大きな理由だったのに、生理のことを真剣に考えてこなかったのが、失敗の原因だったかなと思います。ちゃんと生理のことを考えて、対策をして臨むべきでした。ただ、当時は生理のせいという気持ちはあまりなかったですね。
中村 私もあまり生理は気にしていなかったです。生理が重なってもいいと思っていました。それがあったとしても、負けたら自分のせいという考えでした。生理を言い訳にはせず、そこは個人的な体調管理の問題という認識でした。
伊藤 風邪をひかないというのと同じで、体調管理をしっかり行なうことが大切ですね。
――風邪にもそれぞれ症状がありますが、生理の症状も人それぞれですよね。
|
|
中村 同じ女性でも症状まではわかりませんね。
伊藤 そうですね。「私はこんなにしんどいんです」という話もした記憶はないです。その指標があったとしても、当時はそれを知っている人も周りにはいませんでした。
中村 私は経血の量が多かったと思いますが、その基準はわかりませんでした。何か調べたり、学んだりすることもなかったですね。特に柔道は白い柔道衣を着るので、経血が漏れることを気にしながら練習をしていました。練習中にトイレに行きたいと思っても、「トレイに行ってきます」と言わないといけなかったので、実際に何回もトイレに行っていたら、「何回行ってるんだ」と怒られるかなと思っていました。
伊藤 私も練習中は「トイレに行きます」と言わないと行くことができなかったので、それは言っていました。ただ練習がきついと、トイレを理由にさぼっているように見えちゃいますよね。
中村 そうですね。練習の合間に給水の休憩があるのに、なんでわざわざ練習の時間帯にトイレ行くの、という雰囲気はありました。でも、生理のときはいつ血が出てくるのかわからないし、漏れたかもしれない、というタイミングでトイレに行きたいので。
|
|
伊藤 そこはコントロールできないですからね。それから若い子が初経で漏れたりしたらかわいそうですよね。試合中に生理が来たという話も聞いたりしますし。
中村 それが恥ずかしくて柔道をやめちゃうこともあったりします。
伊藤 突然のできごとで、先生もびっくりしちゃいますよね。
中村 男性の先生だとおそらく漏れていることをすぐには指摘できないでしょうし、対応もできないと思うんですよ。何もわからない男の子に「汚れてるよ」と言われたら、ショックだと思うんですよね。男女問わずみんなが生理とはどんなことなのかを知って、男の子であれば、「汚れているよ」ということを本人にではなく、別の女の子に伝えて、その子から伝えてもらうとか、そういう配慮みたいなものができれば、もっといい環境になるんじゃないかと思います。
伊藤 柔道衣は厚いので経血がつくとなかなか洗濯機で落ちないんじゃないですか。
中村 そうです。洗濯機だと落ちない場合があるので、手洗いしたり、場合によっては漂白剤を使ったりしますね。青の柔道衣もありますが、私が習っていたところは練習では白だけでしたので、経血が漏れると明らかに目立ってしまいました。試合では大学生から青も着るようになっていましたが、試合でも気になることはありましたね。
――それはやはりパフォーマンスに影響してくるのでしょうか。
中村 個人差はあると思いますが、漏れているかもと思ったら、違うところに集中力が向いてしまうので、影響はあると思います。柔道衣の色を変えるという意見もあったりしますが、柔道の伝統もありますし、どこまでの範囲なら問題ないのか、それは難しい問題ですので、違う面での対策が必要かなと思います。漏れないようなインナーを着用するとか......。競泳はもっと大変なんじゃないですか。
伊藤 漏れていたら、周りの女子選手が気づいたりして、水で流してくれたりしました。ときには男子選手も一緒に流してくれることがありました。
中村 その状況を恥ずかしいと思う人もいるんですよね。
伊藤 恥ずかしいと思う選手もいると思いますが、ときどき見る光景という感じでしたね。競泳は男子選手も一緒に練習をするので、男子もそういう状況を見たことはあると思います。
――中村さんの高校時代は、生理の課題について相談できる環境だったのでしょうか。
中村 高校のときは先生が男性だったんですが、生理についても理解のある方でオープンに話ができていました。私の通っていた高校は恵まれていたんだなとあらためて思っています。
伊藤 男性の先生と生理のことで話ができるのは、すごくいい環境ですね。先生がしっかりとした知識を持ってくれていたら、生理に関する病気のリスクを減らせますよね。漏れる対策以外にも、状況を把握したうえで、病院を勧めてくれたりしてくれるんじゃないかと思います。そういう人が増えることが望ましいですね。
【水泳は習い事として人気】
――少子化もあって、競技人口の減少が叫ばれているスポーツもあります。柔道もそのひとつです。若年層での競技人口減少には、どんな要因があると思いますか。
中村 少子化が大きな理由のひとつですが、柔道に関して言うと、これまではオリンピックで活躍すると、それを見た子供たちが柔道をやりたいと入ってくることが多かったんです。でも、その相関関係がなくなってきたという話も聞いています。
柔道選手にあこがれをもって自発的にやりたいと言ってもらえるといいんですが、今は親がやらせたいと思うようなスポーツじゃないと始められないのかなと思います。最近では柔道の指導現場でのネガティブな情報もありますが、そういうのはごく一部なんです。それで親が柔道を子供にやらせたくないと思うのは、とてももったいないと思います。柔道にはいいところが本当にたくさんあるので、練習環境におけるネガティブなイメージを徹底的に払しょくしていかなくてはいけないと思います。
伊藤 そうですね。私は以前に、全日本柔道連盟ブランディング戦略推進特別委員会副委員長をやっていたことがありますが、そのときに感じたのは、柔道家は一生続くということです。柔道という言葉どおり「道」という考え方があって、柔道を通して人生を学ぶみたいな感覚があることをすごく感じました。
中村 私も柔道家ですので、それは一生続けていきます。
伊藤 水泳は少子化のなかにあっても習い事としての人気が高いですね。今は勉強の成績を上げるために水泳をやらせるなど、運動がひとつのツールになってきていると感じています。それから競技で大成するよりも、スポーツは楽しむことに価値があるという考え方に少しずつシフトしていると感じます。スポーツ界に関わる人たちは、オリンピックでメダルを目指すことだけを目的にするのではなく、同時にスポーツを楽しむ人を増やしていく、そんなすそ野を広げることも目指していくことが大切ですね。
――水泳は多くの方が体験したことがあると思いますが、柔道には接点がなかった方もいるかと思います。柔道にはどんな魅力がありますか。
中村 試合のことはいったん置いておいて、できなかったことができるようになることですね。自分が小さいころはあまり柔道っぽいことをしていなくて、体の動き方を覚えていくことが多かったです。練習時間の半分くらいは体づくりをやっていて、残りが柔道の練習。体力づくりにもいろんな種類があって、それが結構楽しいんです。最初はできないけど、毎週やっていくうちに、できない動きができるようになったりするのが面白いですね。
――柔道で技が決まったときには気持ちいいという感覚はあるんですか。
中村 それは気持ちいいですね(笑)。相手の力を利用すると、力を入れなくても投げられるので、「やったー、楽しいー」と思いますね。それが決まったときには、練習中でも誰か今の見ていなかったかなと思うことはありました(笑)。
――最後になりますが、あらためて、多くの人たちがより楽しくスポーツに励むためには、どんなことが必要でしょうか。
伊藤 まだスポーツ界は男性社会で、役員も指導者も多くは男性という事実がありますので、物事を変えていくためには男性も知識を持っていくことが大切だと思います。それは、女性の社会進出という課題にも結びつきます。生理の課題を入り口にして、みんなで社会をよくしていこうというモチベーションを持てるといいのかなと思います。他人事ではなくて、自分事として、生理の課題だけではなく、いろんな社会課題に大人が取り組んでいければ、よりいいのかなと思います。
中村 生理の課題については女性だけの問題じゃなくて、みんなで知っていくこと、それを当たり前にしていくことが大事かなと思います。そうすれば、スポーツはもっとやりやすくなると思いますし、特に柔道では、ズボンが汚れちゃっても、「あっ、生理なんだ、取り替えてきな」くらいの当たり前のやりとりができれば、恥ずかしい思いをする人が少なくなりますし、お腹が痛いのに無理やり練習をやらせることもなくなると思います。知ることでスポーツがやりやすくなったり、環境がよくなったりするのかなと思います。
【Profile】
伊藤華英(いとう・はなえ)
1985年1月18日生まれ、埼玉県出身。元競泳選手。2000年、15歳で日本選手権に出場。2006年に200m背泳ぎで日本新、2008年に100m背泳ぎでも日本新を樹立した。同年の北京五輪に出場し、100m背泳ぎで8位入賞。続くロンドン五輪では自由形の選手として出場し、400mと800mのリレーでともに入賞した。2012年10月に現役を引退。その後、早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ科学研究科に通い、順天堂大学大学院スポーツ健康科学部博士号を取得した。
中村美里(なかむら・みさと)
1989年4月28日生まれ、東京都出身。柔道家。小学3年生時代から柔道を始め、高校1年時に48kg級でシニアの国際大会で優勝する。高校3年時に52kg級に上げてシニア大会で日本一に。2008年の北京五輪に出場し、銅メダルを獲得する。2012年のロンドン五輪にも出場を果たし、2016年のリオ五輪では再び銅メダルを獲得。また、世界選手権では3度金メダルに輝く。現在は国内外で柔道の指導・普及に携わり、全日本柔道連盟女子柔道振興委員会委員長も務める。