一連の不祥事で、70社以上の企業がCM提供を停止する事態に追い込まれたフジテレビ。
【画像】意外と知られていない? サンケイビルが開発を手掛けたホテル外観
中居正広氏を巡るトラブルとフジテレビ社員の関与疑惑が連日報道され、1月27日から28日未明まで続いた会見ではフジテレビの会長と社長がそれぞれ引責辞任したことを明らかにした。
限定公開となった第一弾の記者会見や社内向け説明会など、火に油を注ぐ形で終わりの見えない炎上を続けているフジテレビ。
しかし、高まる「社会感情」とは裏腹に、フジ・メディア・ホールディングス(HD)の株価は炎上以来の7営業日で23%(記事執筆時点)も急上昇している。
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その背景には、ある「投資家心理」の存在も見え隠れする。
●割安感と資産価値
投資家はなぜ炎上を受けてフジ・メディアHDの株を買っているのだろうか。その背景を理解するには、同社のPBR(株価純資産倍率)が「0.47倍」(記事執筆時点)であることを理解する必要がある。
PBRとは、株価を1株当たり純資産(BPS)で割った指標である。この指標が1倍を下回ることは、その企業の解散価値(清算価値)以下で評価されていることを意味する。
極端な例を挙げれば、「1億円の預金がある会社が4700万円で売りに出ている」ようなものだ。
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もしフジ・メディアHDが本日、直ちに会社を清算すれば、投資家は投資額の2倍以上の精算を得られるということになる。これが足元の株価の「割安感」を際立たせ、投資家の買いを誘発する。
だが、そのような低いPBRで放置されるにも理由がある。
一般に、自己資本をうまく活用できない会社は低いPBRとなる。例えば、いくら預金が多くても、その預金を使って収益を生み出す力がなければ、従業員などの人件費やその他の固定費で預金が年々減り、預金が減っているのに、年々PBRが上がってしまう。
近いうちに会社を清算するならよいが、そうでない場合は清算された際に受けられる分配の期待値が下がるため、PBRが1倍を下回っても買い手がつかないことが起こるのだ。日本では労働基準法による解雇規制が強いため、欧米に比べてもPBR1倍割れ企業が多いという特徴もある。
日本の株式市場では、プロの投資家や何兆円もの資金を運用するファンドが持てる力を尽くして銘柄のリサーチを行っている。そんなプロが「PBR1倍割れ」銘柄に食いつかないということは、それなりのリスクがあると判断されたからにほかならないのだ。
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●カギは「不動産」の評価?
それでもフジ・メディアHDの株価が上昇した背景には、同社が注目を浴びる中で同社の割安性が同時に注目された可能性がある。
中でも、同社の不動産事業に対する評価がそのカギを握っているのではないだろうか。
2024年度の決算情報を確認すると、同社のテレビ局が含まれる「メディア・コンテンツ事業」は157億円の利益であるのに対し、傘下のサンケイビルなどで構成される「都市開発・観光事業」は195億円だった。不動産関連事業がテレビ局の利益を大幅に上回っている。
そして、投資家はこの点に目をつけてフジテレビに投資したと考えられる。
フジテレビとジャニーズ事務所のような無形資産に依存するビジネスモデルと大きくと異なる点は、実物資産の有無であろう。土地やビルのような有形資産の価値を計算するにあたって、「所有者がどんな不祥事をしたか」という点や「社会的なイメージがどうなっているか」は関係ない。
また、PBR0.47倍が過小評価されている可能性についても考慮している可能性がある。というのも、PBRはあくまで簿価ベースであり、「含み益」はPBRの計算から除外されるためだ。
日本の不動産市場をめぐっては、東京オリンピックが閉会してからというもの、インフレの流れを受けて不動産の価値は高まっている。フジテレビの保有する経団連ビルやJAビルといった一等地の不動産は足元でも含み益を伸ばし続けているとみられ、実質的なPBRは0.47倍よりもさらに低い水準となり、割安投資の原則にかなうといえそうだ。
●「TBSビデオ問題」でもTBSは潰れなかった
フジ・メディアHDの株を買う投資家の心理として、ベンチマークとなる不祥事が「TBSビデオ問題」の事例だろう。
1995年に発覚した「TBSビデオ問題」は、オウム真理教の問題をめぐり、同社のワイドショー番組のスタッフの行動がきっかけとなり、弁護士家族3人が殺害されるという放送局の信頼性に関わる重大な不祥事だった。
当時のニュースキャスターである筑紫哲也氏が「TBSは今日、死んだに等しいと思う」と述べた場面はテレビ史に残るカットとして覚えている者も少なくないだろう。
しかし、TBSは「死ななかった」。信頼を取り戻すため、経営基盤を立て直し放送事業を継続した。テレビの広告収益だけでなく、赤坂エリアの不動産事業が企業価値を下支えしたことも追い風となったことだろう。結果として、TBSは2024年3月期において過去最高益を更新するに至った。
事案の性質が異なるため単純比較はできないが、少なくとも3人の殺害という極めて重大な犯罪の機会を与えてしまったTBSですら、それが原因で取りつぶされることもなく、同社が持つ有形資産と安定した収益基盤によって存続可能性を高めたのだ。そんな過去のベンチマークがあるからこそ、投資家はフジ・メディアHDの株を安心すらして買っているのかもしれない。
万が一、今回の件がきっかけでフジ・メディアHDが事業継続できなくなるにしても、低いPBRで買った投資家は清算に伴う分配で利益を得る可能性が高い。どちらに転んでも「ここまできたら、株価はこれ以下に下がりようがない」状況にまで達したと見なされたのではないか。
●ガバナンス軽視のツケは国民に
フジ・メディアHDの株価上昇は、不祥事という社会的非難の渦中にあっても、市場が収益性や資産価値だけを冷徹に評価する現実を浮き彫りにしている。
しかし、この風潮がより鮮明になれば、大企業は不動産などの安定資産を事業ポートフォリオに組み込むことで、ガバナンスや透明性の確保という社会的使命を軽視しても生き残れることになる。そんな「ハック」が主流になる社会では、国際社会から見放され市場としての魅力は落ちるだろう。
ガバナンスが軽視されてしまえば、最終的にはそのツケを国民が支払う可能性がある点も忘れてはならない。それは、ビッグモーターの不祥事が原因で自動車保険の保険料率が実態よりも割高となっていた事例などからも確認できる教訓である。
フジ・メディアHDが社会的信頼を回復するには、資産価値や割安感に頼るだけでは不十分だ。不祥事の原因究明と透明性を高める改革が求められる。それなくして今回の株価上昇は「長期的な企業価値向上」につながらないだろう。
●筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO
1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手掛けたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレースを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務などを手掛ける。
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