異国で銃を突き付けられ「持ち金を全額出すか、売春婦として働くか、死ぬかを選べ」と迫られた女性の“思いも寄らない行動”とは

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2025年02月25日 16:01  日刊SPA!

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一宮宜枝さん
2023年4月1日に「こども家庭庁」が発足し、子ども主体の社会づくりへの機運が高まっている昨今、子どもの権利を尊重する上で、世界的に注目されているのが「アドボケイト(代弁者)」という考え方だ。
家庭や学校などで、さまざまな問題を抱え、どこにも発することができなかった子どもたちの“SOS”。そんな子どもたちが言葉にできなかった“想い”を、アドボケイトが子どもの立場になって代弁することで、その子どもにとって最善の利益を導き出すことができるというものである。

そんなアドボケイトの重要性を語ってくれたのは、児童発達支援・不登校児支援を行う合同会社 KEYZ代表の一宮宜枝さんだ。

◆統合失調症の母にコントロールされ続けた幼少期

「私の母は、妊娠と出産を機に統合失調症を発症したんです。3歳で両親が離婚してからは、母子家庭で私と兄を育てました。ですが、母の精神状態には波があり、突然家を出て、どこに行ったかわからないまま3日後にフラッと帰ってくるということも日常茶飯事でした。また私の何気ない言動ですぐに激昂したり、精神的に落ち込んだりすることも多く、常に母の顔色を伺い、とにかく母を不安にさせないようにという一心で生活していました」(一宮宜枝さん、以下同)

統合失調症でよく知られる症状として、幻覚や幻聴、誰かに監視されている、誰かに悪口を言われている、いやがらせを受けているというような被害妄想が挙げられるが、一宮さんの母もまさにその症状に悩まされていたという。

「被害妄想により、私が見るテレビや、読む本、遊ぶ友達の選別だけでなく、土日の時間は全て母と一緒にいることを強いられるなどの制限が常にありました。見えないものを『見えない』というと怒られ、見えるフリをして合わせなくてはならなかったのも大変でした。そんな状態なので、悩みどころか自分の気持ちすら母に聞いてもらったことはありません」

母親と子どもの立場が逆転した“普通”とは違う親子関係で育った一宮さんだが、大きな転機が訪れる。イギリスへの海外留学だ。

◆初めて主体性を問われた、イギリスでの生活

一宮さんの母には「娘をCAにしたい」という夢があった。そのため、一宮さんは英語に強い高校に入学。そして、17歳の時に母から一年間イギリスに留学しろと命じられたそうだ。

「もともと英語もやりたかったわけではなかったので、最初は行きたくないと母に言いました。でも、『お前に選ぶ権利はない』と、母は一人で勝手に留学手続きを進めてしまい……。一方、まともに機能していない家庭だったということもあり、私の兄は万引きや未成年での喫煙などの非行に走っていて。それでも母は兄を溺愛していました。なのに私には、バイト代で留学費用を捻出しろと指示する始末。『留学させることで、厄介払いをされているのではないか?』と当時はとても傷つきました」

どんなに認めてもらいたくて頑張っても、投げつけられる言葉は罵詈雑言ばかり。深い傷を心に負いながら留学したイギリスでは、苛烈な日本人差別が待ち受けていたという。

「日本人というだけで、物を盗られたり、悪口を言われたりといういじめがはじまったんです。帰りたくても帰ることができない辛い日々でしたが、ホームステイ先のホストマザーが私の異常に気づき、話を聞いてくれました。そして私に『まず、あなたはどうしたい?』と問いかけてくれたのですが、正直とても戸惑いました。尊重してもらったことがないので、これまで自分のために考えて行動することを知らなかったわけですから」

イギリスでは、家庭でも学校でも常に自分が「何を選択するのか?」という「主体性」が求められる。母の顔色を伺い、自分の人生を生きていなかった一宮さんにとっては、大きな衝撃だっただろう。

◆初めて提示された自己責任が伴う“自由”

「ホストマザーから『あなたに主張する権利がある。だから自分で選んで、自分で動くしかない』と言われ、最初は冷たいと思いました。ただ、『これを選択した場合のデメリットはこうだよ』と選択肢に伴うリスクを説明してくれたうえで、自己責任で自由で選んでいいよという考え方を示してもらった時、すごく解放感を感じました」

ホストマザーとの対話を経て、たどり着いたのは“いじめに対抗し得る英語のスキルを磨くこと”だった。英語力が高まり、悪口の内容がわかったことで、反論できるようになった一宮さんに対し、いじめていたクラスメイトたちの反応が変わり始めたという。

「自己主張できるようになって以降は周りが認めてくれるようになり、親友もできました。イギリスは、誰しも自己肯定感が高く、みんな自分に自信があるんです。日本だと、マジョリティーから外れることを極端に怖がりますが、イギリスでは人と違っても自信が損なわれることはありません。自分という個人が確立されているからこそ、違った価値観を受け入れることにも柔軟で寛容なのだと思います」

◆究極の三択を強いられた、東南アジア一人旅

一年間のイギリス留学を経て、価値観が変わり、大学生になった一宮さんは、東南アジアをバックパッカーとして一人で旅することを決意した。当然、母は大反対したがその反対を押し切って、日本を飛び出した。それが、一宮さんが生まれて初めて母に対して行った反抗だった。

「ドキュメンタリーで見るような飢餓に苦しむ子どもや、ストリートチルドレンが本当にいるのか東南アジアの貧困の現状をこの目で確かめたくて。シンガポールに住む父に会うための道すがら、バイトで貯めたお金を元手に色々な国を旅することにしました」

そしてタイからマレーシアの国境を越える際に乗った夜行バスで、事件は起こった。

「色々な人種の方がバスに乗っていましたが、夜中の2時ぐらいに突然『お前だけ降りろ』と言われ、タイ南部で降ろされたんです。その後、自家用車に乗せられて着いたのは売春街。車の外には、銃を持った5人ほどのタイ人がいて、『持ち金を全額出すか、売春婦として働くか、死ぬかを選べ』と言われました」

誰しもが死を覚悟する絶体絶命のピンチに対し、一宮さんは思いも寄らない行動を選択した。

「どうせ死ぬなら好きなことを言って死のうと思って、『お金は全部くれてやるから、絶対マレーシアに連れてけよ!』って怒鳴ってやりました。大人しい印象が強い日本人がキレた意外性もあってか、多分面倒だと思われたんでしょうね。お金は全部とられましたが、マレーシアの国境まで連れていってくれましたし、紆余曲折あって、父とも無事に会うことができました」

運が良かったと言えば、確かにそうだが、命懸けの瞬間でも、自らの意思で選択することを諦めなかったことが、その結果を導いたといっても過言ではないだろう。

◆日本では家庭内の問題がすべて“親のせい”になってしまう

どんなに悩んでも、自分の人生をどうにかできるのは自分だけだ。しかし、日本の教育や価値観では「主体性を伴った選択へのハードル」は、まだまだ高いと一宮さんは言う。

「日本に帰国してからは、ソーシャルワーカーとして様々な問題を抱えるお子さんや親たちと関わってきました。ですが、子どもにとって重要な選択をする場面でも、大人だけで会議するのが常。子どもの意思を重要視しない、コントロールしやすい教育のあり方に違和感を抱いていました。『子どもに権利を持たせるとわがままになる』という教育者も少なくありません。でも、現場で耳を傾けると、かつて私が経験した不満や窮屈さと同様の感情を持っている子どもの声が多く上がっていたんです」

一宮さんは、自ら事業所を立ち上げ、“対話”を最重要視する子どもとの向き合い方を提唱し続けている。

「日本では、家庭内の問題が議題として上がると、親のせいという論調になりがちです。イギリスだと、引きこもりや不登校も、個人の選択として本人が決めたことだからというように、親だけの責任という捉え方にはなりません」

もちろん怠惰に生きることを推奨しているわけではない。子どもが何かを選択する時に、リスクを説明する義務は大人にあるが、「決まっていることだからやりなさい」という言い方になってしまうことが多いだろう。

「親側がそういった強い言い方をするのは、『親が全てを子どもに与え、導いていかなければならない』という日本独自の苦しい考え方がベースにあるからだと思います。例えば、会社の上司や部下には『なぜこの作業が必要か?』と説明し、互いの認識を確認するのは当たり前なのに、対子どもとなると、その説明を怠ってしまうことが当たり前になる。なぜかと言うと、子育てをしている親側も、トップダウンの教育や子育てを受けてきたからで、そのやり方しか知らないから。子どもの権利を尊重してこなかった日本教育のツケが回ってきていると感じます」

◆対話によって育つ、子どもの自己肯定感

年齢や理解度に応じた方法で説明を受ける子どもの権利は、ユニセフで定められた「子どもの権利条約」の4原則の一つである「子どもの最善の利益」を導き出す上でも、必要不可欠だといえる。

「私の事業所に来ていたすぐに他害していたお子さんも、『なぜ嫌だったの?』とまず対話を基盤とした傾聴される経験を積み重ねてもらいます。それにより、人に対するアクションの最初の選択肢として、他害がなくなります。そして、まず相手の話を聞くと言う選択肢が真っ先にくるようになって。親にされたことをそのまま人にしてしまうのが子どもです。自分の意見を聞いてもらわないと、相手の意見を聞く発想に至らないのは当たり前。聞いてもらう環境で育てば、友人の話も自然と聞けるようになるもの。自己肯定感やコミュニケーション能力も育ち、対人トラブルなども少ない子どもに変化していく傾向にあります」

統合失調症を患う母により、ある意味特殊な子ども時代を過ごした一宮さんだからこそ、未就学時からの自己選択、自己主張の機会の重要性を強く実感しているという。

「大人側も権利を守られずに育ったからこそ、子どもの権利を守る方にベクトルが向かないのは仕方がない部分もあると思います。だからこそ、学校や家庭で子どもアドボケイトの重要性を多くの方に知っていただき、子どもの主体性や自己主張力が育っていく環境を意識していくことが大切です。対話をベースに子どもと共に答えを導き出すことで、『子どもの全てを親がコントロールしなくては』という親側の呪縛からの解放にも繋がり、親と子の双方に良い影響を与えることができると考えています」

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誰かに尊重された人は、誰かのことも尊重する大人になり得るだろう。子どもの声を尊重し、権利を守ることは、日本という社会をより良くするために必要な条件なのかもしれない。

<取材・文/SALLiA>

【SALLiA】
歌手・音楽家・仏像オタクニスト・ライター。「イデア」でUSEN1位を獲得。初著『生きるのが苦しいなら』(キラジェンヌ株式)は紀伊國屋総合ランキング3位を獲得。日刊ゲンダイ、日刊SPA!などで執筆も行い、自身もタレントとして幅広く活動している

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  • 権利を主張して良いと教えるならその代わりに義務も果たせとも教えて欲しい。
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