「うちの会社、デジタル化は進んだけど、肝心のトランスフォーメーション(変革)はできたのだろうか?」
こんな疑問を持っているなら、「DXアオリ虫」があなたの職場に忍び込んでいる可能性が高い。DXアオリ虫が職場に現れると、デジタル人材教育などが熱心に行われたり、「ペーパーレス化」というスローガンのもとで様々な業務のデジタル化が検討されたりする。
またたく間に社内のあちこちで繁殖し、あっという間に経営方針にまでキラキラとしたDXの文字が躍るようになり、「DX推進室」のような部署ができることもある。
こうした部署がさらにDXアオリ虫を増殖させ、社内を混乱に陥らせることが報告されている。
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DXアオリ虫の多くは業務のデジタル化(D)を得意としている。だが、実務経験に乏しく、肝心の変革(X)は苦手だ。「DX研修」と称した社員教育プログラムに変革(X)の要素が入っていないケースも多い。
「まぬけ」という言葉を広辞苑で調べると「することにぬかりがあること」とある。変革の要素がないDX研修は「まぬけなDX」を職場に広め、デジタル化=DXとの勘違いを蔓延させる。
●コンサルやIT会社にとっては「益虫」
やっかいなのは、DXアオリ虫はフィジカル(物理)空間のみならず、ネットやeメール、SNS、ビデオ会議などのサイバー空間を通じても職場に侵入するため、防御が極めて困難なところだ。
この事態を何とかしようと、社外のIT会社やコンサルティング会社から知識と経験の豊かな専門家を招くと、事態はさらに深刻になる。なぜなら、これらの専門家たちこそ、DXアオリ虫の親玉、もしくは先兵隊、もしくは女王バチならぬ「女王DXアオリ虫」だからだ。
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これらの虫が現場にヒアリングをしてデジタル化を提案・推進していくが、ここに大きな落とし穴がある。
もし、現在の仕事の進め方が部分最適だったら、デジタル化したことで部分最適な進め方が今後何年も固定化され、肝心の変革を妨げる障害とさえなりうる。
しかも、このような取り組みが成功事例として「DXフォーラム」などと称したイベントやメディアで紹介されると、変革そっちのけのまぬけなDXが世の中にさらに広がっていく。
IT・コンサル会社に支払われたお金は、本来はその会社の従業員の給料やボーナス、または株主還元への原資となるはずのものだ。まぬけなDXを導入した対価として社外に流出してしまうのは、あまりに悲しい。
●[退治方法]「チェンジ・ザ・ルール」
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DXアオリ虫はIT・コンサル会社にとっては莫大な利益をもたらす「益虫」だが、残念ながら、その他の会社では多くの場合、「害虫」となってしまっている。本来、デジタルを活用して経営のあり方を変革していくことは必要なことだ。つまり、そもそもDXアオリ虫はすべての会社にとって益虫であるべきなのだ。そのため、単純に退治・駆除するのではなく、益虫に変容させる知恵が必要になってくる。
そのための特効薬が、部分最適を全体最適に変える「チェンジ・ザ・ルール」と呼ばれる手法だ。それには、次の2つの問いを考えてみるとよい。
1 「見える化すべきは、個々の効率か? 全体の制約か?」
2 「変えられない過去、変えられる未来、どちらに集中すべきか?」
全世界で1000万人が読んだベストセラー『ザ・ゴール』の著者であり、物理学者でもあるエリヤフ・ゴールドラット博士は、次のような金言を遺している。
「どのような尺度で私を評価するか教えてくれれば、どのように私が行動するか教えてあげましょう。もし不合理な尺度で私を評価するなら、私が不合理な行動をとったとしても、文句を言わないでください」
出所:『ゴールドラット博士のコストに縛られるな!』(ダイヤモンド社)
部分の効率を見える化して評価尺度に使えば、部分最適になるのは免れない。不合理な尺度が不合理な行動を招いてしまうというわけだ。
言い換えれば、全体の仕事の流れを見える化して、その中に潜む制約の解消に集中すれば、未来を変えられる。部分最適から全体最適へ、「チェンジ・ザ・ルール」が可能となる。
●[事例]部分最適のシステムが招いた創業以来初の赤字
創業から一貫して成長し続け、世界にその名を知られるブランドを確立したD社。創業50周年の節目の年に、初の大幅な赤字を計上してしまった。物を言う株主からの圧力もあり、社長交代まで余儀なくされ、経営危機の渦中にあった。
大きな赤字を引き起こした主な原因は過剰在庫だった。棚卸在庫の回転日数は126日、つまり18週間分の在庫を溜め込んでオペレーションをしていた。生産してから4カ月以上経って消費者が購入しているということだ。変化の激しい時代において、このスローなオペレーションはリスクが高すぎる。
過剰在庫を減らすために値引きが横行し、長年積み上げてきたブランド価値を毀損(きそん)していた。それまで赤字に陥らなかったのは粗利率が大きかったからだが、この状況をライバルは見逃さなかった。
国内外のメーカーが低価格で高品質な製品を次々と発売し、シェアを奪っていったのだ。その結果、収益性はみるみるうちに悪化した。
なぜ、在庫が積み上がってしまっていたのか。原因は工場の部分最適の指標にあった。個々の生産設備で稼働率向上を最優先する指標が採用され、それが全体最適の妨げになっていた。
この仕組みは「つくれば売れる時代」においては有効に機能していた。
だが、今は変化が激しい時代。つくっても売れるとは限らない。オペレーションを進化させる必要があった。
・「制約」をデジタルで見える化し全体最適へ
この会社に、IT会社のDXアオリ虫が侵入してきたのは数年前のこと。DX推進室を中心に、サプライチェーンのDXプロジェクトが立ち上がった。現場へのヒアリングでは従来のやり方の延長で、個々の生産設備の稼働率を最大化したいという要望があがった。DXアオリ虫は、その要望を実現するシステムを開発した。
新システムに従えば、これまで以上に稼働率を高められた。
しかし、その結果、売れない製品まで大量に生産してしまい、需要の変化に柔軟に対応できずに不要な在庫が増えてしまった。
「システムを導入してから、私たちはシステムの奴隷のようになってしまった」
こんな声さえ現場から聞こえてくる始末だった。
早速、DXアオリ虫を益虫に変えるべく、前述した2つの問いを議論した。大規模なシステムを再び開発する余裕はない。
そこで、既存のシステムにあるデータを活用して、サプライチェーン全体に潜む制約を見える化するアプリを導入した。
この図がアプリの画面である。製品の品番ごとに、列の左側から、工場在庫、地域倉庫在庫、流通在庫の状況を見える化している。赤色はよく売れており在庫が少ない状態。黄色は適正在庫の状態。緑色は売れ行きがよくなく在庫が多い状態だ。水色は明らかな過剰在庫の状態を示す。
赤色の在庫が減りつづけると欠品し、販売機会を失うことになる。
つまり、ここに制約がある。赤色で示された製品を集中して生産すれば、制約は解消され、販売機会を逃さずにすむ。一方、水色で示された過剰在庫の製品については、「売れないモノをつくりたい」と思う人はいないから、生産は自然に抑制される。
サプライチェーン全体の制約を見える化したことで、変えられる未来に向かって現場が自律的に動き出した。売れ筋の製品がしっかり供給されるようになる一方、過剰在庫が減り値引き販売は減った。
それにより、利益は改善されブランドの輝きも戻り始めた。販売状況が生産現場にも伝わるようになり、工場で働く人たちのモチベーションが上がった。今まで、いがみ合っていた営業と生産の関係もよくなった。工場長はこの変革を次のように語った。
「言われた通りにものをつくる工場から、市場にサービスを提供する工場に進化した」
「進むデジタル化、進まないトランスフォーメーション」と世間で揶揄(やゆ)されるDXだが、この職場ではDXアオリ虫が真の変革を推進する益虫へと変わっていった。
また、興味がある方は「チェンジ・ザ・ルール」を題材にした『コミック版ザ・ゴール3』(ダイヤモンド社)もご一読いただきたい。また全体最適のサプライチェーン改革を学びたい方は『脱常識の儲かる仕組み』(アマゾン)をご覧いただきたい。
●[まとめ]あなたの「常識」は正しいのか?
「個々の効率を上げれば全体の効率が上がる」
この考え方は正しいのだろうか?
いかに個々の効率が高くても、それぞれの「つながり」が悪ければ全体として思ったような成果をもたらさない。
そして、仕事には様々な人や部署が関わっている。
それらが全く均等の能力を持っていることはあり得ない。仕事に関わる人や部署には「ばらつき」があるのだ。
「つながり」と「ばらつき」がある仕事の流れを考えると、どこかに制約が必ずある。その制約に集中して改善しないと、全体に成果はもたらさないのだ。
あなたの会社の評価指標は、部分最適を加速していないだろうか?
もし、部分最適に陥っているとしたら、全体最適へ「チェンジ・ザ・ルール」をすることで、必然的に目覚ましい成果がもたらされることになる。
【名称】DXアオリ虫
【主な生息地】 IT会社、コンサル会社、企業のIT部門、新しいバズワードが好きな経営幹部、マスメディア、行政、政府など
【特徴】 キラキラとした羽が特徴で、腹が黒く、発見は容易。主な被害として、デジタル化は進んだが肝心の変革は一向に進まない、お金のムダ遣いなどがある。コンサルやIT企業では会社を儲けさせる「益虫」として飼育されている。
(岸良裕司、ゴールドラットジャパンCEO)
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