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今回のインタビューでは、電通社長で国内の電通グループdentsu JapanのCEOも務める佐野傑氏に現状を聞いた。
dentsu Japanは従来の広告業だけにとらわれないビジネスを展開している。具体的にはAX(アドバタイジングトランスフォーメーション:高度化された広告コミュニケーション)、BX(ビジネストランスフォーメーション:事業全体の変革)、CX(カスタマーエクスペリエンストランスフォーメーション:顧客体験の変革)、DX(デジタルトランスフォーメーション:マーケティング基盤の変革)という4つのトランスフォーメーションを打ち出している状況だ。
一方で電通は、2015年に起きた社員の過労自死事件や、東京五輪・パラリンピックを巡る談合事件を含め、組織体質の変革に迫られてきた。佐野氏に、これまでに電通で起きた問題への対策と進捗を聞くとともに、AIやDXなどビジネスモデル変革について深堀りした。
●社員の過労自死、五輪談合 どう改革を進めた?
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――電通では2015年の社員の過労自死や、東京五輪・パラリンピックでの問題なども報じられてきました。これらの反省を踏まえて事業と組織風土を変革するための「意識行動改革」や「労働環境改革」を進めてきたとのことですが、これらの改革について、まずお話しいただけますか。
まず労働環境改革についてはこの10年ほど推進し、この間に労働環境は大きく変わりました。外部評価でも、東洋経済新報社の「10年間で残業が大きく減った100社」で、電通グループは1位になりました 。残業は月間で37.5時間減るなど、労働環境改革の成果は着実に顕れています。OpenWork社の「20代が選ぶ『成長環境への評価が上がった企業ランキング』」でも電通は3位になっていて、就職市場からの評価も高くなっています。働く環境や働き方に関してはもう昔の電通ではなく、良くなっていると思います。
次に意識行動改革の話をしますと、当グループは、基本的に経営資源は「人」しかない会社です。正確にはテクノロジーがいくつもある会社なので、人が中心と言ったほうがいいかもしれません。人が資産のほぼ中心にある会社なんです。dentsu Japanには約2万3000人の従業員がいますが、一人一人が十分にその能力を発揮できなければいけません。加えて従業員は一人で仕事をするわけではないので、多様な人材が集まることで相互に掛け算を起こし、一人ではできないことを仲間とともに成し遂げられるのが、当社の強みです。
そういう意味で言うと、ベーシックにはDEI(ダイバーシティー・エクイティ・インクルージョン)といった多様性が尊重され、働きがいや働きやすさがあり、能力が発揮できる環境やカルチャーがすごく大事です。私はこの1年間、そこに向かってさまざまな施策を推進してきました。社員一人一人が成長して能力を発揮でき、さらに掛け算が起きる。100の力が1000にも1万にもなることを目指しているので、働く環境やカルチャーはとても大事だと認識しています。
これまでに生じた事案では、無知が起因していました。このため、知識と意識を高めるために、多くの施策に取り組んでいます。例えば、インテグリティ(誠実さ)という言葉に代表されるのですが、一人一人がインテグリティと知識を持ち、意識を高めて行動を変えていく。この意識行動改革は、私が社長になる前から1年以上かけて推進してきました。
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――労働環境改革は具体的にどのように進めましたか。
一つはきちんとメッセージを出していくことですね。あとはお互いを大事にすることを大切にしています。また、個々人がワークライフバランスを保てるように、リモートワークとのハイブリッド型を推奨しており、現在の出社率は約40〜50%となっています。
当グループでは「リーダーシップ」についても、呼び掛けています。われわれの定義するリーダーシップとは、人に言って「ついてこい」ということではなく、人に対してポジティブな影響を与えることとしています。そのため、その人がいることによって周りの能力が発揮されていくようであれば、これもリーダーシップだと言えます。
一人一人が能力を発揮できてこそ、われわれの競争力になるので、「利他的」であることを重んじています。仲間を大事にして仲間の能力を引き出すこと、ギブアンドテイクですね。先にテイクしてからギブするのではなく、ギブの精神を大切にしています。
社員のエンゲージメントも重要です。社員が仲間を好きになったり、大切にしたり、尊敬したりすることはすごく大事です。エンゲージメントを高めていくための具体的な取り組み例としては、電通グループ全体を対象に「オフィスカミングデー」を初めて開催しました。これは従業員の大事な人をオフィスに招待できるイベントで、多くは子どもや親といった家族ですが、友達やパートナーなど、従業員にとって大切な方々を招きました。結果的に、満員となり、満足度も96%と非常に高いイベントとなりました。他にも創立記念日の式典を従業員コミュニケーションの場として活性化させました。
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●電通の事業モデルはどう変わった?
――dentsu JapanはAX、BX、CX、DXと、4つのトランスフォーメーションを打ち出しています。2024年度の第3四半期は2.3%のオーガニック成長でしたが、足元の業績についてどのように評価していますか。
おかげさまで順調にきていると思います。当グループの広告事業も、市場成長率以上になっていますし、広告を支援するAXを除くBX、CX、DXの領域もそれぞれ2桁(けた)成長に近い伸びを示しています。特にBXはコンサル的な領域で、今後も高い成長を見込んでいます。
当グループは目指すべき姿として「Integrated Growth Partner」を掲げています。複雑化・高度化する企業課題から本質的な課題を発見し、これを解決に導くパートナーとして、統合的なソリューションを提供しています。われわれが提供する広告サービスも広義にはBXの手段にすぎず、AXとBXの垣根はどんどんなくなってきています。
――電通のコピーライターの思考プロセスを学ばせた生成AIの「AICO」などの開発も進められていますね。
初代AIコピーライターのAICOを2016年に開発し、2024年には進化を遂げた「AICO2」が誕生しました。これにより、われわれが広告のときに考える訴求ポイントである「What to Say」と「How to Say」を分けることも可能になりました。例えば「この水の訴求ポイントは何ですか?」と聞くと、訴求したい候補をいくつも出し、それをまず選ぶ。その上でHow to Sayという「どう言うか」の部分を考えていきます。普段電通のコピーライターが考えている思考プロセスを学ばせたら、このようになりました。
――経営トップとしてAIやDXを、どのように会社の成長や売上向上につなげていく考えでしょうか。
3つあります。1つ目に、AI関連サービスの提供です。AICO2の他に「AIQQQ STUDIO」(アイキュースタジオ)というサービスを提供しています。これはAIとクリエイティブを掛け合わせ、クライアントの事業やサービス開発を支援するサービスです。また、AIを使ってマーケティングをより効果的にするソリューションブランドとして「∞AI」(ムゲンエーアイ)を掲げ、さまざまAIソリューションを提供しています。
AIQQQ STUDIOは新規事業開発、AICO2はコピー制作といったように、AIソリューションを併用することで、クライアントへの提案の質を上げています。いろいろなプランニング、企画制作運用の全領域にAIを取り入れ、クライアントへの提供価値を高めています。
2つ目は、われわれ自身の効率化です。例えば、AIに代替されることで「コンサル経験3年目までの人材の業務がなくなる」といった話がありますが、その業界の分析や、基本的な戦略をAIによって構築できるようになってきたこともあり、われわれの業務効率化もすごく進んでいます。
3つ目は、クライアントへのAI導入支援サービスです。AIをいかにして使い、ビジネスを高度化していくか、ですね。これら3つの領域に注力し、それぞれの高度化を図っています。
AI導入の効果として、イメージ的には100のものが50ぐらいの時間でできることを目指しています。そして空いた50の時間を、人間にしかできない作業に使いたいと考えています。AIは過去のデータから学んで動いているものですから、未来を考える部分はわれわれ人間が得意とする部分だと思います。余った時間を生かし、さらにクライアントへの提案の質を高めていくために、人間とAIの共創を積極的に進めています。
――貴社のコンサル業の割合や売上高も増えています。AI開発はここでも強みを発揮しているのでしょうか。
そうですね。例えば「この商品の広告を作ってくれ」と言われたときに、他の商品はどういう売り上げになっているのか。他の企業はどうなのか。例えばこの商品を持っている企業の経営課題は何か、といったことを知っていた方が、提案がいいものになります。一つの商品の広告を制作する上でも、クライアント企業の経営課題があり、事業課題があり、マーケティング課題があり、広告そのものへの課題もあります。経営課題を知っている方が、広告をソリューションとして良いものにできるわけです。
――AIの導入が始まる前は、どのように広告を制作していたのでしょうか。
昔は本当に人の力で、切磋琢磨しながら作っていたと思います。今は、そのチームの中にAIが入っている感じです。例えば人間4人のチームに「一人のAI」が入ることで「5人」になりますよね。こうすることによって人間のアイデアの幅が広がったり、深まったりする感じです。
●日本企業のDXの課題は?
――DXという観点では、日本企業の課題をどのように見ていますか。
DXに関連するクライアント企業からの引き合いは大変好調です。その中で大切にしているのが、DXが目的にならないようにすることです。数年前からDXブームが始まったことで、とりあえずDXをして、何かをデジタル化しようとする企業があります。でもそれはクライアントのビジネスの成長に、決してインパクトを与えるものではありません。
例えば、企業のある部門だけの判断で全社向けのシステムを開発してしまったがために、結果として、社員の誰もそのシステムを使わないといった事象が起きています。
やはり肝心の“人”が使わなければ、それは宝の持ち腐れになってしまいます。そのためには、最初にDXの目的を何に設定するのか。トランスフォーメーションによる事業成長を目的にすること、つまりDXのパーパスやミッション、ビジョンを決めた上で導入しなければなりません。かつ、それがその会社の中で活用されて、事業成長に寄与するものである必要があります。
DX導入における課題はここだと思います。DX導入そのものが目的になっていると、変革が起きません。われわれも「DXをやってみたんだけど、社内活用がなかなか進みません」といった相談を受けることがあります。社員の人たちが活用したくなるようにするにはどうしたらいいか。そのためにどのようにカルチャーを変革していくかを一緒に考えていきます。
われわれがDXのコンサルで評価されている点もここです。「人の心が動く」「人が動く」といった言い方をするのですが、結局DXは企業変革の手段に過ぎません。社員が動かないと、そのDXにかけたリソースも無駄になります。そして社員が動くためには、社員の心が動かなければなりません。ここはわれわれが長年、広告で培ってきた人の心を動かす力やクリエイティビティがすごく生きてきます。だからこそ、われわれがいま評価いただけているのだと思います。
――佐野社長の話を聞いていて、dentsu Japanは「クライアントの成長」を大事にしたビジネスモデルなのだと感じました。やはりそこが電通のビジネスの肝なのでしょうか。
そうですね。クライアントとはWin-Winで、サステナブルな関係であるべきだと思います。クライアントの成長に貢献できていないのに、われわれだけがもうかっていては、サステナブルではありません。われわれのクライアントの中には、100年以上にわたって担当させていただいている企業もあります。
やはり、クライアントがきちんと成長し、その結果われわれも対価をいただく。その対価でわれわれがテクノロジーや人に投資して、われわれのケイパビリティ(強みや優位性)が上がる。それをまたクライアントに提供してクライアントが成長する。こうしたサイクルが回らないと、関係は100年も続かないと思います。
(アイティメディア今野大一、河嶌太郎)
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