
いつの頃からだろうか。J2は巷で「魔境」とも囁かれるようになった。
その背景には、もちろんそれなりの理由がある。言葉自体は「悪魔や魔物が住む世界」という意味だが、上位争いを演じるであろうと目されたチームが、いざシーズンが始まってみると何か得体の知れないものに取り憑かれたかのように本来のパフォーマンスを発揮できず、思わぬ苦戦を強いられて勝ち星を積み重ねることができない。
J2ではそういった光景が毎シーズンのように見られるからにほかならない。J2が誕生して今季で27年目を迎え、「魔境」という言葉は今ではすっかりJ2の枕詞として定着した感はある。
開幕4連敗で最下位の現状が如実に物語っているように、今季の北海道コンサドーレ札幌こそがまさに典型。J2の「魔境」の沼に陥った、と言えるだろう。
【"ミシャ・サッカー"の継承と進化を目指す】
昨季のJ1を19位で終え、結果、J2降格。今季、コンサドーレは9シーズンぶりにJ2の舞台で戦っている。
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2017年から8シーズン、J1での戦績をザッと振り返ると2018年はリーグ4位、翌2019年はリーグ杯で準優勝に輝くなど、好成績を残したシーズンもある。何より過去、1996年のチーム発足以来、何度もJ1昇格とJ2降格を繰り返していたクラブが8シーズンに渡ってJ1に踏み止まって戦い続けることができた事実こそが、コンサドーレにとってもっとも価値のあるものであり、それが今日のベースになっているのは間違いない。
その結果をもらした要因として真っ先に挙げられるべきは"ミシャ・サッカー"だろう。2018年、ミハイロ・ペトロヴィッチ氏の監督就任がクラブとしての大きな転換点となっている。
"ミシャ・サッカー"とは「3−4−2−1」を基本布陣に、攻守でフォーメーションを変えながら積極的に相手陣へのアタックを繰り返すことで紡ぎ出される攻撃的サッカーであり、日本サッカー界ではそれを確立したペトロヴィッチ氏のファーストネームを冠し「ミシャ(ミハイロ)式」として広く認知されている。
攻撃的戦術であるがゆえ、反面、守備ではもろさをはらむ。一時はJリーグを席巻した戦術であるのは間違いないが、その一方、ここ数年は研究も進み対応策が講じられることもしばしば。カウンター攻撃に弱く、戦術の限界を指摘する声も少なくなかった。
追い打ちをかけたのが、主力選手の他チームへの移籍。そういった不安要素が昨季、勝敗という形で一気に露見し、結果としてJ2降格を余儀なくされたわけだ。ペトロヴィッチ監督の退任とともに、コンサドーレはひとつの時代の終焉を迎えることになった。
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ピンチは、言い換えれば同時にチャンスでもある。そういった意味で、新しいコンサドーレをどう作り上げていくのか。そこでクラブが白羽の矢を立てたのが岩政大樹氏だった。監督就任記者会見の席上で、こう語っている。
「ミシャの後は非常に大役だと思います。これまでのコンサドーレのサッカーを継承しながら、それを継承するだけではなく、前進させていくということを推し進めていきたいと思います。そして、新しいコンサドーレを作っていきたいです」
駒井善成(→横浜FC)、菅大輝(→サンフレッチェ広島)、岡村大八(→FC町田ゼルビア)、鈴木武蔵(→横浜FC)、浅野雄也(→名古屋グランパス)といった主力が去ることとなったものの、それでもクラブは1年でのJ1復帰を目標として声高らかに宣言した。
ペトロヴィッチ監督の下で育まれた攻撃的なスタイルは今日のコンサドーレのベースとして根づいていたからだ。それをどう継承し、どう進化させられるか。"ミシャ・サッカー"の進化をテーマに掲げ、新指揮官と共に今季のJ2に挑むことにしたのだ。
【衝撃的な4連敗】
"ミシャ・サッカー"を実践する上で大切な要素が3つある。それが"走る""戦う""規律を守る"だ。岩政監督が大きくメスを入れたのは、その規律の部分である。
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攻撃面でのテーマは、選手の流動性だ。昨季は、配置されたポジションごとにやらなければならないこと、やってはいけないことなど明確な約束事があり、選手たちはある程度限定したエリアでプレーする必要があった。
今季はその制約を取り払い、個々の選手たちが状況判断して前線のスペースへ飛び出すなど、さらなる積極性を促した。と同時に一つひとつのプレーの精度を高めることを求めたのだ。
守備面では昨季までのマンツーマンディフェンスを改め、エリアによって一部、ゾーンディフェンスを採用。ゾーンとマンツーマンを使い分けながら対処するように修正した。
1月からのキャンプを通じて新たな戦術を落とし込み、練習試合などで徐々にそれが浸透しつつある手ごたえをつかんでいた。選手間の競争意識も高まり、チーム全体として戦力アップしている感触もある。それだけに開幕4連敗の現実はあまりにも衝撃的であった。コンサドーレにしって、一大事件と言っても過言ではなかった。
9年ぶりのJ2はそう簡単ではなかったということなのだが、連敗スタートとなった現状を受け、コンサドーレの三上大勝GMはこう言う。
「J2って、やっぱり独特なリーグだなぁと。基本的には自分たちのよさというよりも、相手の強みを消し、弱点を突くスタイル。どのゲームも前線にアバウトに狙ってくるボールをはじき返すことができず、ことごとくそれが失点に結びついている。改めて研究されているという印象を受けました。
まだ短い時間ではありますが、試合中に新しい戦術が浸透している感触はあります。発揮できる時間帯を長くすることが、勝ち星につながるのだと思います。どの試合も結果を求めるのは当たり前ですが、たとえ結果が出なかった場合でも問題点をはっきりさせた上で一つひとつ解決しながら、チームとして前へ進む。それが強いチームを作る最善の手段であり、近道だと信じています」
【新しい姿まで耐え忍ぶことができるか】
開幕から4試合を終えて、奪ったゴールはたった"1"。それに対し、失点は"10"である。4連敗は当然の結果なのかもしれない。そんななか、光明はゲームスタッツである。勝敗に直結するわけではないもののボールポゼッション、シュート本数では、終始、相手チームを圧倒。チームとしての狙いが唯一、数字に表れている点である。
「敗軍の将は兵を語らず」である。今季、岩政監督は試合後、課題が明確になったとまでは語るものの、どこに課題があり、それをどう解決するのか具体的な部分に言及することはなかった。
ただ、開幕4連敗を受けて行なわれたジェフユナイテッド千葉戦後の記者会見では、その姿勢にわずかばかり変化が見られた。まだ詳細は分析していないと前置きした上で「背後への1本のボールで3失点ですから、そこは非常に根深い問題だと思っています」と語った。その後、絞り出すように「辛抱強く、やり続けるしかない」と何度か繰り返していたのだ。
目指すのは、ボールを持った上で相手を圧倒するサッカーである。そんな理想と勝敗という現実が合致した時、新しいコンサドーレの姿が見られるのかもしれない。その瞬間が訪れるまで、理想と現実の二兎を追い続けるのだろうが、それまで耐え忍ぶことができるか否か。
"辛抱"こそがシーズン序盤、コンサドーレにとってひとつのカギとなりそうだ。