絶滅したマンモスを現代に甦らせようとする男たち 倫理観を揺さぶるドキュメンタリー作品『ジェネシス2.0 よみがえるマンモス』

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2025年04月06日 12:00  サイゾーオンライン

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『ジェネシス2.0 よみがえるマンモス』(2018年)/アジアンドキュメンタリーズで配信中(https://asiandocs.co.jp/contents/1326)

<配信ドキュメンタリーで巡る裏アジアツアー> 第六回

 絶滅した恐竜たちを遺伝子工学で現代に甦らせたアミューズメントパークで起こるパニックを描いた、映画『ジュラシック・パーク』(1993年)。世界的に大ヒットし、今夏に最新作が公開されるほど息の長いシリーズとなった。本作には、子どものころに図鑑で親しんだ絶滅動物たちにスクリーン上で会えるという喜びもあったわけだが、映画同様のプロジェクトが現実に進んでいることをご存知だろうか。スイス製作のドキュメンタリー作品『ジェネシス2.0 よみがえるマンモス』(2018年)は、驚くべきプロジェクトを臨場感たっぷりに伝えている。

 主人公のひとりである「牙ハンター」のピーター・グレゴリエフは、北極海に浮かぶニュー・シベリア諸島でマンモスの牙を発掘する仕事に従事している。北極圏の永久凍土が溶け出し、絶滅したマンモスの死体が続々と見つかるという地球温暖化の現状をカメラは映し出す。良質のマンモスの牙が手に入れば、1キロあたり約1000ドルで中国の闇市場に売ることができるという。保存状態のいいマンモスの死体はなかなか見つからないが、過酷な冒険旅行の末にピーターと仲間たちは、ついに体内に血液が残る一体のマンモスを発掘することに成功する。

 もう一方の中心人物は、ピーターの実弟セミヨン・グレゴリエフ。シベリア東部に位置するヤクーツク市の「マンモス博物館」の館長を務め、マンモスを甦らせることに情熱を注いでいる。この兄弟を中心に、ハーバード大学のジョージ・チャーチ教授、韓国で「クローン王」と呼ばれるファン・ウソク元ソウル大学教授ら、クローン再生に関する最先端の技術を持つ科学者たちの動向もカメラは追う。

 果たして、絶滅したマンモスを現代に甦らせることはできるのか。『ジェネシス2.0 よみがえるマンモス』は、未知なる世界へのロマンを感じさせる反面、生命の尊厳、倫理観を問う作品になっている。配信動画サービス「アジアンドキュメンタリーズ」の代表・伴野智氏に本作の見どころを語ってもらった。

倫理観無視で研究を進める遺伝子学者たち

—クローン技術は我々の想像を超えるスピードで発展しているであろうことは想像していましたが、技術的にマンモスを甦らせることができるところまできているとは驚きました。

伴野 壮大なドキュメンタリーですよね。6600万年前に絶滅した恐竜に比べ、マンモスは4000年前までは北半球に広く生息していたそうです。かつては人類と共存していたわけです。シベリアの永久凍土が溶け出し、ケナガマンモスの死体が次々と見つかっており、なかには筋肉がついた状態のものもあるようです。その筋肉の中に細胞組織が生き残っていれば、クローンマンモスは可能なんです。本作を撮った取材クルーは2班あって、1班はニュー・シベリア諸島へ「牙ハンター」たちと共に渡り、マンモスの遺体探しに同行しています。もう一班は科学担当で、クローン研究の最前線を追っています。

—「牙ハンター」たちのワイルドな冒険生活が描かれる一方、遺伝子研究に没頭する各国の科学者たちも多数登場します。

伴野 いろんな人物が登場しますが、みんな怪しいんですよ(笑)。遺伝子学の権威である米国のジョージ・チャーチ教授は、人間に臓器を移植することが可能なブタをつくることに成功し、合成生物も次々と創り出しています。遺伝子学を学ぶ学生たちからはカリスマ的人気を集め、「人間のDNAはすべて読み取った。今はもう書き込む時代なんだ」的なことを言っています。

—ライオンとトラを掛け合わせたライガーなど、人類はこれまでも交配によって新しい動物を生み出してきましたが、遺伝子操作することで画期的な新時代に入っているわけですね。

伴野 ファン・ウソク元ソウル大学教授は、韓国初のノーベル賞受賞者になると見られていた優秀な科学者です。ところが、人間のES細胞についての論文を捏造していたとして、韓国の学界から追放されています。その彼が今は何をしているかというと、アラブの金持ちからお金をもらって、ラクダレース用の足が速くて、見栄えのいいクローンラクダをつくっているんです。亡くなったペットをクローンとして甦らせることもしています。倫理的にどうなんだと思いますが、クローン技術はどんどん進んでいる状況です。中国深圳市にある「中国国家遺伝子バンク」では国家レベルで人間の遺伝子情報が集められているのも、“中国ならでは”と感じました。

—「中国国家遺伝子バンク」では、生まれてくる人間の子どもが障害を持っているかどうかが事前に分かることを自慢げに語っています。遺伝子で優劣を決める価値観は、かつてナチスドイツが謳っていた「優生思想」につながるように思います。

伴野 そうですよね。「西洋では倫理的に問題があると思う」と海外から来た若い科学者に指摘され、「遺伝子バンク」の施設を案内していた女性スタッフの顔が固まってしまうシーンは、とても印象的です。遺伝子研究が進み、クローン技術が実用化されることで、新しい問題が起きることは間違いないでしょう。

10歳の少年が指摘した人類の傲慢さ

—本作は、絶滅動物を生き返らせようという夢とロマンに満ちた科学ドキュメンタリーかと思いきや、実は危険な近未来を先取りした作品ですね。

伴野 マンモスを探すシーンは、広々とした荒野を映し出した美しい雄大な映像になっているのですが、同時に人類はこれからどうなっていくんだろうということも考えさせますよね。未来について考えると、この作品を観た後ではどこか寒々しいものを感じてしまいます。

—新しい生命体を生み出し、「創造主」の立場に就こうとする科学者や富裕層たちの暴走ぶりが恐ろしい。

伴野 そうですね。「アジアンドキュメンタリーズ」のオフィスがある日本橋浜町では「ドキュメンタリーサロン」という鑑賞会を定期的に開いているんですが、『ジェネシス2.0』を上映した際の参加者のひとりの声がとても印象に残っています。マンモスが大好きで博物館の学芸員にいろいろとマンモスについて尋ねている10歳の少年だったんですが、「僕は絶滅したマンモスを甦らせることには反対です」と言うんです。それはなぜかというと、「4000年も前に滅んだマンモスを、人間の都合で生き返らせて、それが地球の環境にどんな影響を与えるか分からない」からだそうです。そんなふうに考える思慮深い子どもたちばかりだといいんですが……(苦笑)。本作は人類だけではなく地球の未来について考えさせるドキュメンタリーなので、ぜひ多くの方に観てほしいです。

 マンモスの生きた細胞が手に入れば、合成した胚細胞をゾウの子宮に移植し、クローンマンモスを誕生させることが可能だという。マンモスを甦らせるのと同時に、人類はとんでもないものまでこの世に解き放つことになるのではないだろうか。『ジェネシス2.0』は、科学を盲信する現代人へ警告を鳴らしている黙示録的作品でもある。マンモスが死滅したシベリア平原のように、地球全体がならないことを願うばかりだ。
(文=長野辰次)

『ジェネシス2.0 よみがえるマンモス』(https://asiandocs.co.jp/contents/1326
制作・監督/クリスチャン・フレイ
共同制作・撮影(ニュー・シベリア諸島)/マキシム・アルブゲヴ
撮影/ピーター・インダーガント

「アジアンドキュメンタリーズ」 https://asiandocs.co.jp/

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  • 絶滅した『 ニホンオオカミ 』を遺伝子工学で現代に甦らせて欲しい。映画『ジュラシック・パーク』シリーズ大好きで、今夏の最新作も見に行く予定です。
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