
今や数えきれないほどの日本人選手がヨーロッパでプレーし、日本人所属チーム同士の対決も珍しくない時代だ。
それでも、元チームメイト同士となると、少々の特別感が生じる。たとえば、板倉滉と堂安律の場合だ。先日のボルシアMG対フライブルクでは、試合直後の日本のネット中継にもふたり揃って対応し、仲のよさを見せていたのが印象的だった。
板倉がうれしそうに、堂安について話していたことがある。取材時に何かの会話の流れで、堂安が開設したYouTubeチャンネルでの堂安・板倉対談が面白かった、という話になった。
板倉は笑顔を浮かべながらに、「あれ、面白いっしょ。律の能力ね」と堂安の"まわし"の能力について、なぜだか自慢げに語っていた。そして、「でもあれ、相手が俺だから面白いんだと思うんだよなー。ほかの人だとどうかなー」と冗談めかして続けた。
自分だから出せたエピソードの面白さ、圧倒的なリラックス感は、ほかの人間には出せないだろうと言う。言わずもがなであることを言うあたりに、ちょっと独占欲に似たものを感じさせた。
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当然ながら、ふたりの関係が決して浅いものでないことは、YouTubeを見ずとも過去の経歴からよくわかる。
板倉と堂安は2018-19シーズン、オランダ1部のフローニンゲンでともにプレーした。ふたりとも東京五輪世代ではあるが、板倉が1997年1月、堂安は1998年6月生まれで、日本の学年でいえば板倉がふたつ年上、ということになる。
先にフローニンゲンに所属したのは堂安で、2017年の夏にガンバ大阪からの期限付き移籍でやってきた。板倉はその翌シーズンの後半、2019年の1月からの所属だ。マンチェスター・シティに完全移籍したうえで、そこからの期限付き移籍だった。
【お互いを褒め合う堂安と板倉】
移籍当初、苦労したのは板倉のほうだ。堂安は加入初年度からレギュラーとして活躍を見せたが、板倉は加入してから半年間は試合に出場するチャンスがいっさいなかった。板倉が「最も苦しい時期だった」と振り返るのは、この半年間だ。
板倉が試合に出場し始めた2019-20シーズン、堂安はオランダの強豪PSVへと羽ばたいていった。後輩である堂安が、常に一歩先をいく格好だ。
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オランダでチームメイトだったふたりは、のちに戦いの舞台をドイツに移す。
まずは2020-21シーズンに堂安が期限付きでビーレフェルトに行った(1シーズンでPSVに戻ったのち、2022年からフライブルクへ)。その翌シーズン、今度は板倉がドイツ2部のシャルケへ期限付き移籍。ふたりがブンデスリーガで戦うようになったのは、2シーズン前の2022-23シーズン以降のことだ。
その2022-23シーズン、前半戦の対戦は板倉が出場停止で、後半戦の一度だけふたりは対戦。堂安は途中出場で、板倉はフル出場し、結果はスコアレスドローだった。
2023-24シーズン、前半戦は板倉が負傷中で、後半戦の対戦では板倉がフル出場、堂安は途中出場で1点を決めた。結果はフライブルクが3-0で勝利している。
2024-25シーズン、前半戦の対戦でようやくふたりが揃って先発。堂安が1点を決めてフライブルクが3-1で勝利している。ちなみに板倉のチームメイトの福田師王は「今季の前半戦で最も印象に残ったのはこの試合の堂安選手」と話している。そして後半戦の対戦は4月12日、堂安が左足クロスで決勝点をアシストし、フライブルクが2-1で勝利している。
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試合後のふたりは、ほとんど同じ内容の話をしていたのが印象的だった。
堂安はボルシアMGについて、「メングラ(ボルシアMGの意味)は前線4人の選手のクオリティが高い。それにプラス、滉くんでなんとかやってるじゃないかな。
(板倉が)最後の1枚の壁じゃないですけど、(チュクビケ・)アダムのシュートもそうですし、僕のシュートもそうですし、滉くんが途中から6番(中盤)に行ってくれたことが正直、俺らとしては助かった。ディフェンダーとして、最後の壁として彼がいないのは、非常に助かりました。あそこの(アシストになった左足)クロスも、滉くんがセンターバックだったらはね返されているかもしれないし」
【数多い日本人対決のなかでも特別】
一方、堂安について聞かれた板倉は、「対策も何も、律の特徴はみんながわかっている。ただ、それでもそこを消せないクオリティの高さを持っている選手。途中から出てきた選手が律のところを対応していたけど、なんで交代したかを理解しないといけない。
特にスタメンで出ていたメンバーや(堂安と対峙した)左サイドバックはだいぶ激しく律にいっていて、それでもピンチは作られていました。あそこがフライブルクと律の強みだと思うので、そこからやられたのはもったいないですね」
板倉こそ、堂安こそが相手の強みであり、堂安が、板倉がいたからこそ苦しんだ、いなかったからこそプレーが成立した──。そのように臆面もなく話す様子は、そっくりなのだ。
海外で日本人がプレーすることは当たり前となり、ビッグクラブで活躍したとしてもさほど驚かない時代ではある。それでも、寝食をともにして戦った仲間は特別──という普遍的な感覚に、ほっこりさせられてしまった。