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日本には、“絶滅危惧種”の「鯉」がいる。それは、五月晴れの空を悠然と泳ぐ「こいのぼり」だ――。
全国各地の観光地では初夏の風物詩として「こいのぼりイベント」が開催されており、雄大に泳ぐこいのぼりを見ることができる。絶滅の危機に瀕しているのは街中のこいのぼりだ。とくに都市部では“屋根より高い”こいのぼりを眺めることはもはや難しい。
街中からこいのぼりが消えたのは、庭を持たない戸建て住宅が増えるなど、住宅事情や少子化の影響が大きい。それに加えて「周囲の目」によって、こいのぼりを上げられないという切実な事情もある。
「地方に住む私の両親が、2人にとっては初孫である、息子のためにとマンション用のこいのぼりを贈ってくれました。2メートルほどののぼりをさっそくベランダに立てたら、『水滴が落ちてきた』『(風にはためく)音がうるさい』と管理人を通じて苦情が入り……。今は部屋の中で飾っています」(東京都に住む30代の男性)
そもそも落下の危険や支柱についた「矢車」が夜間に音を立てるなどの理由で、ベランダにこいのぼりを飾ることを禁じているマンションは少なくない。さらには、自宅のこいのぼりの大きさを競うことを発端に子ども同士がケンカになるからと、学区内でこいのぼりを上げるのを禁止にした小学校があったり、ある地域では「景観を壊す」との理由で、こいのぼりが禁止されているところもあったり、という話も聞こえてくる。
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「こいのぼりを上げるご家庭も配慮が必要でしょうが、それ以上に、伝統文化を受け入れない人たちが増えていることが寂しい限りです……」
そう語るのは、愛知県名古屋市に店を構える「大西人形本店」五代目の大西嘉彦さん。大西さんは2020年から、江戸時代から作られている「有松・鳴海絞」の染め物を使ったこいのぼりを製作、名古屋市緑区の有松の古い街並みに飾りつけるイベントを企画・協力している。
こいのぼりは、江戸時代中期から続く風習だ。《鯉は生命力の強い魚として知られているだけでなく、竜門という滝をさかのぼると竜になり天に昇るという中国の言い伝えもあることから、立身出世への願いも込められています》(日本鯉のぼり協会 パンフレット『鯉のぼりをあげよう!!』より)。
昨今では、屋外用こいのぼりの売上高は年々減少。屋根やベランダからこいのぼりが姿を消す中、需要が増えているのは室内用の小型こいのぼりだという。
大西さんはこう語る。
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「日本伝統文化のひとつであるこいのぼりが、時代や世の中のニーズに合わせて変化していくのは致し方ないことかもしれません。しかし、こいのぼりは、地域ごとに色遣いや柄が異なりますが、染色技術や縫製技術といった複数の職人の技が現代まで受けつがれてきたことを忘れないでほしい。
たとえば、空を泳ぐこいのぼりの姿には、長い歴史のなかで関わってきた多くの職人の知恵や技術が含まれているのです。こいのぼりをきれいに泳がせるためには、口から取りいれた空気を腹にためることが不可欠。そのためには、尻尾のつけ根あたりで空気を滞留させなければいけません。
高速道路などで見かける『吹き流し』ならば、形や縫製技術など関係なく、風が吹けば泳ぎ出すでしょう。しかし、8メートル、10メートルといった大型のこいのぼりでは、そうはいきません。
現代のポリエステルなど軽い素材ではなく、和紙や木綿をつかっていた時代に、職人たちは今で言う流体力学を駆使して、形作りや縫製などの技量を磨き、お腹いっぱいに空気をためこんだこいのぼりを美しく泳がせたい、という熱い思いがあったのです。
空を泳ぐこいのぼりがなくなれば、職人の仕事もなくなり、縫製だけでなく、染色などの伝統技術の継承も難しくなっていってしまうでしょう」
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子供たちの健やかな成長を願って上げられるこいのぼり。お腹いっぱいに空気を含んで泳ぐ鯉のぼりに対する「景観を壊す」「騒音だ」という周囲の目……。少子化ニッポンを象徴する寂しいできごとだ。
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