大阪・関西万博のパビリオン建築はなぜ遅れた?一級建築士が抱いた“万博への違和感”

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2025年05月08日 08:50  日刊SPA!

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yu_photo - stock.adobe.com
 現在、度重なるコスト膨張や工期遅延で世間を騒がせている大阪・関西万博。その渦中で「真の問題は“責任感の欠如”に尽きる」と喝破するのが、建築エコノミストの森山高至氏だ。
 早稲田大学を卒業後、一級建築士として1000件以上の物件に関わり、新国立競技場や築地市場移転などの問題点を指摘してきた森山氏だが、近著『ファスト化する日本建築』では、“急ごしらえの建築文化”に警鐘を鳴らしている。

 大阪・関西万博に感じたその違和感や日本の建築業界が抱える本質的課題について、語ってもらった。

◆日本建築の「ファスト化」とは?

――森山さんが「建築のファスト化」という言葉を意識し始めたのは、いつ頃だったのでしょうか?

森山高至(以下、森山):ごく最近です。意識したきっかけは、友人との会話やインターネットの議論の際に、「建築がファスト化した」というキーワードがしっくりくることがあって。

 たしかに、現代では、食やエンタメ、ファッションなど、あらゆるジャンルで「できるだけ早く、できるだけ手軽なもの」が求められる傾向がありますが、その傾向が建築や都市開発にも及んでいます。

――ファスト化の弊害にはどのようなものがあるのでしょうか?

森山:建築とは本来「時間をかけて熟考し、丁寧に形にする」という前提があったはず。

 しかし、その前提が現代では失われつつあります。結果として、かつては数十年、数百年にわたり街を支えたはずの建物が、短命な使い捨て商品のように扱われ、早々に役目を終える現象が各地で起きている。

 しかも、都市開発を進める企業、行政、そして設計を担う建築家やエンジニア、デザイナーまでもが「即効性」と「コスト優先」を当然視するようになり、その反動として建築の質の低下が始まっています。

 挙げ句の果てには、本来はその国のランドマークともなるべき大型公共施設でさえ同じような現象が起きつつあると感じていますね。

◆大阪・関西万博での各国パビリオンの建設の遅れはなぜ起きたか?

――大型公共施設の問題として、現在話題を呼ぶのが大阪・関西万博です。大屋根リングやトイレなどの問題も散見されましたが、最も問題視されたのが、海外パビリオンの建築の遅れです。開幕日に開館できなかった国は8カ国、工事の遅れが見られたのは5カ国という結果になりました。

森山:本来は、万博の各国パビリオンも含めた建造物は、開幕の2〜3カ月前には完成している予定でした。

 しかし、開催直前まで工事が遅れた最大の理由は、夢洲の“悪い地盤”を巡る情報ギャップだと思います。

 もともと夢洲は、海の埋め立て途中で、まともな地盤にはほど遠く、マヨネーズやお汁粉のようにゆるい泥がたまった湿地のような状態で、いまだに充分な土地の強度に至っていません。パビリオンを建てる際、その前提条件を知っているかどうかは大きな差が生まれます。

 日本企業の場合は、夢洲の地盤を知っており、杭や地盤改良を前提とした設計を組んでいたので、パビリオンもおおむね予定どおり完成しました。

 でも、一方の海外勢は通常の万博と同じ手順で母国のデザイナーを選び、意匠を固めてから日本へ持ち込んでいます。

 そして、現地調査に入って初めて地盤の悪さを知ったので、基礎設計のやり直しや予算超過に追われた結果、工期が大幅にずれ込んだのでしょう。

◆「悪条件など存在しない」前提で走り出した

――なぜ情報共有が行われなかったのでしょうか?

森山:大阪府・市としては、万博の跡地を統合型リゾート(IR)など国際観光拠点に利用しようという思惑があるので、夢洲の脆弱さをあまり公にしたくない事情もあったのではないかと私は思っています。

 だからこそ、「悪条件など存在しない」という前提で走り出したため、地盤データは募集要項の別紙にひっそり添付されるだけ。

 しかも、募集要項は英語版しかないし、保険の細字条項のように“読めば理解できるけれども、気づかなければ終わり”といった程度の記載しかなかったようです。

 結果、日本以外の各国は夢洲のイメージパースだけを頼りにデザインを進め、あとになって「こんな条件なら最初から構造を変えたのに」と頭を抱える羽目になったのだと感じています。

◆万博に感じた“責任感”の薄さ

――度重なるコストの増加といった開幕前から取り沙汰されていた問題もありましたが、開幕後は、トイレの回転率、動線の悪さなども話題になりました。これら諸問題が起きた理由はなんだったのでしょうか。

森山:一番の問題点は「責任感のなさ」ですね。今回の万博では、開催直前になっても、“未完成”の空気が色濃く漂っていましたが、それに対して、万博関係者の多くの方がまるで他人事のように受け止めている。そこに私は最も大きな危機感を抱いています。

 象徴的だったのは、万博開催前日。

 会場デザインプロデューサーの藤本壮介さんが、インド大使館が未完成なことに対して、 SNSで「オープニング前日に大きなクレーンを入れてめちゃめちゃ大掛かりなことをやり始めるインド館……これぞ万博、さすがです、笑がんばれー」と励ましの言葉を投げかけていた場面です。

 本来はプロデューサーである自分たちが責任を持って間に合わせるべきなのに、「頑張れ」で済ませてしまう。その他人事の姿勢こそ、今回の万博全体を覆う最大の問題だと感じました。

 これは、藤本さんに限らず、自治体のトップも同様です。

 大阪府市が万博を誘致した当初は勢いよく旗を振っていたものの、ここ一年ほど問題点が出るなど風向きが怪しくなると発言がめっきり減りました。ポジティブな情報は発信するものの、肝心の遅延やコスト超過、トイレの使い勝手の悪さなどネガティブな話題には触れない。

 結果として、現場で必死に工期を詰めている施工者だけがペナルティを恐れて追い込まれる構図が続いています。これでは、不備等が起こるのも当然でしょう。

◆組織のトップに色濃く広がる「減点主義」の闇

――なぜ、“他人事”といった雰囲気が横行してしまうのでしょうか?

森山:誰がどの範囲を担い、最終的にどこまで管理しているのかといった、責任の所在が曖昧だからですね。これは建築業界に限った傾向ではなく、ここ十数年、日本社会は「減点主義」の空気感が色濃く広がっています。

 減点主義の場合は、失敗すれば自分の評価が下がる。でも、何もしなければ現状維持のままでいられるので、評価は変わりません。

 組織のトップなどを見ても、「チャレンジして失敗した人」よりも、「何もチャレンジしなかったがゆえに失敗せずに上り詰めた人」のほうが圧倒的に多い。

 そんな価値観が、今回の万博にもそのまま持ち込まれています。

◆発注形態の複雑化が責任の所在を曖昧にしている

――すべての組織には責任者がいると思うのですが、なぜ責任の所在が曖昧になる構図が生まれるのでしょうか。

森山:ひとつは、発注形態の複雑化です。築地から豊洲市場への移転でも顕著でしたが、昨今の公共事業は、二重三重に業者を噛ませ、最終的に「誰も責任を取らない」構図が一般的になりつつあります。

 それに加え、諮問委員会の存在も大きい要因です。公共事業においては、まず行政が「こうした施設が必要だ」と提案した段階で、シンクタンクやコンサルが水面下で候補業者を絞り込みます。

 その際、恣意的な選定だという市民からの批判を免れるため、形式上に専門家や市民から成る諮問委員会を設けます。

 諮問委員会を開くことである程度民意が反映されている部分もあるのでしょう。ですが、自分たちの決定に対して、「専門家や市民の議論を経て決まった」という形式をとり、責任の所在を曖昧にしたいという行政側の意図も見え隠れします。

 委員会が「老朽化しているから建て替えるべきだ」と結論づけて工事が進んだ場合、仮に何か問題が起きた際は、行政は「専門家や市民の判断に従っただけ」と言えますし、コンサルは「委員会の意向を踏まえて候補を提示しただけ」と逃げられる。

 さらに下請け、孫請け……と仕事が細分化されるほど、現場の施工会社も「上の指示どおりに動いただけ」と言えるわけです。

◆「上の指示どおりに動いただけ」と言えてしまう「多重構造」が生まれるワケ

――こうした多重構造が生まれたのはどうしてなのでしょうか。

森山:最初は欧米由来のアセスメント制度を表面的に取り入れた結果とも言われます。市民意識の高い欧米ならばうまく機能するのかもしれませんが、ことなかれの減点主義が横行する日本では「形だけ透明」「中身は根回し」に陥りがちですね。

――建築界における「責任回避」をなくすには、どのような改善策が考えられるのでしょうか。

森山:誰が言い出しっぺであっても構いませんから、まずは「最終責任者はこの人」という一本線を引くべきでしょうね。

 公共工事のような大規模なものは、当然何かしら問題が起こるものだとは思います。ですが、責任者が可視化されていれば、問題が起きた時に原因を特定しやすいし、次に活かせる教訓も残ります。大阪万博の混乱は、まさにその線を引かなかったツケです。

 責任を分散させればリスクが減るどころか、かえって品質もコストもコントロール不能になる。それが今回、改めて示されたのではないでしょうか。

 私自身は、建築にスピードを求めること自体を否定するつもりはありません。

 しかし、スピードだけを優先し、誰も責任を取らないまま形だけ間に合わせようとすれば、当然、工事の欠陥にもつながります。これこそが最悪のファスト化です。万博という世界に向けた晴れ舞台であるからこそ、いま一度、責任の所在をはっきりさせてほしいと感じます。

<構成/週刊SPA!編集部>

【森山高至(もりやま・たかし)】
建築エコノミスト/一級建築士
1965年岡山県生まれ。88年早稲田大学理工学部建築学科を卒業後、齋藤裕建築研究所に勤務。独立後は戸建住宅から大型施設まで数多くの設計監理業務に従事するかたわら、建築と経済の両分野に精通した「建築エコノミスト」として地方自治体主導の街づくりや公共施設のコンサルティングにも従事。いわゆる「新国立競技場問題」「築地市場移転問題」では早くからその問題点を指摘し、難解な建築の話題を一般にも分かりやすく解説できる識者としてテレビやラジオのコメンテーターとしても活躍する。

主な著書に『非常識な建築業界/「どや建築」という病』(光文社新書)、『ストーリーで面白いほど頭に入る鉄骨造』(エクスナレッジ)など。

このニュースに関するつぶやき

  • どの業界も「ファスト化」というより"目先の利益に目を奪われて事の顛末を考えない風潮"かな?昨今の政治なんて特に酷く、万博にもそれが表れてるんじゃなかろうか?
    • イイネ!7
    • コメント 1件

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