キャリア各社が金融連携を深める中、“銀行不在”がドコモの弱点といわれていた。KDDIはauじぶん銀行、ソフトバンクはPayPay銀行を持ち、自社グループの決済サービスと連携させている一方で、ドコモはこうした取り組みに出遅れていた格好だ。これに対し、同社は社長に前田義晃氏が就任して以降、銀行業への進出を表明。既存銀行の買収か新規設立で、足りないピースを補完するとしていた。
5月に開催された決算説明会では、前田氏が「3月までにめどをつけたいと豪語していたが、そこはかなわなかった」としており、「あらゆる可能性を探っているところ」としていた。このような状況の中、ドコモは29日に住信SBIネット銀行の株式公開買付け(TOB)を実施することを発表。終了後には、持ち持株比率が65.81%となり、同行はドコモの傘下に入る。銀行を手に入れることで、ドコモのサービスがどう変わっていくのか。その狙いや今後の展開を予想する。
●銀行獲得にファイナルアンサー、表明から1年で出した結論
キャリア各社が、通信と金融の連携を深める中、ドコモの課題になっていたのが“銀行がないこと”だった。5月に開催された決算説明会では、前田氏が「銀行機能を取り込むことで、お客さまに提供できる金融サービスの幅が広がる。パートナーに対してお支払いする取り組みも、銀行があるかないかで変わる」と語っていた。前田氏の社長就任以来、ドコモは買収か新規立ち上げで銀行業への参入を検討してきた。
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買収のメリットは、銀行設立にかかる時間を大幅に短縮できるところにある。ただし、これは条件に合致する売り手がいればの話。ドコモや親会社の日本電信電話(NTT)が必要としない機能も引き受けなければならないのは、デメリットの1つといえる。これに対し、自身で銀行を設立するのは、身軽な反面時間がかかる。例えば、みずほ銀行と新銀行の設立を目指していたLINEは、2018年に参入を表明していたものの、目標としていた2020年の参入ができず、2023年には計画の中止を発表している。
2つの方法をてんびんにかけていたドコモだが、最終的に選んだのは前者の買収だった。ドコモは、5月30日から住信SBIネット銀行のTOBを開始。取引完了は、11月ごろを予定している。住信SBIネット銀行の親会社であるSBIホールディングスと三井住友信託銀行もこれに賛同しており、最終的にはドコモの持株比率が65.81%になり、連結子会社化される見込みだ。
銀行業への参入といっても、全国に支店を持つ都市銀行のようなフル機能を必要としていたわけではない。NTTの代表取締役社長、島田明氏も、1月の決算説明会では「帯に短したすきに長しという感じで、いらない機能はいらないし、必要なものが欲しい」と語っていた。
ドコモやNTTが手に入れたかったのは、「トランザクション(送金や入金などの取引処理)」(島田氏)。「既にドコモはマネックス証券を買収し、オリックスクレジットも傘下に入っていて、保険もOEMで供給を受けているが、そういう機能を円滑にお客さまがマネージできる機能」(同)だという。前田氏も、MWC Barcelonaでインタビューした際に、「島田が言っていたように、それはいらないという話が出てくるケースがあるのは事実」と語っていた。
こうしたドコモやNTTの希望に対し、住信SBIネット銀行は数ある銀行の中で「最高のパートナー」(島田氏)だという。島田氏によると、「いらないのは店舗やATMといった重たいもので、住信SBIネット銀行がお持ちなのは、銀行として必要なもの」。前田氏も、「住信SBIネット銀行は、デジタルの銀行機能やサービスをけん引してきた会社。高度なサービスをどんどん実装されていて、セキュリティも高い。まさにこういったサービスと連携したかった」と口をそろえる。
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●銀行連携のサービスが生まれるか、他社には先行事例も
ドコモによる連結子会社化は、住信SBIネット銀行にとってのメリットも大きいという。同社の代表取締役社長を務める円山法昭氏は、「ドコモの膨大な顧客基盤や販売網、われわれが持っていないクレジットカード事業、ポイント事業」を挙げつつ、「そういった(銀行を)補完する機能を、今回の提携で手に入れることができる」と語った。
では、ドコモグループに住信SBIネット銀行が加わることで、何を実現するのか。前田氏は、「複数のサービスを組み合わせてご利用いただくことで、お得な特典をお届けする」と語る。サービスの具体例は挙がっていなかったが、ありえそうなのが、銀行口座と回線や特定の料金プランとのセットで、預金金利を上げたり、逆にローンなどを組む際の金利優遇を受けられたりといった特典は考えられる。
こうしたサービスは既にKDDIがauじぶん銀行に用意しており、「au PAY」「au PAYカード」や三菱UFJeスマート証券(旧auカブコム証券)との連携で優遇金利を受けられる、「auまとめて金利優遇」を提供中だ。また、au回線で「auマネ活プラン+」に加入すると、さらに0.1%の金利が上乗せされる。また、住宅ローンには「auモバイル優遇割」があり、適用金利が引き下げられる。
ソフトバンク傘下のPayPay銀行も、5月30日に「住宅ローン金利優遇プラン」を発表。ソフトバンクのスマホを使うユーザーの住宅ローンの金利を、0.07%引き下げる。さらに、SoftBank光やソフトバンクでんきといったサービスまでまとめて使うと、金利を0.13%抑えることが可能になる。いずれも、住宅ローンの利用を促進できるのはもちろん、回線獲得や解約抑止につながる可能性が高い。まさにシナジー効果があるというわけだ。
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現状では、同様のサービスを提供するのが難しかったドコモだが、住信SBIネット銀行がグループ入りすれば、これに近いサービスを実現できそうだ。また、決済サービスでは、d払い残高を出金する際の手数料を抑えたり、デビットカードのように銀行口座から直接支払えるようにしたりといった特典や機能も、実現が容易になる。回線や決済を持つドコモに銀行をかけ合わせれば、お互いのサービスに広がりが出ることは間違いない。
また、ドコモは「ドコモの販売チャネルを通じて、銀行口座や預金獲得を積極的に行っていく」(同)。ドコモショップの数は、1月末時点で2050店舗。前社長時代に掲げた「3割削減」の方針で数は減らしているものの、前田氏就任以降は再び店舗での販売を強化している。リアルなユーザー接点がなかったネット銀行にとって、ドコモショップなどの販売網を持つドコモは魅力的だ。
●BaaSもドコモ傘下で拡大を狙う、証券戦略がドコモの課題か
住信SBIネット銀行は、非金融業の協業先にAPI経由で銀行の機能を提供するBaaS(Bank as a Service)の先駆け的な存在。「NEOBANK」という名称で、さまざまな企業が銀行の機能を自身のユーザーに提供している。ヤマダ電機の「ヤマダNEOBANK」や日本航空の「JAL NEOBANK」、高島屋の「高島屋NEOBANK」など、その業種は多岐にわたる。
円山氏によると、現状では「新規顧客獲得の7割がBaaSになっている」という。「われわれの優れた銀行機能を多くの企業に提供し、あらゆる産業を銀行に変えるというビジネスモデルを、世界で初めて実現した」(同)戦略が当たった格好だ。ドコモ傘下でも、この機能の提供は続けていく。「法人のお客さまもたくさんいるので、それが住信SBIネット銀行の成長につながる」(前田氏)というのが、ドコモ側の見立てだ。円山氏も、「われわれにとってはプラスしかない」と話す。
とはいえ、提携先の企業は自社の経済圏に銀行機能を組み込むために、NEOBANKの仕組みを活用している。ドコモ色が強くなっていくことに、難色を示す恐れもある。円山氏は「ドコモの経済圏を、無理に組み込むことは考えていない。切り分けて考えている」というが、それだと、ドコモ側にとってどのようなメリットがあるのかがあまり見えてこない。
また、ドコモ同士の経済圏をつなげていくという点では、傘下のマネックス証券だけを特別に優遇できない条件もつけられている。これは、住信SBIネット銀行の買収と同時に、NTTが親会社のSBIホールディングスに出資することで担保される。SBIホールディングスの代表取締役会長兼社長の北尾吉孝氏は、「単に売ってしまって(SBIホールディングスと)縁が切れるのは困るというのが、ネット銀行の気持ちという報告があった」と明かす。
結果として、「ドコモにはマネックス証券との関わりがあったが、これをどういうふうに考えるかを議論し、公平かつ公正に扱い、顧客中心主義に基づいて利便性は損なわないようにするということを双方で合意できた」(同)という。前田氏も、「住信SBIネット銀行のお客さまで、SBI証券をお使いの方はたくさんいる。今回の提携で不便になってしまうことはありえない話」と語る。
実際、住信SBIネット銀行はSBI証券と連携した「SBIハイブリッド預金」でユーザーを獲得してきた経緯がある。ただ、座組が複雑になってしまうこともあり、ドコモグループ内の金融企業同士でどこまで横の連携を図れるのかが不透明といえる。前田氏は、「マネックス証券はわれわれにとって重要な機能を持った会社なので、証券としてのサービスを提供する機会はしっかり作っていきたい」としていたが、その具体像を見せていく必要がありそうだ。
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