『竜の医師団』『バチカン奇跡調査官』『続・金星特急』……人気シリーズの新作並ぶ、注目のライト文芸5選

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2025年06月03日 13:00  リアルサウンド

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『竜の医師団4』(庵野ゆき/創元推理文庫)【左上】、『バチカン奇跡調査官 精霊に捧げられた大地』(藤木稟/角川ホラー文庫)【右上】他

 『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介する連載企画。今回は「ドラゴン×医療」がテーマの異世界ファンタジーからマリー・アントワネットの”もう一人の娘”を主人公にしたヒストリカル小説など、5タイトルをセレクト。


参考:【画像】注目の5タイトル


◼︎庵野ゆき『竜の医師団4』(創元推理文庫)


 ドラゴン×医療をテーマに、医師を目指す少年の奮闘を描く異世界ファンタジーの最新刊。


 虐げられし民ヤポネ人の少年リョウは、誰にでも扉を開く〈竜の医師団〉の入団を目指して〈竜ノ巣〉に向かっていた。道中で出会った少年レオは特権階級の出身だが、二人は立場を超えて友情を築き、力を合わせて試練を乗り越えていく。リョウは教育を受けていないというハンデの中で、熱を感知できる特殊な視力を武器に医師を目指していくのであった。シリーズ第4弾は、〈竜ノ医療〉大国ながら秘密主義の国イヅルに派遣されたリョウたちが目にする最先端の医療技術と、その裏で進行する恐ろしい計画を中心に展開する。


 庵野ゆきはフォトグラファーと医師の共同のペンネームで、医学の知識に基づく真に迫った竜の医療描写がシリーズの見どころとなっている。人間とは寿命もサイズも異なる竜の生態に関する細やかな描写が印象的で、医療行為を通じてドラゴンと人間の絆も浮かび上がる。初の医療交流の裏には各国の思惑があり、リョウは交渉という重い任務を背負いながら、医療の根幹に関わる倫理の問題にも切り込んでいくことになる。レオの他にも重機班所属の少女リリなど、困難な任務に当たる少年少女の成長を描く異世界青春譚としても魅力的な作品だ。


◼︎藤木稟『バチカン奇跡調査官 精霊に捧げられた大地』(角川ホラー文庫)


 平賀とロベルトの美形神父コンビが、世界中から寄せられた奇跡の報告を調査する大人気バディミステリー第19弾。今回の舞台はオーストラリアで、二人は真夏のクリスマスの最中に起きた奇跡に潜む真実を暴き出す。


 バチカン市国の国務省内には「聖徒の座」という秘密部署があり、さまざまな特技をもつ専門家たちが奇跡の調査に携わっている。オーストラリアの教会で噴水の水が葡萄酒に変わり、その後空に輝くキリストの姿が現れるという奇跡の報告が寄せられ、真偽の判定のためにバチカンから神父が派遣された。天才科学者の平賀・ヨゼフ・庚と、古文書と暗号解読のエキスパートのロベルト・ニコラスは調査を進めていくが、その過程でカソリックとアボリジナルの対立問題も浮上する。


 ドローンや精密器機などを駆使する平賀と、民俗学や古文書の知見を活かして聞き取り調査を進めるロベルト。それぞれの持ち味を生かした調査考証のディテールが面白く、アボリジナルの伝承も事件を解決する手がかりとなる。キリスト教とは異なる信仰をもつアボリジナルの文化やオーストラリアの歴史にも光を当て、西洋の知や価値観を相対化してみせる平賀たちの言葉が胸に染みた。固い信頼で結ばれた平賀とロベルトの兄弟のような関係もシリーズの大きな見どころだ。調査に集中すると寝食を忘れる平賀と、彼を気遣いつつ得意の料理の腕を振るうロベルトの姿はなんとも微笑ましい。バディ小説好きにもお薦めしたいシリーズである。


◼︎櫛木理宇『ふたり腐れ』(早川書房)


 映画化された『ホーンテッド・キャンパス』や『死刑にいたる病』など、犯罪小説やサスペンスを多数手がける人気作家の新作。


 26歳の市果はコールセンターで派遣社員として働きながら平凡な日常をおくっている。ある日、彼女は居酒屋で隣り合わせた男性が“女”になって人を殺す場面を目撃してしまった。行きがかり上、市果は連続殺人鬼である“女”に脅されて行動をともにすることになる。共同生活を送る中で、二人の間には奇妙な共依存関係が生まれていくが――。


 物語は市果の視点と、事件を追う警察・番場の双方の視点から進む。周囲と摩擦を起こさないよう本心を隠して生きてきた市果の日常は突如様変わりし、死と犯罪に染まってしまう。一緒にコスメを見たりヌン活ができる同性の友達がほしいと願っていた彼女が初めて手に入れた友人は、恐ろしい犯罪者だった。ごく普通の二十代女性がいつしか無差別な殺人に慣れ、人殺しをしながら逃避行を続ける様は、人間の多面的な姿を突き付けるだろう。


 被害者が加害者と心を通わせてしまうストックホルム症候群の物語と思いきや、物語は思いがけない結末を迎える。本当に怖いのは一体誰なのか、ラストまでたどり着いた読者は背筋が寒くなるだろう。終盤の二転三転する展開が見事なサスペンス小説である。


◼︎ゆきた志旗『亡き王女のオペラシオン1』(集英社オレンジ文庫)


 eコバルト文庫で電子出版されていたヒストリカル小説が、紙の本として三ヶ月連続で刊行。時は18世紀、フランス革命下のパリ。王妃マリー・アントワネットには知られざるもう一人の娘がいたが、謎めいた占い師の言葉により彼女は家族から引き離されて育つ。物語は数奇な運命のもとに生まれたソフィーを主人公に、激動の時代を生き延びる少女の姿をいきいきと描き出す。


 叔母のアンに育てられているソフィーは、タンプル塔の暖炉係として働いていた。ソフィーは幽閉された家族の子どもたちと交流をもつが、やがて彼らは革命派に捕らわれた国王一家であると気づく。ソフィーは非人道的な扱いを受けるルイ・シャルルを救い出そうとするが失敗し、混乱の最中で自らの出生の秘密を知る。一人ぼっちになったソフィーは路上で厳しい暮らしをおくりながら謎の占い師を探すうちに、革命前は司祭だったという男ピトゥに拾われ、彼と暮らす中で歌への興味が目覚めていくが……。


 ヒストリカル好きの心に刺さる歴史要素に、オペラという音楽要素を掛け合わせた本作は、キャラクター小説としても楽しめて個性豊かなキャラが物語を彩る。とりわけ音楽と関係の深いとあるキャラクターはおっと思わせる設定で興味をそそられた。激動の時代の中で舞台女優を目指すソフィーの成長をフランス史ともに描く、心躍る歴史ファンタジーである。


◼︎嬉野君『続・金星特急 竜血の娘5』(ウィングス文庫)


 謎の列車「金星特急」に乗り込んだ者たちの冒険を描くSFファンタジー『金星特急』。『続・金星特急』は七百年後の世界の舞台に、『金星特急』主役・錆丸の娘の桜を主人公に据えた物語だ。


 絶海の孤島で育てられた桜は、錆丸の旅の仲間である砂鉄と義兄弟の三月を守護者に父を捜す旅に出る。道中で砂鉄の恋人のユースタスや三月の相棒・夏草とも合流するが、人の心を操る「蒼眼」を無効化する力をもつ桜は狙われ、仲間と引き離されてしまう。ロンドンで危機に陥った桜は、守護者を名乗るカナートとユナートという謎の兄弟に助けられるが……。シリーズ第5弾はロンドンで「蒼眼の宝」を捜す桜と、蒼眼の追跡を逃れながら彼女と合流しようと北欧経由でロンドンに向かう砂鉄たちそれぞれの奮闘を描く。


 人口が激減したポストアポカリプスな世界が魅力の『続・金星特急』は、前シリーズに引き続き世界各国を駆け巡る旅要素が楽しめる。科学文明が衰退しきった世界の中で、時折顔を出す古い時代のテクノロジーもSF好きの心をくすぐらずにはいられない。桜が出会った謎の兄弟の正体が明かされるシーンは、『金星特急』シリーズ読者ならば興奮間違いなしの場面だ。再び砂鉄の記憶を失ってしまったユースタスと、彼女だけを一途に愛する不器用な男の、切ないラブロマンスも見逃せない。壮大なスケールで展開する魅惑の物語をぜひこの機会に手に取ってほしい。


(文=嵯峨景子)



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