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イオンモール橿原(奈良県橿原市)に、世界最大面積の無印良品に書店が融合した「橿原書店」が3月に開業した。初月の売り上げは目標を上回る1200万円を達成するなど、順調なスタートを切った。同店は日本出版販売(日販)が新たに展開する「共創型店舗」の第1号店だ。「町の本屋」が減少する中で始まった新たな書店モデルの現状と展望を聞いた。
出版文化産業振興財団(JPIC)の調査によると、全国の自治体の27.9%で書店が1店舗もない状態となっている(2024年8月時点)。
一方で、実店舗の書店へのニーズは消えておらず、トーハンが展開する無人営業可能な「MUJIN書店」、直木賞作家・今村翔吾氏が手がけるシェア型の「ほんまる」、大日本印刷が異業種向けに提供する開業支援による「風呂屋書店」など、業界では多様な新業態が模索されている。
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日販も、これまでに入場料制の書店「文喫」や、省人化ソリューション「ほんたす」など、多様な書店モデルを展開してきた。新たに展開する共創型モデルは、書店単独の運営や支援とは異なり、他業種と書店が協業して新たな価値創出を目指す取り組みだ。
橿原書店は、世界最大の売り場面積を誇る約2500坪の無印良品内に併設されており、書店専有部分だけでなく、無印良品の各売り場も含めて書籍約10万冊を販売している。
共通のレジで買い物ができる仕組みを提供するほか、書店に隣接する「Cafe&Meal MUJI」では、購入前の書籍も試し読みできるなど、従来の書店とは一線を画す店舗設計となっている。地元・奈良でつくられた雑貨なども販売し、地域色を前面に打ち出している点も特徴だ。
両社はもともと無印良品の「MUJI BOOKS」コーナーへの商品卸で取引関係にあった。無印良品の地域密着ビジョンと、日販の書店減少という社会課題解決への使命が合致し、単なる書店の併設ではなく「シームレスに合体」する新業態の検討を開始した。
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●無印目当ての来店客も書籍を「ついで買い」
2025年3月の開業後、2カ月の成果は期待を上回っている。初月の売り上げは1200万円と、目標(1000万円)をクリアしたという。「売り上げは坪効率で見ても、書店業界で一つの指標とされる10万円を超えている」と、日販の地域事業開発チームリーダー山元佑馬さんは手応えを語る。
開業特需が落ち着いた4月も採算ラインを維持しており、順調な滑り出しを見せている。
無印良品でのショッピングを目当てに来店した客の書籍購入率も高い。「目当ての商品を買ったあと、書店に立ち寄り、ついで買いをする人が多い」と山元さんは分析する。
特に売れ行きがいいジャンルは、絵本・児童書だ。書籍売上全体の2割強を占め、通常の書店と比較すると2倍近い比率だという。山元さんによると、これほど児童書の構成比が高い書店は珍しく、想定を大幅に上回る結果となった。
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背景には、ファミリー層の来店客が多いことに加え、無印良品の店内中央に奈良県産の吉野杉を使った木製遊具や芝生のある空間を設置し、そこに約1万冊の絵本を用意して、子どもが遊びながら本に親しめる環境を整えたことが挙げられる。
当初は、自由に読めるようにすると、商品として売れないのではという懸念もあったが、実際には購入につながっている。
そのほか、各フロアでの併売戦略も功を奏している。例えば、収納雑貨の売り場に掃除関連の本を配置するなど、商品との関連性を意識した陳列を行うことで、無印良品の商品と書籍の併売が実現した。書籍のみの購入客もいるが、無印良品の商品と一緒に購入する客も多いという。
「生活の身近な動線上に本が買える状態を作ることが重要だ」と山元さんが語るとおり、普段は書店に足を運ぶことが少ない層の取り込みにも成果が見て取れる。
●書店が地域の資源をたばねる役割を担う
橿原書店の役割は、単なる書籍販売にとどまらない。地域のコミュニティー機能を担うことを目指している。その象徴的な取り組みが、地域商材の発掘と展開だ。店内には、橿原神宮前にある土産物店から直接仕入れた埴輪(はにわ)を並べている。
「地域で親しまれている店舗の商品を店頭に並べることで、地元の人が集まり話題となって、その結果コミュニティーが生まれる」と山元さんは語る。この取り組みは、埴輪の仕入れ先である土産物店にも多くの客が訪れるようになるなど、相乗効果を生んだ。
地域との連携は他の分野にも広がる。福祉とアートを融合させた活動を行うグッドジョブセンターと連携し、障害者が制作したアート作品の展示・販売も実施したほか、経済的に本の購入が困難な子どもたちに本の寄贈を行う「あしなが本屋さん」も展開。クリスマス時期に出版業界で行われているチャリティー活動「ブックサンタ」の地域版として、年間を通じて実施していく方針だ。
コミュニティー機能の強化も進める。イオンモールにはシニア層の来客も多いことを踏まえ、書店と隣接するCafe&Meal MUJIは午前8時から営業し、今後は連携した朝活コミュニティーの創出を検討している。また、好調な児童書販売を受けて、絵本の読み聞かせなど店内での体験型コンテンツの拡充も予定している。
こうした地域の活動を通じて、同書店が良い循環を生み出すことを目指す。「書店が地域の『ハブ』となり、さまざまな資源や人が集まることで地域活性化につなげたい」と山元さんは期待を込める。
●「共創型モデル」は書店業界に新たな可能性を示すか
橿原書店の成果は、協業する無印良品側からも高く評価されているという。地域商材の展開や地域団体との連携など、無印良品のブランドだけでは難しい取り組みを、書店が担うことで相互補完の関係を築いている。
無印良品での買い物が主目的の客からも「気になっていた本を見つけた」「ついでに本が買えて便利」といった声が寄せられ、反応は上々のようだ。橿原書店は、業界が直面する「わざわざ書店に足を運ぶ機会の減少」という課題に対し、生活動線上での書籍販売という解決策を示している。
一方で、課題も見えている。地域資源のさらなる発掘に加え、現状では書店目当ての来店客が少ないことから、橿原書店単体での認知度向上も重要な課題だ。
日販は橿原書店の成果を踏まえ、共創型モデルの全国展開を目指す。今回は日販の直営だが、成果が出れば、パートナーの書店と無印良品を引き合わせて広げていく考えだ。
山元さんは「書店の6次産業化」(※)という表現で、今後のビジョンを語る。書籍販売だけでなく、地域のためにあらゆる機能を担う存在として書店を再定義し、リアル店舗ならではの価値を提供していく考えだ。
(カワブチカズキ)
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