写真はイメージです痛みが人々の暮らしに与える影響は甚大だ。慢性的な疼痛に悩む人は40、50代の中年にもっとも多いと言われ、その痛みは時に人生さえ奪う。この脅威に、我々はどう向き合えばいいのか──最新の研究事情を追った。
◆社会的立場や過去の出来事が「中年の痛み」を悪化させる!
起きた瞬間から体が重い、腰が痛い。寝ても疲れが取れず、頭もズキズキ痛い気がしてきた……。中年の朝は冴えない。しかし、それも当然だ。
「厚生労働省が3年ごとに集計している調査の最新集計でも、日本人の多くが自覚症状として腰痛、肩こり、関節痛、頭痛を訴えています。特に腰痛は国民の約10%が有しているほど。国際疼痛学会では3か月以上持続、または再発する痛みがある状況を『慢性疼痛』と定義していますが、世界中でも推定20%が罹患していると言われています」
そう解説するのは、慢性痛に対し集学的な治療・研究を行う日本初の施設、愛知医科大学疼痛緩和外科・いたみセンターで陣頭指揮を執る医師の牛田享宏教授だ。
「高齢者ほど痛みに悩まされているイメージですが、実状は違います。一万人規模の大規模調査で慢性痛の割合は40代前後がピークということも判明しています。これは、生物学的に“老化”が顕著になり始めることに加え、痛みが社会的な立場や置かれる環境と密接な関係にあることを物語っています」
痛みを発する患部の問題だと思いがちだが、実はそれだけではない複雑な背景を含む。
「近年、脳神経のMRI解析などが進み、痛みは脳で経験するものだということが明らかになりました。大阪大学の研究では、慢性疼痛で整形外科を受診した患者すべてを精神科医が診察したところ、95%の患者に抑うつなど、精神科が扱うなにかしらの病名がつくという結果になった。腰痛や頭痛など常日頃から痛みに悩む人のほとんどが、メンタルにもダメージを負っていることがわかったのです」
◆「傷が完治しても痛い」第三の痛みの存在
「人は痛みだけでは死なない。痛みは命を奪いませんが、時として人生を奪う。だからこそ、適切な治療で向き合うべきです」
こう呼びかけるのは、薬だけに頼らない国内初の「痛みのワンストップ治療」に取り組む富永喜代氏だ。
「痛みの種類は大きく3つに分類されます。まずケガなど一般的な組織の損傷による『侵害受容性疼痛』。これには一般的な鎮痛剤が効きます。次にヘルニアなど神経損傷による『神経障害性疼痛』。鎮痛剤は効かず、ブロック注射など神経に作用する薬が必要です。そして、体や神経に損傷がないのになぜか痛む『痛覚変調性疼痛』。これは比較的新しい概念で“第三の痛み”や“心因性疼痛”とも呼ばれます。完治したはずの古傷がいまだに痛んだり、自分と同じ症状の写真を見ただけで痛みを感じる患者さんもいます。痛みを繰り返すことで脳が痛みを記憶し、わずかな痛みにも敏感に反応を示すようになってしまった状態。痛みのハードルが下がっているので、小さな痛みも強い痛みに感じてしまうのです。慢性疼痛を訴える人はこの3つの痛みのうち2つ以上が該当するケースが多い」
人は痛みを感じると脳の特定の部位が活性化し、不安や恐怖といったネガティブな感情を誘発してしまう。“第三の痛み”はこうしてより記憶に刻まれていくのだ。
「痛みやストレスによって交感神経が刺激され血圧が上がったり、不眠に陥いると痛みと不安が増す悪循環が起きます。また、痛みが原因で患部を動かさなくなると、他の部位に負担がかかり別の部位も痛むようになる。ますます患部を動かさなくなり、血流の低下、関節の硬化、筋肉の衰えによって痛みが増す。精神的にも肉体的にも悪循環を引き起こすのです」
3種の痛みはメカニズムも治療法も違う。一筋縄ではいかない厄介な存在なのだ。
【愛知医科大学教授・牛田享宏氏】
高知医科大学卒、同大整形外科入局。テキサス大学およびノースウエスタン大学客員研究員などを経て現職。新著に『「痛み」とは何か』(ハヤカワ新書)
【富永ペインクリニック院長・富永喜代氏】
日本麻酔科学会認定麻酔科指導医。医療法人TMC理事長。著書多数。今年4月、医師・専門家が答える性の専門相談サイト「Doctorsフェムケア」を創設
取材・文/週刊SPA!編集部
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