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※本稿は『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』のネタバレを含みます。
参考:『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』第8話、完全なる「エヴァ要素」と一瞬見えた「ララァの存在」何を意味する?
『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』の影響で小説『密会 アムロとララァ』を読み返してみて、少し驚いたことがある。この小説での地球連邦政府を中心とした宇宙植民の経緯は、テレビアニメ版の『機動戦士ガンダム』とは少々異なるのである。
『機動戦士ガンダム』の冒頭は、非常に有名なナレーションによって始まる。「人類が増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになって、すでに半世紀が過ぎていた」というこのナレーションから分かるように、『機動戦士ガンダム』で人類がスペースコロニーを建設して宇宙へと植民した背景には、地球上だけでは支えられない人口の爆発的増大があった。それに伴って地球環境も悪化し、多くの人々が宇宙に浮かぶコロニーへと移住。地球に住むことができるのは職務上の理由がある人々や特権階級が中心となっている。だが『機動戦士ガンダム』の物語の中では、宇宙植民に関するこれ以上の詳細はさほど語られることはなかった。
『密会』での宇宙植民の背景も、基本的には同じである。『密会』でも、21世紀までの間、人類は地球の資源を収奪し続けた。莫大な人々が高度で便利な生活を送るために物とエネルギーを大量消費し、きめ細かい輸送と通信のネットワークが形成された。たとえクリーンなエネルギーであっても、それを消費すること自体が地球の温暖化を推し進め、居住権の都市化は新種の病気を発生させる。それらの環境悪化が限界まで進んだ時、人々は有機体である地球もまた病にかかると悟ったのである。
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「人がこれほどの物を消費していいのか、それほどの価値が自分たちにあるのか」と自問した時、現代資本主義は「宇宙には無限の消費空間がある」という新発見をする。「宇宙ならば無限のリソースを人類のために使うことができる」という極めて経済的な理由から人類は宇宙開発に邁進し、地球連邦政府を組織し、スペースコロニーと宇宙移民のための交通システムを構築し、無限の消費活動によって経済は活性化した。
一方で地球連邦政府は、大量の移民を宇宙へと送り込むための経済基盤を大衆から吸い上げた。地球とコロニーを往来することができる技術はあるが、航行の許諾権は連邦政府が独占しており、コロニーに住む移民たちを資本主義社会を維持するための消費集団と見做したのである。移民たちは地球からコロニーに辿り着くまでの費用を三世代にまたがるローンという形で支払わされており、これを完済するまでは地球への里帰りすら許可されない。労働に明け暮れる宇宙移民たちは、収入の半分以上を移民航行の旅費と居住権買取のためのローンに吸い上げられている。
また、移民を送り込むこと自体が連邦とそれにつらなる大企業の利益になることから、地球での一般市民の生活も苛烈になった。連邦政府は「地球での生活は過酷なものである」という宣伝を展開。実際にその宣伝に乗って、地球での市民への公共サービスの質はどんどん低下していったらしい。たとえば、カバスに移る前のララァが暮らしていた救護院も、15歳になれば強制的に子供達を追い出すシステムで回っていた。
■植民した人々が連邦政府と大企業の食い物に
宇宙への植民が「無限にリソースがある」という経済的な理由から開始され、植民した人々自体が連邦政府と大企業の食い物になっているというのが、『密会』での宇宙世紀のありようである。地球で暮らそうが宇宙に移民しようが、金も特権も持たない一般市民にとってはどちらも地獄、肥え太るのは一部の特権階級ばかり……という社会的背景についての説明が、物語の合間にふんだんに挟まっている。宇宙世紀もののガンダムシリーズでは繰り返し連邦の統治の酷さ・無能さが語られてきたが、その背景にある発想とシステムが詳細に説明されている点は、『密会』の読みどころのひとつだ。
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恐ろしいことに、富野由悠季が1997年に書いてみせたこの暗黒の未来社会の構図は、古びるどころか現在になってより説得力を持ってきている。なんせ、現在収益している宇宙船の中で、大量の貨物と人員を宇宙と地球に往還させることができるのは、イーロン・マスクのスペースXが所有する「ドラゴン」だけなのである。宇宙との往還機を政府が所有しておらず、超大富豪が経営する私企業に宇宙への輸送手段を委ねるしかないという状況なのだ。
そもそも超大富豪のマスクが宇宙開発を進めるのは、経済的理由が大きいだろう。現状開発途上にある宇宙空間で輸送と通信という基礎的インフラを先行して独占してしまえば、巨額の利益を得ることができる。スペースXで宇宙への輸送、スターリンクで宇宙空間を介した通信というインフラを構築したマスクは、人類の宇宙開発全体に巨大な影響を及ぼしている。現にトランプと揉めたマスクが「『ドラゴン』を引退させてNASAとの契約を打ち切る」と発表したことがニュースになったほどだ。現在の宇宙開発は国家が「人類の進歩」や「学術的意義」のような看板を掲げてやるものではなく、超大富豪がリソースを独占して行なうものになりかけているのである。
富野が『密会』で示した「宇宙開発は崇高な理念のために人類全体が協調することによってではなく、地球が疲弊した果ての経済的合理性によって進む」「その結果一部の人間だけに富が集中し、大多数の人間は金と労働力を収奪されて死ぬ」というビジョンは、残念ながら現時点ではかなり正確に的中しているように思う。このビジョンから考えられる当然の帰結として「地球の自然豊かな地に佇む、特権階級向けの超高級娼館」というララァの居場所を設定した点からは、突き放したような冷徹さを感じる。地球に残され苛烈な生活を送らされている少女が、特権階級のための高級娼婦として吸い上げられているのだ。地獄である。
『密会』にはこのような地獄を乗り越え、人と人が理解しあってよりよい世の中を構築するにはどうしたらいいのか、という点について、富野なりの答えも書かれている。本書に書かれているその答えはおそらく、「自分たちが動物の一種であることに気づき、自らの身体の形を受け入れ、知恵をエゴに従属させることなく謙虚に生きていくこと」なのだが、これはなかなか体得するのは難しそうだ。しかし、宇宙開発という人類全体にとっての一大事業すら実際に経済的合理性に絡め取られつつある今、我々はなんとかしてまともに生きていかねばならない。そのためにはどうすればいいかを考えるためのテキストとして、『密会』は重要な作品なのだ。
(大場隆)
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