『ジークアクス』の成功が切り拓いた、『ガンダム』世界の新たな可能性 多元宇宙で広がった創作の余地

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2025年06月26日 08:00  リアルサウンド

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小説版『機動戦士ガンダム』(スニーカー文庫)【左上】ほか

 TVアニメ『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』(ジークアクス)が第12話「だから僕は…」で完結した。『機動戦士ガンダム』(1979-80年)で地球連邦がジオン公国に勝った設定をひっくり返して、ジオンが勝利した世界を描く一種の仮想戦記と思わせて、似たような世界が幾つもあるという多元宇宙の設定をぶち込み、『ガンダム』にとって正しい歴史とは何かを問うような物語を生み出した。文字どおり“何でもあり”だった『ジークアクス』が『ガンダム』の世界に拓いた可能性とは?


参考:【画像】『ジークアクス』鶴巻和哉らの完結記念イラスト&メッセージ


■『ジークアクス』が拓いた功績


 仮想戦記は面白い。第二次世界大戦の勝者が連合国側ではなく枢軸国側だった世界を想像してみせたフィリップ・K・ディックのSF小説『高い城の男』(ハヤカワ文庫SF)も、第二次世界大戦に大日本帝国とアメリカ合衆国が参加せず、ドイツが勝利した世界で第三次世界大戦が起こる佐藤大輔『レッドサン ブラッククロス』(中央公論新社)も、あったかもしれない架空の歴史を見せてくれて興味を誘われる。


 現実の歴史では負けてしまった側にいる者が、勝っていた場合を想像して良い気持ちになれるというところも、仮想戦記が好まれる理由だろう。だから今もジャンルとして人気がある。6月25日にも第一人者の横山信義による『機動部隊旗艦「大和」6 「大和」残照』 (C★NOVELS)が刊行されて、現実では不遇だった戦艦大和が大活躍する世界に浸らせてくれる。


 『ジークアクス』も当初は、そうした仮想戦記ならではの反転の面白さで目を引いた。シャア・アズナブルを擁してファンの多いジオンが、連邦の作った最新鋭モビルスーツ「ガンダム」を手に入れ、アニメに描かれた敗北の歴史をひっくり返す。ジオン推しだった人たちの溜飲を下げ、ガンダムファン全体に“その後”の世界がどうなっているか、あの人たちは何をしているのかを見せて、なるほどといった感嘆を誘った。


 その上で、思春期の鬱屈した少年少女が非日常的な出来事にあこがれ飛び込んでいくという青春ストーリーを描いて、ガンダムを知らない世代の関心も惹きつけた。友達だった相手がライバルになるようめまぐるしい関係性の変化で翻弄しつつ、次にどうなるかといった興味を煽ってラストまで持っていく。スピード重視の時代を映したストーリーテリングもファンを飽きさせなかった。


 仮想戦記的な興味だけなら、ファンが作る二次創作でも満たされないことはなない。『ジークアクス』の価値は、そうした二次創作的な想像を「ガンダム」シリーズの総本山が自ら繰り広げ、創作の余地を広げたところにある。多元宇宙というSF的な理屈を持ち込んだことも、『ガンダム』の舞台の土台になっている「宇宙世紀(UC)」、あるいは「正史」の相対化に納得感を与えた。「正史」も含めてすべての歴史が、「シャロンの薔薇」と呼ばれるララァ・スンの想念が作り出した数ある世界線のひとつになった。これが、今後の創作にいろいろな影響を与えそうだ。


 『ガンダム』から始まり『機動戦士Zガンダム』(85年)『機動戦士ガンダムZZ』(86年)へと続いていく「ガンダム」シリーズは、設定もキャラクターもメカニックもある程度、UCの上に刻まれる「正史」を踏まえる必要があった。ファンの期待に応え、物語の世界を壊さないために必要だったからだが、『ジークアクス』の好評は、「正史」を外れた設定や物語でも大いに受け入れられることを示した。


 今後、『ガンダム』と地続きのUC世界を舞台にする時でも、面白ければ仮想戦記的な試みを織り交ぜられるかもしれない。自分ならこうしてみたいと挑戦する動きも出て来そうだ。


 過去にこうしたUC宇宙の改変の試みが行われなかった訳ではない。生みの親の富野由悠季監督自身が、1979年11月から順に3冊発表した小説版『機動戦士ガンダム』(スニーカー文庫)で、TVアニメから逸脱したストーリーを書いている。全3巻の第1巻でララァは死んでしまい、ラストはアムロすら死んでしまう。それでも、生みの親により“もうひとつのガンダム”としてファンは受け入れた。


 富野監督は、『ガンダム』を劇場3部作にした時も改変を行った。『ジークアクス』の第12話でシャアのゲルググと白いガンダムが戦っている場に登場した、アルテイシア(セイラ)が操縦している乗り物は、劇場版では「コア・ブースター」に変えられた「Gファイター」というメカだ。劇場版しか見ていない人は驚いたかもしれないが、TVアニメのファンには嬉しい登場だった。


■富野監督だからこそできた”改変”


 富野監督は『機動戦士Zガンダム』でも“バージョン違い”を作った。TVアニメを3部作として編集し直した『機動戦士Ζガンダム A New Translation』(2005-06年)で、ラストをTVアニメとは変えて、『Zガンダム』が『ガンダムZZ』へと続く道を断ち切った。ここでUCが変わってしまうと、『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』(88年)にも福井晴敏の小説を元にした『機動戦士ガンダムUC』(2010-2014年)にも話が続かなくなるが、これも生みの親による別バージョンの提示と受け入れた。


 富野監督だからできたことで、それ以外のクリエイターにとって改変は勇気がいることだだろう。そのせいか、スピンオフ的な「ガンダム」シリーズは、「正史」では描かれていない出来事なり登場していないキャラクターを出して、歴史の隙間を埋めるようなものが多くなった。ところが、『ジークアクス』は「正史」の周囲にUC世界を拡張しても構わないような雰囲気を作ってしまった。


 監督の鶴巻和哉や手伝った庵野秀明といったクリエイターたちなら、「正史」をリスペクトしつつ面白い別の世界を見せてくれるはずだという信頼感があったことは断っておく必要があるだろう。誰でも挑戦できるものではない。勝つ自信がある者だけが挑める領域なのかもしれない。


■拡張しゆくガンダムの「正史」


 それでも、拡張された「正史」でも面白ければ受け入れる雰囲気が醸成されたことは、クリエイターにとって朗報だろう。太田垣康夫が2012年から連載している漫画『機動戦士ガンダム サンダーボルト』は、UCものではありながらシャアもアムロも登場しないなど、あまり細かい縛りは受けていない作品で、シリーズ累計550万部という人気作となっている。


 2015年から17年にかけ、各4話で2シーズンがアニメ化されて、中村悠一や木村良平ら人気声優が演じるキャラクターたちのドラマと、スリリングで激しいモビルスーツ戦の描写が話題になった。もっとも、その続きがアニメ化される気配がなく、ファンを残念がらせている。『ジークアクス』が拓いた“なんでもあり”の状況下で、アニメの企画が再始動してくれれば喜ぶファンも多そうだ。


 もちろん、ガチガチのUC準拠で紡がれる物語にも、依然として需要はある。富野がブライト・ノアの息子のハサウェイ・ノアを主人公に描いた小説を原作に、2021年に第1作が公開された『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の続きが期待されていることが、その証明だ。一方で、2022年から23年にかけて話題をさらった『機動戦士ガンダム 水星の魔女』や、興行収入が50億円を突破するヒット作となった映画『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』(2024年)のように、UCから完全に離れた「ガンダム」にも需要は多い。


 次にくる「ガンダム」シリーズが何になるかは不明だが、『ジークアクス』の成功が新しい可能性を広げたことだけは確かだ。それこそ、現代のOLがUC世界のキシリア・ザビに転生しながら、自分の知っている歴史とどこか違うと感じ修正しようとする築地俊彦『機動戦士ガンダム 異世界宇宙世紀 二十四歳職業OL、転生先でキシリアやってます』(KADOKAWA)がアニメ化されても不思議はないかもしれない。


(文=タニグチリウイチ)



このニュースに関するつぶやき

  • 少くとも私はアムロ・シャア・ララァが宿命の十字架から救われる世界線が有っても良いと長年漠然と思ってたから今回のジークアクスは大凡肯定評価する
    • イイネ!23
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