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政府備蓄米の放出が続き、高騰した米の価格が下落を始めている。農林水産省によれば、6月9〜15日にスーパーで販売した5キロ当たりの平均価格は3920円と、約3カ月ぶりに4000円を割った。
【画像】イトーヨーカドー、イオン、セブンなどで取り扱った備蓄米(全9枚)
さらなる備蓄米の放出が進んでいること、江藤拓前農林水産大臣のときに放出した備蓄米が店頭に出回ってきたことも背景にあるが、それだけではない。米の価格高騰に苦しむ消費者の期待に応えるべく、政府と随意契約を結ぶや否や、電撃的に店舗に並べたスーパー、ホームセンターの努力もあった。
3月から行っていた備蓄米の放出では、JA全農(全国農業協同組合連合会)が約95%を落札。JAなどの集荷業者から小売店までは、最大5次までの卸売業者を経由するといわれており、流通過程で目詰まりを起こし、時間がかかることが問題視された。
しかし、5月21日に小泉進次郎氏が農相が就任してからは、大手小売業者へと直接販売する随意契約に切り替わった。店頭には予想よりはるかに早くコメが並び、5月31日にはイトーヨーカ堂とアイリスオーヤマ、6月1日にはイオンとPPIH(パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス)が、販売を始めている。
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備蓄米は玄米の状態で政府が委託した全国の民間業者の倉庫で保管しており、精米をしないと店頭に出せない。通常、精米工場の繁忙期は9〜10月であり、イレギュラーで生産を増やすのはもちろん、ドライバー不足の折、精米工場へ輸送するのも容易でないはずだ。小泉農相も驚く電光石火の備蓄米販売はなぜ、実現できたのだろうか。
●各社が「スピード販売」できた要因
いち早く備蓄米を販売したアイリスオーヤマは、自社で精米工場を持っている。工場を竣工したのは2014年で、東日本大震災の復興支援をきっかけに建設した。精米能力は年間10万トン。熱に弱い栄養素を残し鮮度を保つ独自の精米技術「低温製法」を確立し、国際規格「FSSC22000」認証を取得している。傘下にホームセンターのユニディ、ダイシンを有し、店舗では食品の販売を行っており、米も取り扱う。
同社では5月26日、古古米1万トンを申請して27日に随意契約を結んだ。そこから29日に工場で精米を行い、31日には店頭販売を行った。価格は5キロで2160円だ。ユニディ松戸ときわ平店では65袋を用意し、あっという間に売り切れた。ダイシン幸町店でも95袋を用意したが、降雨にもかかわらず同様の反響があった。
同社には備蓄米の全量がまだ届いておらず、随時精米をして傘下のホームセンターとECで販売していく方針だ。備蓄米は、2025年度の新米が出回る8月中に販売するよう農林水産省が要請しているが、一気に運送できるトラックとドライバーが足りていないようだ。
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イトーヨーカ堂は5月27日に5000トンを申請。同社は精米工場を持っていなかったものの「取引先の協力もあり31日に販売できた」(広報)という。実際に販売されている米袋には、販売者が木徳神糧と表示されている。メイン工場を埼玉県桶川市を持ち、全国に4つの精米工場がある、大手米卸の木徳神糧の流通ルートを活用しているようだ。イトーヨーカドー大森店では、500袋を5キロ2160円で販売した。開店する午前10時より1時間早い9時に整理券を配布し、即日完売した。その後も店舗とECで入荷次第、順次備蓄米を販売している。
イオンは、イオングローバルSCMという物流専門のグループ会社を有している。全国の店舗を自社配送でカバーしているので、迅速なサプライチェーンマネジメントが可能だ。このようなインフラの充実により、6月1日から備蓄米を販売できた。「スピード感を持ってお客さまに届けられるよう、日頃からつきあいのある精米工場に依頼し、スケジュールを組んだ」(広報)ことも大きいだろう。同社が申請したのは5月27日で、2万トンの契約だ。申請は決して早い方ではなかったが、物流の巧みなコントロールで巻き返した。
6月1日、6200袋をイオンスタイル品川シーサイド店に入荷。さすがにこれだけの量は1日でさばけず、翌日にかけて完売した。地域住民の誰もが買えるように、十分過ぎるほどの量を一度に供給する姿勢に、イオンらしい流通哲学を垣間見た。価格は5キロで2138円。現在は「まいばすけっと」など、イオンの名を冠さない系列会社も含めて、全国1万店での備蓄米販売を目指している。ミニストップでもECで販売している。
●ドンキの「ユニークな取り組み」
PPIHは、傘下にドン・キホーテ、ユニーなどを有する流通グループだ。1万5000トンを申請し、随意契約を結んでいる。6月1日にMEGAドン・キホーテ大森山王店で1800袋を販売すると、即日完売した。価格は5キロ2139円。同社ならではのスピード感を生かし、備蓄米受託事業者や全国の精米業者の協力もあって、備蓄米倉庫から精米工場まで直接運んでいるため、迅速に店頭販売できた。
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同社の広報は「日本全国に店舗網を持っており、そのインフラをフル活用して消費者に備蓄米を届けることこそ、“使命”と考えて応募した」と振り返る。PPIHでは販売方法に一工夫している。同社のアプリ「majica」会員限定で、しかも1人1点限り、かつ週1回の購入に制限しているのだ。より多くの消費者に行きわたるような仕組みを考案した。
1人1点限りに購入を制限する動きは小売全体にあるが、アプリを使い、より踏み込んだ形で公平性を担保したのが、同社の独創性といえる。同社にも契約分の全量がまだ届いておらず、届き次第、精米して店頭に並べている。
こうして見ていくと、できるだけ早く消費者に安価な米を届けたいという使命感が、各社を動かし、協力会社を巻き込んで早期の販売につながったといえる。アイリスオーヤマは自社の精米工場、イオンは自社の物流網、イトーヨーカ堂は協力会社との結束、PPIHは米の公平な分配を強調していたのが印象的だ。同じ業態で顧客本位の販売は共通していても、店舗運営の考え方の違いが見えたのは興味深い。
なお、販売だけなら楽天がECでもっと早かった。5月29日に随意契約米の初回分を発売し、即日完売している。発送は6月7日からで、価格は5キロで2138円。全部で1万トンの契約となっている。
●備蓄米は無限にあるわけではない
米の値段が下がってきたといっても「コシヒカリ」をはじめとする銘柄米の価格は、まだまだ高く、5キロ5000円を超える商品も多い。2024年の同時期と比べると、2倍近い価格だ。そもそも、2000円前後で販売している随意契約の備蓄米を実際に店頭で見た人、さらには購入した人は、まだまだ少ないはずだ。安価な備蓄米が国民に行きわたって、家計が助かっている、とまではいい難い。
そこで、小泉農水大臣は中小の小売業者に向けて、第2回の随意契約米の放出を決めた。第1回目の放出で売れ残った古古古米が対象で、5月30日から受け付けが始まり7月2日時点で、中小の小売業者42社、3366トンが決まっている。精米ができる米穀店75社、4882トン。合わせて117社、8248トンが新たに放出されることが確定している。
この中には、セブン-イレブン・ジャパン、ファミリーマート、ローソンも含まれる。農水省は「コンビニは確かに流通大手だが、日常的に販売している米の数量は極めて少ない。そのため、1回目の備蓄米の放出対象から外し、2回目に米の中小の業者として契約を結んだ」と説明している。店頭価格は5キロ1800円ほどの想定だ。
しかし、第1回目の随意契約米の受け渡しもまだ終わっておらず、スムーズに中小の業者や米穀店が入荷できるかどうか、疑問もある。ファミリーマートとローソンは6月5日から、セブン-イレブンでは6月17日から、それぞれ備蓄米の販売を始めているが、なかなか目にすることがないのが実情だ。さらに、小泉農林水産大臣は6月20日から、外食や弁当業者、給食の事業者にも随意契約の対象を広げ、2020年に収穫した古古古古米の販売にまで踏み切っている。
これから秋にかけて2025年産の新米が市場に出回ってくるが、農林水産省では「米の増産を図っているので大丈夫だ」と話す。ただ、2024年も「新米が出回れば大丈夫」と自信たっぷりだったが、結果として米価は高騰するばかりだった。もう備蓄米は残り少ない。5キロ2000円前後のコメがいつまでもあるわけはなく、米国や台湾などからの輸入米も急増している。低価格ゾーンに輸入米が定着し、銘柄米は高価なままで米の市場が二極化する可能性は十分にある。果たして小売業者たちの奮闘により、銘柄米の価格も誰でも安心して買えるまで下がり、安定するのだろうか。そして、米農家が適正な利益を得られる価格に落ち着くのか。先が見通しにくい状況だ。
(長浜淳之介)
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