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仕事における大きな転機である「退職」。給料を上げるために転職したい、人間関係が合わないから辞めたい、新しいスキルを習得するために別の環境へ移りたいなど……その裏にはさまざまな理由があります。
そんな退職エピソードを掘り下げると、仕事のヒントがたくさんあるのではないか? という思いから、「ねとらぼ」では現在、退職エピソードを集めています。
今回はその中から、インターネット広告代理店のベンチャー企業に転職したMさんのエピソードを紹介。こちらを元に、人と組織、労働市場に関する調査・研究やサービス提供を手がけているパーソル総合研究所で研修講師として活躍している渡邉規和さんに、マネジメント上のポイントをコメントいただきます。
性別:男性
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当時の年齢:20代
退職した時期:2000年代
当時の企業の業種:インターネット広告系
当時の企業の社員数:約60人
当時の企業での職種:広告営業
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Mさんが当時の企業(以下S社)に転職したのは、20代前半の時。新卒で入社した広告系の大手企業は「言われたことだけをこなす環境。自分から色々提案しても、それとなく袖にされて、言われたことだけやっていればいい的な雰囲気が肌に合わなかった」ため、より主体的に仕事をしたいと感じ、約4年で退職します。
転職先として選んだのは、インターネット広告のベンチャー企業であるS社。「当時はベンチャーブームの影響もあってか、ベンチャー界隈が盛り上がっていました。外から見ていて活気があって良いなと思い、ベンチャー企業に行こうと決めました。その中でいくつかの企業を見て、最終的にS社に決めました」と、入社前はやる気にあふれていたそうです。
実際、入社してから1〜2カ月は「転職して良かったと思っていました」とのこと。前職とは違って仕事の裁量が大きく、何事にも主体的に取り組みたいMさんは「望んでいた環境が手に入った」と喜んでいました。
ところが、入社して3カ月目頃から、Mさんは徐々にS社への違和感を覚えるようになります。その最初のきっかけは、代表電話への入電でした。
「当時は今のようにリモートワークはなく、社員は全員出社が基本。自分の席には必ず電話があり、代表番号に電話が入ると全ての席の電話が鳴って、手の空いている人が出るようになっていました」
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Mさんは「新人だから当たり前」と、入社早々から代表番号への入電を積極的に取っていました。ですが、しばらくして「おかしい」と思ったそうです。
「気がつくと、自分しか代表番号への入電を取っていなかったんです。最初の頃は『自分が取るのが早いだけかな』と思っていたんですが、自分が手を放せなくて取れない時に、誰も取らなくて何回もコールしているのを聞いて、誰も取る気がないんだということに気づきました」
この一件をきっかけに、MさんのS社に対する印象が徐々に変わっていきます。
「仕事自体に文句はなく、色々気がねなく提案もできるし、採用されれば自分でゴリゴリ動かせる点は、退職するまで魅力に感じていました。ですが、この頃から『みんな自分のことしか考えていないのではないか?』『もしかして、自分だけ損をしているのではないか?』と感じることが増えていったんです」
実際、思い返すと、代表電話以外にも似たようなシチュエーションはいくつもあったそうです。例えば、会社の受付対応。配達で受付にやって来た運送会社やバイク便の受け取り、面接や打ち合わせでやって来た人達の各部門への連携なども、Mさんがほとんど対応していたそうです。
他にも、書類をコピーしようと複合機に行ったらコピー用紙が切れていて、補充するとそれまでのタスクが一気に処理されて大量の印刷が始まった、といった経験もあったとのこと。
「自分で紙を補充すればいいだけなのに、何でそれすらやらないのか、ホントに不思議でなりませんでした。紙詰まりが放置されている、なんてこともありましたね」
ただ、S社では結構な頻度であったそうで、やがて「これが日常風景なんだな」と感じるようになったそうです。
その後もこうした出来事は何度もあったというMさん。例えば、別部署からMさんの部署へ仕事の相談が持ちかけられる時は、必ずMさん宛てに届くようになりました。その対応を進める横で、他のチームメンバーが当たり前のように定時で帰社する光景を見て、「少しくらい手伝ってくれても……」と思うこともあったそうです。
こうした体験が積み重なるうちに不満が募り、とうとうMさんは上司に相談を持ちかけます。ところが、上司から返ってきた回答は「変えるのは難しい」というものでした。
「上司は、今いる社員の大半はそこまで主体性がないから、言っても変わらないと思うし、むしろ言ったことでネガティブな反応が返ってくると思う、とのことでした。それで会社を辞められでもしたら困るから、波風は立てたくないと、取り合ってもらえませんでした」
上司の話によれば、S社はとにかく人を採用できず、一方で仕事は増え続け、既存の社員達の稼働はひっ迫。給与をアップするなどして求人条件を引き上げたのですが上手くいかず、最終的には自社とのマッチングを考慮せず、人手不足解消を優先した採用を進めていったそうです。
結果、採用した社員の大半はモチベーションが低く、指示された仕事はやっても、自分から積極的に仕事を取っていくようなスタンスはないとのこと。そのため、Mさんが体験したような「代表番号の入電を特定の人だけが取り続ける」「受付対応を決まった人だけがやる」という状況が常態化してしまったそうです。
「転職前に採用ページを見た時には、熱いメッセージが書いてあったんですけど、やっぱりうかつに信じちゃいけないんだなと痛感しました。面接でも社内の内情とかけっこう踏み込んで質問して、その上で決めたので大丈夫だろうと思っていたんですけど、甘かったですね……」
その後、Mさんは丸2年勤めたところでS社を退職。「自分だけ割を食っているような気持ちがどんどん強くなって、我慢できなくなった」そうです。そして次の会社を探す転職活動では、S社での反省を生かし、どんな些細なことでも細かく確認したそうです。結果、転職は上手くいったようで、本記事公開時点でもその会社で働いています。
Mさんの事例を読んで、皆さんはどんなことを感じましたか? この事例は「転職活動の選考プロセスでの採用担当の案内はとてもよかった。けれども入社してみたら現実は“少しだけ”違った」場面といえます。確かに仕事自体に文句はない。むしろ満足しているといってもいいでしょう。採用担当の言葉に嘘はない。会社の魅力を正しく伝えてくれている。しかし入社後に、組織メンバーが醸し出している“雰囲気に違和感”があり、自分だけ損をしている気がしていたわけです。
実は、この事象には名前がついています。社会的手抜き(リンゲルマン効果)です。これは、綱引きをする時に人数が増えるほど、一人あたりの力が減少していたという事実に基づいています。このことを組織に援用すると、組織で仕事をする時に、メンバーが自分でも気がつかないくらい知らず知らずのうちに、「他の人がやってくれる」「自分くらい手を抜いてもバレない」と考えるようになってきてしまうことで、結果的に全体のパフォーマンスが低下してしまう、ということができるでしょう。
Mさんが感じた“違和感”の正体も、実はリンゲルマン効果なのではないでしょうか。きっと社員の一人一人はみんないい人なんだと思うんです。でも集団になると「自分一人くらい手を抜いても大丈夫だろう」となってしまうこともあるわけです。
この“違和感ある雰囲気”は、組織文化が表に漏れ出た結果といえます。では組織文化の原材料は何でしょうか? 見えないし触れない、でも確実に存在している組織文化の原材料、それはメンバーの行動と発言です。組織マネジメントでは「メンバーは良い行動をできているか?」「発言はポジティブか?」など、こうした観点から自組織とメンバーを観察し、良い点は認めてほめる、良くない点はフィードバックして正していく、こうした地道な活動が大切です。そしてリンゲルマン効果を克服していきたいですね。皆さんのチームには、社会的手抜きが生じていませんか? ぜひ一度、チェックしてみていただければと思います。
回答者:渡邉 規和(わたなべ・のりかず)
パーソル総合研究所 トレーニングパフォーマンスコンサルタント
人材サービス業の営業マネジャー(東京・仙台)、BPO事業プロジェクトマネジャー、合弁会社の人事で採用担当、2社のベンチャー勤務を経て2018年から現職。研修講師の専門職として若手からマネジャー層向けのコミュニケーション等の研修に年間およそ140日登壇。PMP、実務教育学修士(専門職)、青山学院大学大学院社会情報学研究科博士前期課程在学中。
※記事中の人物および企業のイニシャルは、エピソード提供者および提供者が退職した実際の企業のイニシャルではありません。
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