野良猫時代の虎王くん【今日のにゃんこタイム〜○○さん家の猫がかわいすぎる Vol.188】
勤務先の物置で暮らしていた野良猫親子を幸せにしたい。黒兎さん(@kuroto_mhko)はそう思い、長い月日をかけて2匹の保護に奮闘しました。
父猫の虎王(トラオ)くんは体が大きく、目つきが悪かったことから「ケモノ」や「悪い猫」と呼ばれ、迫害されていたボス猫だったそう。しかし、本当は我が子を必死で守り、育てていた優しい猫でした。
◆勤務先で子猫を保護したら“父猫”に抗議された!
2022年10月末、飼い主さんは勤務先の駐車場で鳴き喚いていた類(るい)ちゃんと出会い、保護をしました。
すると、翌日、思わぬ出会いが……。類ちゃんの父である虎王くんが、「俺が隠していた子を盗っただろう」というかのように抗議しに来たのです。
「類は比較的、状態が良かったので、この子に守られていたのか……と納得でした」
虎王くんは周囲の人々から嫌われており、人間に対する警戒心が強かったそう。しかし、その日は飼い主さんが近づいても逃げないほど、激怒していました。
そこで、飼い主さんは類ちゃんを保護したことを伝え、「これからは私が全力であの子を守る」と約束。さらに、「君も困っているなら、またここにおいで。ご飯とお水くらいは用意するから」と伝えました。
その言葉を聞くと、虎王くんは鼻を鳴らして、その場を去っていったそう。再会できたのは、2ヶ月後の2022年12月上旬でした。
◆「悪い猫」と嫌われていた親子猫の“本性”に感動…
再会時、虎王くんは娘と思われる怜音(レネ)ちゃんと共に現れ、飼い主さんの勤務先にある物置に住み着いたそう。
幸い、勤務先では2匹を地域猫としてお世話する雰囲気が出来上がりつつあったため、飼い主さんはTNR(※野良猫に不妊手術を行い、元の場所へ戻し、繁殖を抑制する活動)を視野に入れ、2匹と交流し始めました。
交流中、感動したのは虎王くんの親心。温めたフードをあげた時、虎王くんは怜音ちゃんを優先し、自分はよだれを垂らしながら、グっと我慢。追加のご飯を差し出しても、怜音ちゃんが満腹になるまで食べませんでした。
「こうして子どもたちを守っていた優しい虎王を、どうにかして幸せにしてあげたいと思いました」
一方、娘の怜音ちゃんは「悪い猫」と呼ばれている虎王くんと1年近く共に行動する中で、罵声を浴せられたり、物を投げられたりしたため、常に緊張状態。
人間への強い警戒心を感じ取った飼い主さんは「保護しても、シャンプーなどができるだろうか」と不安に思ったこともあったそう。
しかし、ある日の出勤中、会社近くの茂みから飛び出して飼い主さんの車を追いかけ、全速力で駐車場に走ってきた怜音ちゃんをミラー越しに見て、保護への覚悟を固めました。
「その姿を見て、あの子は私の子だ……と思ったんです。だから、10年に1度の大寒波が来ると騒がれた2023年1月21日に保護しました」
◆看取り覚悟で元ボス猫も自宅に迎え入れて…
怜音ちゃんを優先的に保護したのは、虎王くんよりも生命力が弱いと判断したから。飼い主さんは同居中の両親との関係性を心配していましたが、怜音ちゃんは威嚇をせず、小さな声でご挨拶。あっという間に家での暮らしに慣れてくれました。
「お迎えから数日後、初めて抱っこをしたら、喉を鳴らして私の胸に顔を埋めて眠ってくれました」
残るは、虎王くんの保護。飼い主さんは怜音ちゃんのお世話で手一杯になったため、同僚と協力しながら虎王くんをサポートし、ひとまず大寒波を乗り越えました。
職場の人たちの優しい見守りもあり、虎王くんはその後も“会社の猫”として、しばらく暮らしていたそう。
しかし、ある日、新参者の猫に襲われて縄張りを追われ、姿を消してしまいます。目撃情報が寄せられるたび探しに行くも見つからず、再会できたのは半年後でした。
「虎王を倒した猫がまだうろついているのに、早朝から物陰に潜んで私の出勤を待っていました」
虎王くんはやせ細り、顔には大怪我が……。飼い主さんは悩んだ末、虎王くんを愛猫として迎え入れるようと決意しました。
「ここで虎王を見捨てて一生後悔して生きるくらいなら、私が頑張れば済むことだと思ったんです。ボロボロの状態だったので、看取り保護になる覚悟で連れ帰りました。子どもや仲間を守り続けたのだから最期くらい、安心して暖かな場所で逝かせてあげたくて」
◆奇跡のV字復活を果たした父猫…お迎え後に見た“猫の親子愛”とは?
お迎え後、虎王くんは極度の緊張状態に。朝になったら死んでいるのでは……。そんな不安を抱きつつ、飼い主さんは獣医師のアドバイスを受けながら自宅療養や治療を進めていきました。
すると、虎王くんの体調は快方に向かい、自分なりの生活パターンを掴んで、穏やかな家猫ライフを送るように。
「シャンプーや駆虫、ワクチン接種を済ませた後に抱っこしようと手を広げたら、自ら腕の中に入ってきてくれて。幸せそうに私の顔にスリスリして、何度もキスをしてくれました」
愛らしいその姿を見て、飼い主さんは今まで虎王くんの耳に届いていた「悪い猫」という言葉の冷たさに、改めて胸が痛んだそう。
また、虎王くんと怜音ちゃんの深い親子愛を見て、胸がいっぱいになりました。
「お迎え当初、虎王を別室で隔離していたら、怜音がソワソワし始めて。1年8ヶ月も会えていなかったので、さすがに覚えていないだろうと思っていましたが、怜音はわずかな隙をついて部屋から飛び出し、虎王のケージへ。2匹はケージ越しに鼻をくっつけ、目を細めていました」
怜音ちゃんは不安鳴きする虎王くんのそばで小さく鳴き、喉を鳴らしながらケージ越しに寄り添いもしたそう。愛が溢れるその光景を、飼い主さんは美しいと感じました。
「怜音も虎王も堂々たる体と凛々しい顔立ちなので、強そうとか怖いとか言われますが、実際はナイーブで甘えん坊。悲しくなればヒンヒン鳴いて私のお腹に顔を埋め、抱きしめると赤ちゃんのように腕の中で丸くなって眠ります」
◆猫の生態が広く理解され、誤解や迫害が起きない社会になってほしい
一生分の警戒心を使い果たした2匹は現在、居眠り中に猫ベッドから滑り落ちたり、ご飯の時間に興奮しすぎてお皿の前で滑ったりするなど、ドジな一面も見せられるように。
2匹の日常を微笑ましく見守る中で、飼い主さんは野良猫への適切な接し方が多くの人に知られてほしいと、より強く思うようになりました。
「地域問わず、猫の生態や行動パターンを理解する人が増えれば、猫も人も少しずつ暮らしやすくなるはず。周囲の協力を得られると、自分ひとりではできないことも解決でき、保護やTNRもしやすくなります。猫が誤解をされ、迫害されない社会になってほしい」
そう話す飼い主さんは自身の現状を客観視し、愛猫を最優先にしながら他の猫との向き合い方を考えることの大切さも訴えます。
「実は私が初めて共に暮らした猫は、虐待で牙を全て切断されて捨てられた老猫でした。その子は猫エイズで腎臓の状態も悪かったので3年で亡くなりましたが、あの時誓った『自分が迎え入れた猫は、何があっても最後まで共に生きる』の覚悟は、今でも心に強く刻まれています」
猫を見かければ触りたくなるし、痩せた子にはご飯をあげたくなるのが猫好きの性。しかし、その愛は、多頭飼育崩壊を引き起こすきっかけになることもあるからこそ、自身の年齢や収入、体力などを考慮して守れる命の範囲を考えることは大切。慎重な判断は、不幸な猫を増やさないことにも繋がります。
「悪い猫」と忌み嫌われたまま、命を終えずに済んだ虎王くんと怜音ちゃん。素の自分に戻れる家族と出会えたことに幸せを感じている2匹は、これからも「かわいい」を注がれる日々を送っていきます。
<取材・文/愛玩動物飼養管理士・古川諭香>
【古川諭香】
愛玩動物飼養管理士・キャットケアスペシャリスト。3匹の愛猫と生活中の猫バカライター。共著『バズにゃん』、Twitter:@yunc24291