福岡県大川市は家具の一大産地として知られる。江戸・明治時代に家具産地としての下地が形成され、戦後は人口増加とともにタンスや棚の生産地として発展してきた。
同市に拠点を置き、DXの先進的企業として知られるのが浅川木工だ。1977年に創業し、格子のデザインを特徴とする棚ものを生産してきた会社である。
同社は中小企業の多分に漏れず、後継者問題に直面していたのだが、2024年に事業承継を手がけるSoFun(滋賀県近江八幡市)が子会社化し、同年9月に東郷和也氏が新社長に就任するとDXが本格化。タイムカードによる勤怠管理をクラウドに切り替え、商品のデザインではAIも活用している。同社のDX施策を取材した。
●Wi-Fiすらなかった
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浅川木工は主にタンスや棚などの「箱物」を生産している。細い棒を使った格子状のデザインが特徴だ。格子の部分には他社では扱いづらい細い廃材を活用しているため、原料を安く仕入れられるという。
木材同士の接合には、木材の凹凸を活用した「鎌ほぞ組み」を用いており、釘やネジなどは用いない。他社には真似できない特殊な構造で、強固に接合できるのが強みだという。大川市ではメーカーの分業制が進む中、浅川木工は箱の製造や塗装、組み立てに至るまで工程全体を一貫して手がけている。このように浅川木工は高い技術を有していたが、DXでは遅れていた。
「就任当時は社内にWi-Fiすらなく、有線でPCを接続していました。私のPCをネットにつなげるために、アダプターを買うところから始めました。PCの台数も少なく、数人で1台を使うような状況でした。顧客リストや生産の管理表も手書きでしたね」(東郷社長)
東郷氏は就任後にPCやWi-Fiの導入など、基本的なところを整備した。また、クラウドソフトを導入し、手書きやオンプレミスのソフトによる従来の方法から切り替えた。例えば、契約書のやり取りにクラウドサイン、スケジュールの管理にはキントーンを活用している。タイムカードで管理していた従業員の勤怠管理もクラウドソフトに切り替えた。
浅川木工に限らず、地方の中小企業ではDXが遅れる事例は多い。情報がないか、従来通りの方法でやってこられたため改革のモチベーションが低いなど、理由はさまざまだ。上場企業であっても、経理関連の書類が紙のままだったり、勤怠表を従業員に手で書かせたりする事例がある。
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●ITツールの刷新で見えた課題
浅川木工の商流は全国にある地場の家具チェーンや家族経営店などの小売や卸である。手書きからクラウドでの管理に切り替えたことで一部の課題が明らかとなり、利益率の改善につながったという。
「システムを導入したことで一部商品の利益率が低いことが明らかになりました。在庫を抱えやすい商品も判明しました。従前も問題なく事業を展開できていましたが、昨今の原材料費高騰に対応すべく値上げを実施し、収益を改善しました」
格子柄の商品に独自性があるためか、値上げ実施後に売れ行きが低迷することはなかったようだ。業界では、製造業者がメーカー希望小売価格を提示しても、小売業者が独自に売価を決めた場合、メーカーはその3割の価格で納入する商習慣があったという。仮にメーカーが10万円の小売価格を想定しても、小売業者が7万円と提示した場合、メーカーはその3割にあたる2.1万円で卸すことになる。そうした商習慣にとらわれず、適正に対応できていると東郷氏は話す。
●商品デザインにAIを活用
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浅川木工では随所にAIを活用している。会議の議事録は手書きではなく、録音データを活用し、AIがまとめている。AIは発言者を認識し、「誰が発言したか」も文書に記載する。
商品のデザインでもAIを活用している。
「商品の設計ではChatGPTなどのAIを活用しています。既存製品の画像を読み込ませた上で『この部分の色を赤色に変えて』『取っ手のデザインを丸くして』など、言語で指示するとAIはすぐにデザイン画像を生成してくれます。以前は、絵コンテや試作品の作成を経て商品化の判断をしていたので、デザインの時間を大幅に短縮できました」
既存製品の画像とInstagramでバズった家具の画像を読み込ませ、AIにデザインさせる事例もある。以前は茶色系のシンプルな色合いが中心だったが、流行を取り入れることで、1ページ目の写真のような赤と黒の色合いが実現した。新たに設立した会社のロゴもAIがデザインした。AIはデザイナーの業務を代替し、時間短縮にも貢献している。
生産現場では近々、QRコード方式を導入する計画だ。工場の各工程でQRコードを読み取り、その情報をシステムに反映することで、事務所から生産状況を把握できるようになる。
●横ばい市場で何を狙う?
同社を取り巻く市場環境は芳しくない。家具市場の規模は1990年前後がピークで、家庭向けは近年、6000億円台で横ばいに推移しており、食料品価格の高騰や人口減少の影響も受けていることから爆発的な成長は難しい。
「先細りが見えているので、国内の卸売以外も開拓しなければなりません。まずは利益率の大きい直販を広げるため、ECを立ち上げました。海外展開も見据えており、中東や北欧を視野に入れています。私の次の代になるかもしれませんが、海外売上比率をマックスで2割まで伸ばしたいですね」
直近では9月、米ファンドのLキャタルトンが大川市の大手家具卸である関家具を買収すると報じられた。Lキャタルトンは仏高級ブランド大手モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH)系の投資ファンドだ。これを起点に大川家具ブランドの世界的な認知度が高まるかもしれない。
IT化やDXと聞くと、目新しい技術を導入するような印象を受けるが、浅川木工ではWi-Fiの導入から始めるなど、基本中の基本からスタートした。前述の通り、システムの導入は利益率の改善にも貢献している。中小企業によるDXの参考になりそうな事例の一つといえる。
●著者プロフィール:山口伸
経済・テクノロジー・不動産分野のライター。企業分析や都市開発の記事を執筆する。取得した資格は簿記、ファイナンシャルプランナー。趣味は経済関係の本や決算書を読むこと。
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