写真/産経ビジュアル 名古屋市のアパートで高羽奈美子さん(当時32)が殺害された事件から26年。10月31日、安福久美子容疑者(69)が出頭し逮捕された。容疑者は奈美子さんの夫・悟さん(写真)の同級生だった。殺人含む12罪の時効を廃止する改正刑事訴訟法成立後、長期未解決事件の容疑者が逮捕に至るケースが相次ぐ。
信州大学特任教授の山口真由氏は、「被害者遺族の長年の闘いが、司法の“時間軸”を変えた」と語る(以下、山口氏の寄稿)。
◆名古屋の主婦殺害・容疑者を逮捕
26年前に妻を殺された2人の男性がいる。1人は犯人を追いつめる活動に邁進し、もう1人は被害者の権利を広く世に訴えた。1999年に起きた名古屋主婦殺害事件。迷宮入りかと思われた捜査は、10月31日に夫・高羽悟さんの高校の同級生が逮捕されたことで大きく動いた。この逮捕はまた、悟さんの活動の成果でもあった。
殺害現場となった当時の自宅の家賃を悟さんが支払い続けていたのはよく知られる。犯人の血痕がそのまま残った玄関は“終わらない事件”の象徴となり、自身が代表幹事を務める「宙の会」(殺人事件被害者遺族の会)が訴えてきた殺人事件などの公訴時効の廃止にも貢献した。そう、26年前の罪を司法で裁くことができるのは時効の撤廃ゆえだ。
一方、同じく1999年に妻と、そして幼子まで殺害された本村洋さんは「あすの会」(全国犯罪被害者の会)の創設者の1人となって、被害者の権利のために闘ってきた。光市母子殺害事件として著名なこの事件。犯人は当時18歳の少年だったため、犯行の詳細も動機も被害者遺族には知らされなかった。母の遺体に縋りつくも頭から叩きつけられ、それでもなお這い寄ろうとするところを絞殺された11か月の娘──。極めて残忍な犯行の一部始終を裁判の傍聴席で初めて知った洋さんは、被害者遺族の悲しみに寄り添うシステムが、司法において欠落していると訴えてきた。
◆被害者遺族の闘いが変えたもの
「宙の会」と「あすの会」──創設の目的や活動は違えど、共通点もある。被告人は裁判で更生の可能性を訴えられる。一定の期間がたてば起訴を免れられてきた。未来へと向かう権利が保障されているのだ。ところが、被害者と遺族は過去に生きることを強いられてきた。刑事裁判では傍聴すら権利として認められず、一般人とともに列に並ばなければならなかった。一家の大黒柱を失っても、多くの事案では困窮に甘んじなければならない。こうして、彼らは常に過去に縛りつけられてきた。
ここに真っ向から反旗を翻した2人の男性が、ほかの犯罪被害者の方々とも共鳴し、日本の司法制度を大きく変えた。時間がたっても犯人を裁ける制度へ、被害者の思いが正当に代弁される法令へと、刑事司法の未来を塗り替えていったのである。26年たってなお捜査が動きうるという事実は、他の未解決事件の被害者遺族に未来への希望を与え、時間が経過しても決して罪から逃げきれないという現実が未来の犯罪を抑止しうる。
被害者遺族が“あす”を見据えられるとき、被害者への思いは宇“宙”の「無限の時間」の中で、過去から未来へとつながっていく。
<文/山口真由>
【山口真由】
1983年、北海道生まれ。’06年、大学卒業後に財務省入省。法律事務所勤務を経て、ハーバード大学ロースクールに留学。帰国後、東京大学大学院博士課程を修了し、’21年、信州大学特任教授に就任