
ベテラン営業が持つノウハウは、多くの企業で属人化したまま消えていく。
商談での切り返し方、顧客の本音を引き出す問いかけ、競合との差別化ポイント。こうした暗黙知を組織の資産として残せないか。AIセールスエージェントがその解を示し始めた。
AIセールスエージェントは商談に同席して会話を構造化し、誰もが参照できる知識として蓄積する。若手には「頼れる先輩」として、マネジャーには「バイアスのないチームリーダー」として機能する。単なる文字起こしやRAGとは異なる独自技術で、営業組織の変革が動き出している。
「既存のSaaSは既に限界を迎えている」──こう話すのは、AIセールスエージェントを提供するEfficの菅藤達也CEOだ。一体どういうことか。AIセールスエージェントは営業の在り方をどこまで変えることができるのか。話を聞いた。
|
|
|
|
●なぜ? 新卒が短期間で初受注できたワケ
マネーフォワード ビジネスカンパニー リーガルソリューション本部の高木雅史本部長は、AIセールスエージェント導入の効果を実感している。「新卒メンバーが初受注できた」。
2025年4月末に営業部門に導入したAIセールスエージェント「Effic」(エフィック)が、組織の育成を変えた。
同本部の営業部門は15人規模で、正社員と業務委託メンバーが混在する。新たに加わるメンバーには通常、専属の先輩をつけて2カ月かけて育成する。プロダクトの競合との違い、顧客の業務への当てはめ方を学ぶオンボーディングプランを作り、ロールプレイングを重ね、QA集を用意して、ようやく一人立ちできる。
AIセールスエージェントの導入により、この構造が変わった。AIが商談に同席して記録し、過去の成功パターンを自動で蓄積する。新人は蓄積された知識を参照しながら商談に臨む。高木氏は「リーダーはファクトに基づいてメンバーを指導できるようになった」と変化を実感している。
|
|
|
|
●オンライン化で消える「飲み屋の説教」
リモートワーク普及で、営業組織を取り巻く環境は大きく変わった。一般社団法人オンラインコミュニケーション協会の2024年版調査によると、大企業ではオンライン会議が主流となり、商談の多くもオンラインで実施されるようになった。
AIによる議事録生成も普及しつつあるが、膨大な情報ログは蓄積されるだけで、組織として活用できていない。同調査では44.3%がオンライン会議の質向上のための学習を「したことがない」と答えている。
高木氏は構造的な課題を指摘する。「昔は訪問帰りの電車で怒られたり、夜の飲みの席で愚痴りながら学んだりした。今の働き方ではそれがメインにならない」。対面での暗黙知の伝達が機能しなくなった一方で、デジタル環境に適した仕組みは整っていない。
エースプレーヤーが日々蓄積する知見が組織に還元されない問題も深刻だ。「商談の中でより良い言い回しや、競合への対抗策を学んでいる。だがオンボーディングメニューに反映されるまでタイムラグが生まれる」と高木氏。業務委託メンバーが多い組織では、人の入れ替わりも頻繁で、せっかくの知見が消えてしまう。
|
|
|
|
●既存のSaaSはもう限界 指示が不要なAIエージェントの時代へ
この課題に挑むのが、2023年1月に設立されたEfficだ。CEOの菅藤氏は、会計事務所向けSaaSのクラビスを創業した経験から、営業組織が抱える本質的な問題に気付いた。「創業者が熱く語ると売れるが、部下が売ると売れない。日本中の人が営業のノウハウ共有に悩んでいるのではないか」
菅藤氏が指摘するのは、既存のSaaSが持つ構造的な限界だ。「SaaSはユーザーに作業を強いる。データ入力を人間に依存する設計になっている」。商談記録ツールが登場しても、結局は人間が情報を入力し、整理しなければならない。情報ログはたまり続けるだけで、活用されない。
Efficが目指すのは、人間が指示する前に動くAIエージェントだ。Googleカレンダーと連携するだけで、商談前の企業リサーチから、商談への同席と記録、議事録作成、お礼メールの下書き、週次レポートの作成まで自律的に実行する。「究極的には、UIがないのが理想」と菅藤氏は語る。
Efficの核心は、商談データの構造化にある。全ての商談を記録し、多面的に分析して組織の資産に変える。
1時間の商談を細分化し、3段階のプロセスで構造化する独自技術を開発した。
まず、商談の目的を抽出する。商談の全ての要素が目的に紐づけられるため、ここで精度が大きく変わる。次に予算、期日、競合といった個別要素を専用のモジュールで分析する。最後にこれらを統合してスコア化し、次に取るべき行動指針を提示する。この分析プロセスで特許も取得した。
「単に文字起こしをしてプロンプトを投げるだけでは、全然精度が出なかった」と菅藤氏。プロセスごとに異なるLLM(大規模言語モデル)を組み合わせ、営業に特化した分析を実現している。
蓄積された商談データからは、営業のベストプラクティスや各顧客との商談進捗情報が自動的に抽出される。どの競合にどう対応すれば勝てるのか、どのタイミングで何を聞くべきか。これらの暗黙知が、検索可能な組織の知識として残る。この仕組みが、若手の成長支援からマネジャーの組織運営まで、幅広い応用を可能にする。
●客に詰められるのが怖くて「ヒアリングできない」若手が多い
構造化された商談データは、営業組織の中で異なる2つの役割を果たす。若手にとっては頼れる先輩として、マネジャーにとってはバイアスのないチームリーダーとして機能する。
マネーフォワードの高木氏は、若手時代の経験を振り返る。「上司から『もっとヒアリングしろ』『もっと掘れ』と言われたが、怖くて聞けなかった」。顧客から予想外の質問が来たとき、答えられずに信頼を失うことを恐れる。結果として、自分の土俵である機能説明や価格の話にとどまり、顧客の本当の課題に踏み込めない。
Efficが開発中のライブアシスト機能は、この心理的障壁を取り除く。蓄積された過去の商談データをもとに、商談中にリアルタイムで助言を提示し、顧客からの難しい質問にも対応できるようサポートする。「答えられない質問が来ても、Efficが返してくれる。だから純粋に顧客のことを聞ける」と高木氏は期待を込める。
現時点でも、商談後の振り返り機能が効果を発揮している。EfficはBANTC(予算、決裁者、ニーズ、時期、競合)の観点から商談を分析し、スコア化する。「予算を聞いていない」「決裁者との接点がない」といった弱点が可視化され、次の商談での改善点が明確になる。
Effic Wikiと呼ばれる機能では、過去の商談から抽出されたベストプラクティスが集積される。競合製品の特徴、効果的だった切り返し方、業界特有の課題などが整理され、チャット形式で問いかけると「こう言ったら勝てる」という提案が返ってくる。高木氏は「ベテランの先輩が横にいて、答えられないことは答えてくれる。それをリモート環境で実現している」と表現する。
営業責任者にとってEfficは、組織の実態を客観的に把握する手段となる。「従来はマネジャーが営業進捗状況をレポートするが、一定のバイアスがかかっている。自分の過去の引き出しの中でしか語れない」と高木氏は指摘する。
Efficは全商談データを俯瞰(ふかん)し、バイアスなく分析する。週次レポートでは商談を統計化し、組織全体の傾向や個々のメンバーの課題を可視化する。リーダーはファクトに基づいた指導ができ、勘や経験だけに頼らない組織運営が可能になる。
「私が離れた後でも、このチームはEfficと共に成長していける」。高木氏のこの言葉は、Efficが営業部長と現場をつなぐリーダークラスの役割を担い始めていることを示唆する。情報を伝達し、メンバーを育成する中間管理職の機能を、AIが補完する時代が来ている。
●営業の枠を超えた展開も
Efficは現在、5段階のロードマップを描いている。第1段階は商談の分析による組織知の蓄積、第2段階は個別メンバーへのコーチングやロールプレイング支援だ。今後は第3段階として新規リードへの即時フォローアップ、第4段階で予算管理やKPI設計の支援へと進化する。最終的には第5段階として「デジタルワーカー」となり、人と同じように営業を考え、働く存在を目指す。
菅藤氏が見据えるのは、営業の枠を超えた展開だ。「営業マンのためだけではなく、その先の顧客のためにプロダクトを作っている」。顧客が正しい情報を得て、正しく判断できる状態を作ることが本質だという。
具体的には保険募集人への応用を検討している。情報の非対称性が高く、顧客の不安を煽れば契約が取れてしまう業界だ。だが法律で言ってはいけないこと、言わなければいけないことが細かく定められており、難易度は高い。「顧客本位とは何か、どう売るべきかを構造化できれば、世の中に貢献できる」と菅藤氏は語る。
「セールステックから始めているが、営業に限定するわけではない。コミュニケーションテック、ヒューマンテックとしての位置付けだ」(菅藤氏)
Efficのテクノロジーは、上司とメンバーの1on1、カスタマーサクセスと顧客の対話など、あらゆる専門的なコミュニケーションの質を高める可能性がある。
菅藤氏は2012年に会計事務所向けSaaSのクラビスを創業し、全国上位100社の会計事務所の7割以上に導入されるまで育て上げた。2017年にマネーフォワードへ売却後、同社でCSOとして数々のM&Aや海外展開を手掛けた。2度目の創業となるEfficでは、SaaS時代に感じた限界を超えようとしている。
「SaaS時代は人間に作業を強いた。AI時代は先回りして価値を提供する」。菅藤氏のこの言葉は、AIの本質を表している。単なる会議の文字起こしやRAGによる情報検索ではない。商談を構造化し、組織知として再利用可能にする。この仕組みこそが、企業の生成AI活用を業績向上に直結させる鍵となる。
従来の生成AIツールは、既存の業務を効率化することに主眼を置いてきた。だがEfficが目指すのは、人の創造性を引き出すことだ。若手営業が恐怖心なく顧客の本音を引き出せるようになる。マネジャーがバイアスなく組織を把握できるようになる。これらの変化が積み重なることで、営業組織全体の質が向上し、業績に反映される。
この思想は営業にとどまらない。保険、不動産、医療、法律など、専門知識と顧客とのコミュニケーションが重要な職種は数多い。AIネイティブな設計で、こうした領域の暗黙知を組織資産に変えていく可能性がある。単なる業務効率化ではなく、組織の知的資産を構築する。Efficの取り組みは、生成AIの、これまでになかった本質的な活用法として注目される。
|
|
|
|
|
|
|
|
Copyright(C) 2025 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。

飲食店でのスマホ注文に物議(写真:ITmedia Mobile)421

飲食店でのスマホ注文に物議(写真:ITmedia Mobile)421