
5連覇を狙うフェルスタッペンの追撃を振り切り、初のワールドチャンピオンに輝いたノリス(左)。これでマクラーレンは1998年以来、実に27年ぶりにドライバーとコンストラクターのダブルタイトルを獲得した
2025年シーズンのF1はマクラーレンが圧倒的な強さを発揮し、第18戦のシンガポールGPで早々と2年連続のコンストラクターズ・タイトル獲得を決めた。一方でドライバーズ・チャンピオン争いは5連覇を目指すレッドブルのマックス・フェルスタッペンが後半戦に強烈な巻き返しを見せ、最終戦のアブダビGPまでもつれた。
最終的にマクラーレンのランド・ノリスがフェルスタッペンを2点差で振り切り、初のチャンピオンに輝いた。ノリスとフェルスタッペンの勝負を分けたポイントはどこにあったのか? 現在のホンダ・パワーユニット(PU)の生みの親である元ホンダ技術者の浅木泰昭(あさき・やすあき)氏に2025年シーズンを総括してもらった。
【写真】フェルスタッペン選手(中央)とHondaの首脳陣、スタッフ
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【権力闘争がここまでチームをダメにするのか】
――最終戦のアブダビGPまでもつれ込んだドライバーズ・チャンピオン争いを制したのはマクラーレンのランド・ノリス選手でした。5連覇を目指すレッドブルのマックス・フェルスタッペン選手はアブダビでシーズン8勝目をマークしましたが、ノリス選手にわずかに及びませんでした。
浅木泰昭(以下、浅木) 私の在職中の作戦では「ホンダとレッドブルがパートナーを組む最後の年までチャンピオンであり続ける」というのが目標で、後輩たちにも「頼んだぞ」と言い残して退職しました。フェルスタッペン選手は惜しくもタイトルに手が届きませんでしたが、後半戦のレッドブルの巻き返しを見るとホンダの後輩たちがしっかりと仕事をしていたのは明らかです。
ホンダとレッドブルにとっては素晴らしい締めくくりの年になったと思います。同時にノリス選手のような優しい心持ちのドライバーがチャンピオンになるのを見られたのは個人的にはうれしかったです。
ノリス選手に関しては「こんなに優しいヤツがチャンピオンになれるのか」という思いもあったのですが、人間は変わることができるんですね。
昨年、フェルスタッペン選手とタイトル争いを経験し、今シーズンも中盤まではチームメイトのピアストリ選手に先行されていましたが、いい意味で開き直って、ノリス選手は成長して強くなっていったんだと思います。
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最終戦のアブダビで今季8勝目を挙げたが、わずか2ポイント差で5連覇を逃がしたフェルスタッペン。レース後は無線で「ホンダ、ありがとう!」と7年間、ともに戦ってきたホンダのスタッフにメッセージを送っていた
――2025年シーズンで一番印象的だった出来事は?
浅木 レッドブルの前半戦のダメさ加減と後半戦の復活ですね。7月にクリスチャン・ホーナー前代表が解任され、チーム内の権力闘争に決着がついて、誰の意見に従えばいいかが明確になり、ローラン・メキーズ新代表や技術陣が落ちついて仕事ができたことが大きかったのでしょう。
もともとレッドブルは能力のあるチームなんですが、「ガタガタになるにもほどがあるだろう」と思いながら前半戦の戦いを見ていました。でも後半戦の復調を目の当たりにすると、フェルスタッペン選手が非常に優れたドライバーであることを差し引いたとしても、レッドブルにはまだ地力はあるんだと証明したと思います。
それと同時に「権力闘争というのはここまでチームをダメにするのか」とも感じました。もっと早く権力闘争に決着をつけることができれば、フェルスタッペン選手の5連覇の可能性は十分にあったと思います。
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【運命を感じるマルコのレッドブル離脱】
――レッドブルが後半戦に復調できたのは、他のチームは新レギュレーションが導入される2026年のマシン開発に取り組んでいる中で、現行マシンの開発を続けていたということもあるのではないですか?
浅木 レッドブルの首脳陣は危機感を持っていたんだと思います。フェルスタッペン選手がレッドブルに見切りをつけてチームを離れてしまったら、このチームには何もなくなってしまうと。だから開発を続けざるを得なかったんだと思います。
フェルスタッペン選手は一時チームを離れるという噂もありましたが、夏休み前の最後のレースとなった第14戦ハンガリーGPで「来年もレッドブルとともに戦う」と宣言しました。その瞬間からチームが落ち着きを取り戻した可能性はありますね。
でも2026年シーズンもレッドブルは課題に直面すると思います。ホンダとのパートナーシップは今季限りで終了し、フォードとともに自社で開発したパワーユニット(PU)で戦うことになります。いきなり高い競争力を発揮するPUを開発できれば快挙ですが、そんなに甘くないと思います。
レッドブル陣営は今、「どうやってフェルスタッペン選手をチームにつなぎとめるのか」と必死に考えているでしょうね。もしフェルスタッペン選手が2026年以降も残留してくれれば、マシンの競争力が多少劣っていたとしても、何とかレースにはなると考えているはずですから。
――そのレッドブルですが、シーズン終了直後に大きな動きがありました。モータースポーツ・アドバイザーを20年以上も務めてきたヘルムート・マルコ氏が今季限りでチームを離れることになりました。来年以降のレッドブルにどんな影響があると思いますか?
浅木 まずマルコさんには「お疲れ様、大変お世話になりました」という感謝の気持ちを伝えたいです。レッドブル・グループがルノーと別れて2018年シーズンからホンダと組むという決断をしたときに、大きな役割を果たしてくれたと感じているからです。
当時トロロッソ(現在のレーシングブルズ)の代表を務めていたフランツ・トストさんとマルコさんはオーストリア人同士で、ホンダを推すトストさんの意見に賛同してくれたと感じていました。
ルノーに不信感を持っていたフェルスタッペン選手の考えも含めてだとは思いますが、当時最悪の評判だったホンダを選ぶことに反対するレッドブル・グループ内の勢力もあったはずですから。
彼の年齢(82歳)を考えると、今でも全レースの会場に顔を見せる体力には驚いていましたが、永遠に続けることは不可能なので、そのときが来たと言うことだと思います。結果としてホンダと同時にレッドブルを去ることになったのは運命を感じます。
マルコさんの離脱によってマシン開発への影響はあまりないと思います。ただドライバーの育成と選定をマルコさん個人に依存していたので、その体制を変更する必要があります。
もしレッドブルの2026年型マシンに競争力がなく、フェルスタッペン選手を引き止める必要が出てきた場合は、多少影響があるかもしれません。
【マクラーレンの強さの源泉とは】
――コンストラクターズ選手権を見ると、チャンピオンのマクラーレンの獲得ポイントは833、ランキング2位のメルセデスは469、同3位のレッドブル451、同4位のフェラーリは398となっています。マクラーレン圧勝の原因をどう見ていますか?
浅木 マクラーレンがすごかったのと、ほかのチームがダメだった、両方の理由だと思います。特にフェルスタッペン選手を擁するレッドブルがそこそこのクルマを作っていたら、コンストラクターズ選手権でここまで大きなポイント差がつくことはなかったと思います。
マクラーレンのマシンが競争力を上げたのは、2022年以降、PUの開発凍結をしていることが背景にあります。マクラーレンにPUを供給するメルセデスが性能向上のためにレイアウト変更をできないので、カスタマーであるマクラーレンは前年と同じ仕様のPUが来るとわかっています。だから車体開発を2、3年単位で落ち着いて考えられるようになったことが大きい。
さらにマクラーレンのマシンには、レッドブルから移籍してきたロブ・マーシャルさん(現在はマクラーレンのチーフデザイナー)の知見が入ったこともポイントだったと思っています。彼とは一緒に仕事したことがありますが、すごく優秀なエンジニアでしたし、レッドブルが何をやっていたか十分に知っていたはずです。
「マクラーレンのマシンが競争力を上げたのは、2022年以降、PUの開発凍結をしていることが背景にある」と語る浅木氏
――レッドブルの手の内を知り尽くしているということですか?
浅木 もちろんすべてではないと思いますが、レッドブルで培った開発手法をマクラーレンに持ち込み、強くしたと感じています。当然、ザク・ブラウンCEOやアンドレア・ステラ代表の首脳陣ふたりが、強くなるためのチーム運営をしたことも大きかったと思います。
※12月22日配信の後編に続く
●浅木泰昭(あさき・やすあき)
1958年生まれ、広島県出身。1981年、本田技術研究所に入社。第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までPU開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得する。2023年春、ホンダを定年退職。現在は動画配信サービス「DAZN」でF1解説を務める。著書に『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)がある。集英社のスポーツメディア「webスポルティーバ」でコラム「F1解説・アサキの視点」を毎月2回(10日と25日の前後)配信中。
インタビュー・文/川原田 剛 写真/桜井淳雄(F1) 樋口 涼(浅木氏)

